新しい身体④
一人の少年が浮遊霊となった同じぐらいの年齢と思われる高校生と話をしていた。
「酷い、これはさすがにやり過ぎだよ……。辛いよね、君の気持ちも分かる……」
「……」
「心配しなくても大丈夫だよ。今回は因果律が宇宙間を超えてしまっているからね。特別な計らいをするつもりだよ」
「……」
「えぇっ!?う、受け入れる?本当に?関係の無いカルマを背負うことになるよ」
「……」
「母親が心配だから……?し、しかし……」
「……」
「わ、分かったよ……。この星の天使達にサポートしてもらうようにお願いする。しかし……、君は何て凄い人なんだ……」
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彼が次に狙ったのは、三年生の富水大輝だった。様々な悪事は見切りを付けてからの行為だった。しかし、この転生はすぐに失敗だと彼は気づいた。
家はそこそこのマンションだった事も事前調査不足だったと思ったが、それ以前に風呂に入った時、身体の異常さに気づいた。
「どういう事だ……、この身体中のアザは……?」
身体中がアザだらけで誰かに殴られている事は明確だった。少し痛みも残っていた。
風呂を上がると犯人がすぐに分かった。
リビングで酒浸りの男がこちらを不気味な目で睨んでいて、自分に向かって酒の瓶を振りかざして来た。防戦のために腕でそれを受け止めたがガラスの瓶を受けきれるはずも無く酷い痛みが腕に走った。
「痛っ!て、てめぇっ!」
「あぁぁん?」
逆に殴り返そうとしたが、筋肉質の男は何の躊躇も無く酒瓶で殴り続けてきて抵抗できなかった。
「なに抵抗しようとしてんだ、クソガキがぁぁっ!誰が学校に行かせてやってると思ってんだよっ、あぁぁん?……ヒック」
公立高校で大した金も払ってない癖にと思った。彼は丸まって痛みに耐えた。
「く、くそ……、し、失敗だ……」
「何が失敗だっ!お前がいることが俺の人生の大失敗なんだよぉっ!仕事も失っちまったし、ローンをどうするつもりなんだぁ?あぁ?……ヒック」
殴り続けて気分が良くなった男、つまり、彼の父親は気が済んだのか、居間に戻ると食卓に座るとテレビを見ながら酒を浴びるように飲み続けた。母親は何処にも居なかった。すでに愛想を尽かして逃げたんだろうと分かった。
彼は着替えるとすぐに家を出て行き、公園のベンチに座った。夜も遅かったのでここには誰も居なかった。彼は影の女に怒りをぶつけた。
「お、お前、知ってたなっ!」
"何をさ?"
「あ、あの男の事だっ!」
"はぁ?男?私は知らないよ、移り先に居る周りの奴らの事なんて知るわけがないだろ"
「う、嘘をつけっ!!」
「はぁ~、やれやれ。だから言ったじゃないか"戻れないからね"って。ククク……」
戻れないと念を押した意味が、今頃になってやっと分かった。同時に詳細を教えなかったこの女の薄笑いに腹が立った。
「ふ、ふざけるなっ!!」
「事前に何も調べないお前が悪いんだよ」
「……くっ」
「さっさと転生すれば良いだろ?」
彼はこの女に上手く利用されているような気がしてきた。しかし、この能力に気づかせてくれたのもこの女だった。こいつは一体何者なのだろうかと思った。
「お、お前は何者なんだっ!」
「はぁ~、今更だね」
「何が狙いなんだって聞いてるんだっ!」
「お前の味方だって。変なこと言うんじゃないよ」
「な、何が味方だっ!」
「ククク……、それじゃぁ、もう転生はしないって事か。それなら、もう良いさ……、それじゃあね。永遠の別れさ」
問い詰めようとしていた彼だったが、女の"永遠の別れ"と言う言葉を聞いて青ざめた。
「ま、待て……待ってくれ」
「ふふふ……」
女は笑いを堪えるのがやっとだった。このアホは自分を頼らないはずは無いと分かっていた。
「なんだよ?私はもうどうでも良いんだろ?」
「オ、オレが悪かった……、言い過ぎた……」
「言い過ぎねぇ、はぁ~、私は凄く傷ついたんだよ?ククク……」
「わ、悪かった……、これからも頼む……、だ、だから、何処にも行かないでくれ……」
「良い子だね。私の案内に感謝することだね」
「そ、そうだったな……、あ、ありがとう、ありがとう」
「そうそう、それで良いのさ……、ヒャヒャヒャ……」
女は彼が次に言う言葉予想できて、笑いそうになった。
「す、すまないが……、次の候補は、い、居ないか?」
思った通りのことを言ったアホをからかってやろうと女は思った。
「あ~、すまなかった。移ったばっかりだったね。そんなすぐには出来ないんじゃないかい?」
「た、頼むっ!!お前の協力があれば出来るだろ?」
思った通りの反応に女は彼を見下すように見つめた。
「仕方ないねぇ……、大体、あの学校が駄目なんだよ、頭の悪い奴らだけでさ。同じマンションに住んでるT高校のヤツが良いんじゃないか?」
「おぉっ!さ、さすが……です」
「準備しな、連れてってやる」
「……だ、大丈夫なのか?」
「はぁ?疑うのかい?お前が選ぶヤツよりはマシさ。私を信じないならいいさ、止めるか」
「ま、待て……、分かった、分かったからっ!」
彼は痛みから逃げようと必死だった。恥も外聞もなく女の奴隷と化していた。
「よしよし、それで良いのさ。案内するよ」
あぐらを組んだ彼は意識を飛ばして女の案内する男へと転生していった。
「ふっ、やり過ぎたかもね。安心しな、次のヤツは普通の男さ」
影の女は上に居る者に顎でこいつだと示した。それが身体に宿るとニヤッとした。
「しかし、お前が宿れば勝手に壊れていく……。な・か・みがアホならみ~んなアホになっていく……、あははははっ!ひぇひぇひぇ……、可笑しい、可笑しいっ!お前みたいなヤツは見ていて楽しいわっ!」
ベンチで中身を失ったはずの身体は、すくっと立ち上がると女の方を向いて頷いた。女がそれに答えると、誰かが忘れた金属バットを拾い、自分の家へと戻っていった。




