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異端を狩る者の詩は誰も歌わない  作者: 大嶋コウジ
ワールド壱の二:嫌になったら生まれ変われば良いんじゃね?
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新しい身体①

 彼が目が覚ますとすでに朝になっていた。

 窓からはカーテン越しに光が差し、スズメの鳴き声が聞こえた。しかし、それは彼の知っている窓ではなかった。


「あ、あれ……ここは?」


 窓どころか、この部屋自体が彼の知っている部屋ではなかった。しかし、どこか見覚えのある部屋でもあった。やがてすぐにどこだか思い出した。


「……こ、ここは、ここは、ひでゆきのへやだ……。ど、どうして?……えっ、こ、このこえ、なんかへん」


 発した声にも違和感があった。喉を押さえた手の平も一回り大きかった。彼が戸惑っていると、聞いたことのない女性の声が聞こえた。


「英之っ!ごはんできたよっ!服を着替えて歯を磨きなさいっ!」


"ひでゆき?え、どういうこと?"


 彼女は"英之"を呼んでいた。彼は「開成英之」しか思い浮かばなかった。取りあえず、訳も分からず立ち上がるといつもより視線が高いことが分かって気持ちが悪かった。


「背が伸びた……?あっ!」


 そして、ふと横にあった等身大の鏡に映った自分を見て、驚きのあまり後ろにのけぞってそのまま転んでしまった。


「ひ、ひでゆきっ!ぼ、ぼくがひでゆきになってるっ!?」


 昨日の夜に起こったことを思い出して、それが事実であることに気づいて彼は身体が震えた。


「ほ、本当のことだった……、夢じゃなかった……」


 彼の驚きと共にまた女の声が聞こえてきた。


"ふふふ……、どうだい?新しい身体は"


 彼の震えは恐怖のそれではなかった。それは喜びの震えだった。


「言ったとおりだったっ!ほんとうだったっ!はははっ!ぼくがひでゆきになったっ!あははっ!すごい、すごいっ!」


 身体を入れ替えに成功した事に身体中が震えた。どうしてここまで嬉しいのかこの時の彼は気づかなかった。


"そうさっ!さぁ、新しい生活を始めるんだよっ!しばらくは私がついていてやる"


「ありがとうっ!」


"良いってことさ、あははははっ!良い子だねぇ……、本当に良い子だ……。そうだ、歯磨きか?部屋を出て左にあるよ"


「うん、ありがとうっ!!」


 自分が別人になった喜びに彼は打ち震えた。歯磨きをしながら鏡に映った新しい自分に惚れ惚れとした。背も高くなり、力も遙かに増していた。これで自分は幼稚園で最強になったと思った。


 開成英之となった彼は、幼稚園で王者となった。"部下達"は言うことを聞くし、聞かないヤツは殴ってでも言うことを聞かせる事が出来た。


----- * ----- * -----


 小学校に上がり、四年生ぐらいまでは"暴君"でいられたが、五年生になり"部下達"が別のクラスになると、すぐに暴力を振るう彼の周りからは、人が遠ざかり、誰も彼の相手をしなくなっていた。女の子に興味の出る年齢だったが、無論、彼を怖がって近づく女の子はいなかった。


 バレンタインデーの日、彼は帰宅すると自室でランドセルを投げ捨てた。


「なんだよ、英之はただのでくの坊じゃないかよっ!」


 影の女は、ニヤリとした。


"ふ~、やっとか"


「やっとって何だよっ!」


"ふふふ……、また変わるかい?"


「変わるっ!もうやってられないよっ!」


"そうだね、それなら隣のクラスにいる栢山かやまってやつはどうだい?あいつならモテるよ"


「栢山……?野球の出来るあいつかっ!」


 彼は女の言った"モテる"という言葉は無視した。まるで自分がモテないから不満を持っているかのように言われたからだった。

 しかし、それは当を得ていた。バレンタインデーにもかかわらずチョコを全くもらえなかった事に腹を立てていたのだった。確かに、栢山は山ほどチョコレートをもらっていたのを知っていた。


"今夜、やればいい。私が手助けしてやるさ"


 しかし、彼は一回目の転生で気になる事があった。


「……お、おい」


"なんだい?急に怖じ気づいたか?"


「ち、違う……。そうじゃなくて、この身体はどうなるんだ……」


 自分が抜けた後の事など幼稚園児では思い至らなかったが、物心が付き始めてからは"松田"のことが気になっていた。自分が開成になった後、松田はどうなったんだろうかと。


"ふふふ……、そんなことを気にしてどうするんだい?"


「い、いや……。ま、前の……松田浩一まつだこういちは、あれから幼稚園に来なくなったじゃないか」


"それがどうしたんだよ。今更、何を言ってるのさ"


「ま、松田は、どうなったんだよっ!」


"空っぽになったんだ、私がもらったよ"


「もらった?どういう意味だ」


 もらったとだけ女は言ったが、その意味は全く理解出来なかった。


"代わりの者に与えてやったんだ"


「代わり?わ、分からない」


"はぁ~、面倒くさいヤツだよ。別のもんにあげたさ"


「だ、誰なんだ、それは」


"別に誰だって良いじゃないか。お前が捨てた身体だろ?捨てたゴミを気にするヤツがいるかい?"


「そ、そうだけど……」


"くだらない事を気にしてないで早く準備することだよ"


「分かった……」


 女にお茶を濁された気もしたが、それ以上は詮索しても意味が無いと思ってそれ以上は聞かないことにした。女は彼を蔑むように見つめると小さな声で考えが浅い彼をバカにした。


"前のヤツねぇ……、お前は本当にアホだね。片手落ちさ。その"身体"の持ち主は今どこで何をしているか分かってるのかい?あははははっ!ヒャヒャヒャ……"


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