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異端を狩る者の詩は誰も歌わない  作者: 大嶋コウジ
ワールド弐の五:サダク編:全てが消える
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悪あがき

 結局、キナーンとアルバリは瓦礫の中から数名の三ツ目族を救い上げた。その中に、プリマもいた。


「私は死んでいない……」


 暴風域からわずかに離れた場所にいた彼女は爆散こそ免れたが、崩れ落ちた天井岩に押し潰され、右手と両脚、そして右の胸を失っていた。


「いっそ、あのまま終わらせてくれたら……」


 止血、縫合、痛みの緩和――キナーンは延命のために持てる魔法を惜しみなく注いだ。だが、失われた肢体の再生だけはどうしても叶わなかった。


 プリマは浮遊魔法で海へ向かった。波に揺れる水面に映る自分の姿を見た瞬間、こらえていた涙が静かにこぼれた。


「は、はは……あの美しかったプリマ様はどこへやら?うぅぅ……、なんて醜い姿……。化粧もできない。髪はボサボサ。腕も足も失った……。男を魅了する胸もなくした……うぅぅぅ……、死んだ方がまし……」


 彼女は海に没してしまおうかと思ったその時だった。


「プリマッ!」


「あっ、キ、キナーン!?」


 背後から静かな呼び声がした。キナーンだ。近づく気配に、プリマはそっと顔を伏せる。惨めで涙に濡れた顔だけは、かつて愛した彼に見せたくない。

 それでもキナーンは、明るさを含んだ声でやさしく呼びかけた。


「プリマ、ほら、見てくれよっ!」


 そう言ってキナーンが見せたのは、空中に浮かぶ椅子だった。


「浮遊魔法をエンチャントしてあるんだ。もう君が詠唱を続けなくていい。これなら移動もずっと楽になる」


「あ、あなた……私のことを思って?」


「当たり前だろっ!ほら、座ってみてくれっ」


 プリマは魔法障壁で姿勢を支えつつ、そっと浮遊椅子に腰を下ろした。椅子は微かに沈み、すぐにふわりと持ち上がって体重を均等に受け止める。


「操作は簡単だよ。右側の操作杖を軽く倒すと前進、ひねれば旋回。握りを離せば停止する。落下防止の結界も張ってあるから安心して」


「本当だ……すごい。滑るみたい……キナーン、ありがとう」


 思わず抱きつきそうになったその瞬間、遠くからアルバリの視線に気づいて、プリマはそっと腕を引っ込め、彼女は深く息をついた。


「あ、ありがとう……。これ、も、もらっていいの?」


「もちろんだよっ!他の人達にも作っているんだっ!」


「そ、そっか……。み、みんな喜ぶね」


「そうだと良いなぁっ!」

 この椅子は、私だけのために作られたものじゃない。それがわかるからこそ、胸がきゅっと締め付けられる。

 ――これが、キナーンの良さだ。

 彼は公平で、誰にでも優しい。私との関係だって、その大きな優しさの中の一つに過ぎないのだと思う。そう思うと、また涙がこぼれそうになる。けれど、彼の優しさには、前を向いて応えたい。


 この椅子は自分のためだけじゃ無い。それが切なく胸を締め付ける。

 キナーンの良いところはここだと思った。

 彼は公平無私で誰にでも優しい。きっと自分との間柄もその一つにしか過ぎないのだろうと思った。そう思うとまた少し涙がこぼれそうになる。だが、彼の優しさに応えねばと思った。


「……こ、これで明日から私でも仕事が出来るね。魔法ももっと教えてよっ!私もみんなの役に立ちたい」


「もちろんだよっ!前向きなところが君の良いところだっ!」


「私の良いところ……?」


 こんな姿になったのに良いところがあったなんて思っても見なかった。


「い、良いところか……、あ、あは……あはは……。そんなものあったんだね」


「そうだよっ!君のそういったところに僕は……」


 好きになった――、そう言いかけたキナーンの口に左の人差し指を当てて止めた。彼はどうしたのだろうかと思った。


「うん?」


「ほら、後ろにいる奥さんに怒られちゃうぞ」


 まさかアルバリが近くにいたとは思っても折らず、キナーンは焦り始めた。


「ア、アルバリッ!?い、いつからいたのっ!?こ、これはその……」


 そんな彼を見てプリマは微笑む。


「浮気なんかじゃないからね、アルバリ。あんたの大事な"隊長"さんを奪ったりしないってっ!」


「……は、はい」

 アルバリは少しムッとして、曖昧に頷くしかなかった。元恋人と二人きりになっている状況は、心穏やかでいられるはずもない。それでも「奪ったりしない」と言われると、どこまで信じていいのか分からず、思わずキナーンの腕をそっと引き寄せた。


 プリマは、そんな二人を見つめて胸がきゅっと痛んだ。――この痛みは何だろう、と自分に問いかけ、やがて小さくつぶやく。


「……そうか、これが」


 今までいろいろな恋を重ねてきたが、こんな感情はなかった。キナーンをもう一度見つめ、初めて知る。これが本当の恋だった。


「あはは……」


 笑いながら、プリマはふと気づいた。こんな気持ちがまだ自分の中に残っていたのだと。生き延びた——それだけが事実。けれど、胸の底ではまだ恋が灯っている。

 負けん気は消えていない。そのことが可笑しくて、そして嬉しくて、プリマは左腕を海へと高く掲げ、風に向かって大声で叫んだ。


「よ~しっ!頑張るぞっ!手足がなくたって、魔法で何でもやってやるっ!」


 キナーンも、そのプリマを見て静かに微笑んだ。


「そうだよっ!それでこそプリマだっ!」


「ありがとう、キナーンッ!あっ、アルバリちゃん」


「な、なんですか……」


 少し元気がないように見えたプリマが突然、元気に自分の名前を呼んだため、アルバリは当惑する。

 プリマはニコリとした。恋を知った。胸の締め付けはアルバリに対する嫉妬だと分かった。


「さっきの話はてっか~いっ!なんか元気出て来ちゃったっ!」


 アルバリは、元カノの言葉に嫌な予感しかしなかった。


「なっ!?て、撤回ってどの話ですかっ!?」


「さ~ぁねぇ~」


「さあねって……。だ、だめですっ!!隊長は私の隊長ですからっ!」


「な~んのことぉ~?あははははっ!」


 プリマは大きな声で笑い続けた。笑いながら涙も流れた。これも前向きな自分なのかと思えた。キナーンもアルバリもプリマが何故涙を流しているのかと思ったが、何か吹っ切れたようなその顔を見て少し安心する。


「よっしゃ~っ!あははははっ!ふふふっ!!」


 プリマの笑い声はこの新天地の空間にいつまでも響き渡った。海の上、遠くからは人魚族も何があったのかと見つめていた。


「これが愛だぁ~~っ!」


「なっ!?ちょ、ちょ、ちょ……」


 ただ、一人、アルバリだけが不安な未来が見えるのだった。


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