人魚の導き
「なにもありませんが……」
アルバリはそう言うと固いキノコで作られたコップに入った冷たい水を大きな箱から取り出して、メリクリスとキエティに差し出した。この箱は我々からするとただの四角い入れ物にしか見えないが、固いキノコの柄をくり抜き、氷魔法をエンチャントした謂わば魔法冷蔵庫だった。
メリクリスはそれを一気に飲み干した。この地が少し蒸している上に疲れもあってか冷たい水が心地よく感じられて生き返ったように大きな声を上げた。
「上手い水だっ!感謝する、キナーンよっ!」
キエティも一気に飲み干すと冷蔵庫を見つめた。
「そうね、美味しかったわ。ありがとう。冷蔵庫を作るなんてさすがね」
キナーンは、高位の二人から感謝されて少し気恥ずかしくなる。
「い、いえ……、わ、私は魔法使いですから……」
「それにしても……」
キエティは改めて家全体を見渡した。一室だけの小さな造りだが、屋根は頑丈で、いくつかの窓から風が自然に通っている。ガラスは嵌められておらず、どの窓もいざという時に素早く閉じられる仕組みになっていた。
「家があると聞いて不思議だったの。あなたたち、昨日いなくなっただけなのに家を作って住んでいる……。どうしてこんなに早く家を建てられたの?」
「い、いえ、私達はここに来てから恐らく半年は経っているかと思います」
「え、そうなのっ!?」
半年は経過していると聞いてキエティは驚かざるを得ない。自分達の魔力暴走はついさっき起こったことだった。
「それなら、キナーン、アルバリ、あなた達はどうやってここへ?」
キエティの質問にキナーンはこの場所に来た経緯を説明した。
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あの晩、二人で小舟を使って海に出ました。船の上から海に飛び込むことにしたのです。
ただ、海に落ちる前、たまたま船に残っていたエンチャントロープを身体に巻くことにしました。
それがあればどうなるというわけもなく、最後のほんの些細な冗談のつもりでした。それがあれば二人でしばらくの間一緒にいられると思ったのです。
ロープを巻き、私たちはそのまま海に入り、ゆっくりと落ちていきました。周りはとても綺麗な風景が見えました。幻想的な明かりが海の中にまで届き、海の水が綺麗に輝いていました。小さな見たこともないような魚族が泳いでいるのも見えました。
深く沈み明かりが届かなくなった頃、私は光の魔法で明かりを付けました。その光で魚族達が集まり、彼らの食べ物になるのだろうと思っていました。
しかし、不思議な事に海の底に別の明かりが見え始めました。
それは、噂には聞いていた人魚族の住処でした。
彼らの住処は大きな崖の間にあって、落ちていく間に岩をくり抜いて作られた家がいくつか見えました。
そして、崖の間に私達は静かに降り立ちました。
彼らは私たちが降りてきたことで驚き、戸惑っているように見えましたが、興味もあったのが何十人もの人魚族が私たちを囲んできました。
人魚族は噂には聞いていましたが、たまに漁師たちが見かけたなどと話しているぐらいで実際にその目で見るまで存在は信じていませんでした。
彼らの姿は噂通り男も女も下半身が魚の姿をしていました。上半身は私達と同じ様な姿をしていました。肺のところにエラがあり、手の平に膜がありました。
彼らは近づくでもなく、離れるでもなく、こちらを見続けていましたが、しばらくすると年老いた彼らの長が現れました。彼は身振りで私たちを神殿のような建物に案内してくれました。
神殿の天井には空気が貯まっていて私達は息をすることが出来ました。エンチャントロープを外して私たちはその空気を取り入れた魔法障壁を作りました。
彼らは音の届かない場所にいるためか、心で会話をしていました。どうやら古代語を使っていたので何とか魔法使って会話が出来ました。
長老は地上の魔族がこの地に来るなど前代未聞だと話していました。どうしてこの地に来たのかと聞かれたのでは、私たちは死ぬために海に入ったのだと説明しました。無論、驚かれましたが、命を粗末にするなと怒られてしまいました。しかし、その後は事情はあったのだろうと理解をしてくれ、私たちを歓迎してくれました。
彼らからは様々な料理を振る舞ってもらいました。ほとんどが生魚でしたが、魔法で焼き魚にしたら美味しかったらしく喜んでくれました。他にも彼らは踊るのが好きらしく、綺麗な踊りも見せてくれました。
ともかく、彼らは地上の魔族とは交流できないので私たちとの会話が楽しくて仕方がないようでした。地上での生活やら、多数の魔族がいるのだという話やら、嬉しそうに聞いてくれました。
他にもエンチャントロープに興味があるのか、どうやって作られているのかとか、作り方について問われました。結局、彼らは魔法が使えないため、私が海洋植物を使って何個か作ってあげました。私たちと同じように魚を捕まえるために使っているようです。
結局、数日その場でお世話になりましたが、空気も限界があるため移動することにしました。
彼らには元の地に帰りたくないと伝えると、海はいくつかの場所とつながっていると話してくれました。そのうちの一つ、この場所を教えてくれたのです。
この場所には彼らの案内で海の洞窟のようなところを抜けて来ました。初めて来たときはどうしていいか分からず戸惑いましたが、木の実もありましたし、魚もエンチャントロープでとれたので食事には困りませんでした。キノコも植物も棲息していて元の場所と似たようなところもありました。
それから数ヶ月は経ったかと思います。私たちは魔法を駆使して生活を続けています。魔法を使えなかったら今頃どうなっていたか分かりません。
人魚族達とも時々交流しています。彼らは魚を持ってきてくれるので代わりにエンチャントロープを作ってあげたり、果物を提供したりしています。




