転送の果て
キエティとメリクリスは、キナーンの話に耳を傾けながら顔を見合わせ、驚きを抑えきれなかった。
「人魚族に出会い、しかも言葉を交わせただなんて……そんな話は聞いたことがないわ」
「私も遠目に見かけたことがあるだけだ。近づけずに逃げられてしまった。彼らは臆病だと聞くのだが」
キナーンは二人が驚くのもっともだと思い、人魚族を紹介してあげたいと思った。
「いつかお二人にもご紹介しましょう」
「そうね、嬉しいわ」
「それは是非にも」
今度はキナーンがキエティとメリクリスの二人に何があったのか聞く番だった。
「お二人はどうやってここにいらしたのですか?」
しかし、キエティは顔を曇らせる。その質問の答えを持っていなかった。
「どうしてここにいるのか理解出来ていないわ。あなたの話を聞く限り、未来に転送されたことになるのかしら……」
メリクリスも同様に状況を理解出来ない様子だった。
「分からぬ……。ただ腹も減っておらぬから瞬間的に移動したのは間違いあるまい」
しかし、キエティは転送される時に光のベールのようなものが見えたのを思い出した。
「だけど、あの時、金色の光……大きな魔力に包まれたように感じたわ。優しくて心地よくて、幸福に包まれたわ……」
それはメリクリスも同様だった。
「ふむ、余も空から何か覆い尽くす何かに包まれたのを感じた。あれは何だったのだ?」
「魔力暴走とは正反対のもっと大いなる癒やしの意思を感じたわ……でも、それが何だったのか……。分からないことだらけ……」
キナーンは、魔力暴走と聞いて寒気が走った。古い魔道書に記載されていた三ツ目族の魔力暴走が実際に起こってしまったのだと思うと恐ろしかった。
「や、やはりあれは魔力暴走でしたか……」
その質問にキエティは悔しそうな顔をした。
「そう……魔導学校の校長とかいう男にはめられたわ」
意外な人物にキナーンは驚いた。何故魔導学校が絡むのか、何故校長が魔力暴走を引き起こす必要があったのか、理解が追いつかなかった。
「魔導学校の校長ですか?魔力の大きな人物とは聞いていましたが、彼が三ツ目族の魔力暴走を引き起こしたのですか?」
「あの男がダビに魔力を注入すると……あぁ……。ダビ……、ダビから魔力が溢れて他の三ツ目族達に流れて……みんなの感情が溢れ、魔力暴走を次々に引き起こしてしまったわ……」
「ダ、ダビもあの中に……!そ、それではあの爆発と共に……」
キナーンは聞きたくない現実に胸が潰れそうだった。信じたくはないが、ここにダビの姿がないという事実が全てを物語っている。幼い頃から共に遊び、互いを支え合ってきた友の喪失——その重さがキナーンの心を深く抉った。アルバリは何もできず、言葉をかける代わりに静かに寄り添い続けることしかできなかった。
「隊長……」
「私も始めはあいつに魔力暴走を引き起こされたわ……。だけど、メリクリスが命がけで私を守ってくれた……」
キエティはメリクリスを見つめ、メリクリスもキエティを見つめる。
「そうでしたか……」
キナーンは話を聞きながらメリクリスは、キエティを追放してからも愛し続けていたのだと悟った。そう思うとキエティが歪んでしまったのがやるせなかった。
しばらく沈黙が続いた。メリクリスも三ツ目族の長として目を閉じ、その顔は悔しさと自責に歪んでいた。
「確かに三ツ目族の魔力暴走は聞いていたのだ。しかし、武力に優れた三ツ目族が魔力を持っているなどあり得ぬと思っていたのだ。……だから、キエティよ、お前の街が魔法を活用していると聞いて信じられなかったのだ」
「私も含め、ここにいるキナーンやアルバリは魔法使いでした。三ツ目族は魔力を使わないでいただけなのです……潜在的に三ツ目族は魔力を持っていました……。私が城で魔法書など読まなければ……」
「いいや……お前が悪いとは思わぬ。お前たちや魔法を腫れ物のように扱った私の愚かさが招いた悲劇なのだ。もっと魔法を受け入れ、正しく扱えばよかったのだ。そうすれば、キエティ、お前の怒りも抑えられただろう……」
「メ、メリクリス……」
キナーンはメリクリスの言葉を聞いて三ツ目族の王としての責任を感じているのだと思った。それはキエティも同じだった。
「し、しかし、私も愚かだったのです……。女神と讃えられて自惚れていたのです……。同族を殺してしまった私の罪は許されるはずもありません……。キナーンやアルバリに罪はありません。私の傲慢さで彼らの意思を踏みにじってしまたのです。どうか私のみをお裁きください……、うぅぅぅ……」
「いにしえに聞いた三ツ目族の魔力暴走を起こしてしまった愚かな王がお前を裁くことなのできぬ。それに既に最愛の息子を失っているではないか……。あやつは余の息子でもある……」
「あぁ……、何と慈悲深い……」
キエティはその場に倒れ込んで肩をふるわせる。あの恐ろしい形相だったキエティはいなくなり、既に彼女は心を入れ替えていた。
メリクリスは彼女の肩に片手を置いて悔しさをにじませた。
「三ツ目族は我々以外残っておらぬっ!三ツ目族に未来などないのだっ!!」
もはやキナーンには二人を裁くことなど出来なかった。
「メリクリス王、キエティ様、お二人はご無事でした」
「いいや、もはや王とは呼べぬ。メリクリスと呼ぶがよい」
メリクリスに指摘され、キナーンは恐れながら話を続けた。
「メリクリス様……、三ツ目族はここに四人もいるではありませんか。ここは我々三ツ目族以外存在しない新天地です。ここから国を再開しましょう」
キナーンの言葉はメリクリスの自覚を促した。一つの大きな過ちに捕らわれてはならないと思えた。
「キナーンよ、ありがとう。しかし、こんな老いぼれに何が出来るのか……。サダクビアもスウドももはやおらぬ……。スウドは器が小さすぎた。支えが必要だった。サダクには魔導学校で王を支えるための知識を身につけて欲しかった。二人でこの国を導いて欲しかったのだ……しかし、全てあの暴走で失ってしまった……」
メリクリスも息子二人を失って精神的に弱っているのがキナーンには分かった。
「メリクリス様、キエティ様、ともかくお二人はお身体を癒やしください」
キナーンはそう言うと二人を休ませて家の外に出る。アルバリもその後を追って来て何か言いたげにキナーンを見つめた。
「隊長……あの……」
「アルバリ、どうしたんだい?」
「ほんのかすかですが魔力を感じるのです……」
「えっ!?魔力?どこからだい?」
「あの崖のところ……。もしかしたら生き残っている人がいるかもしれません」
「まさか……。僕には感じられない……しかし、君がそう言うんだ。行ってみよう」
「はい」
もし生き残りがいれば急がねばならなかった。キナーンとアルバリは、またあの魔力暴走の地に急ぎ戻る。




