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異端を狩る者の詩は誰も歌わない  作者: 大嶋コウジ
ワールド弐の五:サダク編:全てが消える
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懐かしい影

 崩れた岩盤の縁に立った二人は、その光景を見て言葉を失った。


「な、なんてことだ……」


「隊長、まさかこんな場所が隠されていたなんて……」


 大爆発で押し固められていた岩盤が割れ、奥に別世界の口径が現れていた。そこは緑が鬱蒼と茂り、見たこともない羽を持つ魔族が空を舞い、声や水音が入り混じる、生き物たちの拠点だった。光は柔らかく差し込み、湿った空気は土と花の匂いを含んでいる。視界の隅には小さな滝や、奇妙な色の果実を実らせる木々も見え、まるで別のコロニーが丸ごと顔を出したかのようだった。


 その繋がりができたことで、彼らのいる空間は一気に二倍の広さを手に入れていた。キナーンは圧倒されて思わず笑いを漏らす。


「あはは……すごいな、こんなところがあったなんて」


 一方でアルバリは目を輝かせ、好奇心を抑えきれない様子で新たな空間を見渡した。彼女の表情は探索の昂奮に満ち、すぐにでも踏み込んで調べてみたくて仕方がないといった風だった。


「隊長、報告ですっ!あっちにもこっちにも色々な食べ物がありますっ!」


「ほ、本当だ。また別の空間があって別の生態系があるなんて……。人魚族が言っていた事は本当だったんだね」


「そうですねっ!」


 二人が唖然としていると、地面に落ちた岩盤の一部が揺れ始める。二人は驚いてそれを見つめていると透き通った球状のものがゆっくりと浮かび上がってきた。


「た、隊長、シャボン玉が浮かんできました……あ、あれ?」

「あれは……魔法障壁……?だ、誰か中にいる……」


 その球体は淡い光を帯び、内部にぼんやりと人影が揺れるのが見える。やがて表面がパチンと弾けると、中から見慣れた顔が現れた──キナーンとアルバリ自身の姿である。二人は思わず息を呑み、硬直したまま互いを見つめ合った。


「隊長、あのお二人はまさか……」

「メ、メリクリス王とキエティ様……」


 それはまさに二人の見知ったメリクリスとキエティだった。


----- * ----- * -----


 メリクリスはまだ自力で立つことができず、キエティに支えられている。キナーンとアルバリはそっと二人に近づこうとしたが、逃げ出した自分たちを追ってきたのではないかという不安が胸をよぎり、足がすくんだ。


「あの……メリクリス王、キエティ様、な、長らく、ご、ご無沙汰しております」


 キエティはキナーンの顔を見つめ、驚きと安堵の入り混じった声を漏らした。


「キ、キナーンッ!?まさかあなたなのっ!?アルバリまで……。あなたたち生きていたのね……」


「は、はい……、そ、その節は……た、大変ご迷惑を……そ、その……」


 かつてキエティを裏切って逃げ出したキナーンは、彼女の顔を見ることさえ怖れていた。しかし、キエティは静かに涙をこぼし、意外にもキナーンを強く抱きしめた。

 その抱擁にキナーンは言葉を失い、ただ固まってしまう。


「キナーン……生きていてくれてよかった。もういいのよ……ごめんなさい」


「あ……」


 キナーンは声にならない返事しかできなかった。キエティは涙を拭うと、アルバリにも微笑みかけた。


「アルバリ、あなたも……。二人とも大変だったでしょう……」


「キ、キエティ様……、そ、そんな……」


 アルバリも女神と讃えられたキエティからの謝罪に戸惑いながらも恐縮した。

 その様子を見て、メリクリスも口を開く。


「キエティよ、この者たちは…?」


「王……いえ、メリクリス。この二人はかつて私の部下でした。城へ伺ったときにダビ……、ダビと一緒にいた者です。魔法部隊長のキナーンと、副隊長のアルバリです」


 キエティは「ダビ」の名を口にした瞬間、言葉を詰まらせた。キナーンはその表情を見て、ダビに何かあったのだと直感した。


「……そうだったか、すまなかった。キナーン、アルバリよ、余は記憶していなかったようだ」


「色々な方とご面会なさるご身分ですので覚えていられないのも無理もございません」


「そうかもしれぬが無礼に違いはあるまい……」


「そんな……」


 キナーンはメリクリスに恐縮しつつも、二人に対して戸惑いを隠せなかった。かつて王を憎み反旗を翻したはずのキエティが、今はメリクリスを支えて寄り添っていた。


「あ、あの大変失礼ながら、お二人はどうしてご一緒に……?」


 キエティとメリクリスは互いの顔を見合って少し照れくさそうにしている。


「そうね……。お互いに説明が必要そうね、キナーン。ここは何処なのか分からないし、あなた達があの後どうなったのかも知りたいわ」


「あぁ、そうですね。キエティ様、メリクリス王、ご説明いたします。まずは落ち着いた場所へ……。我々の家に行きましょう」


「家?家があるの?」


 キエティは昨日いなくなっただけのキナーンが既に家を持っていることに驚いた。しかしそれは後にして、メリクリスの方を向くとどうするか顔を伺う。


「ふむ、お願いしよう、キエティ」


「ではお願いするわ」


「はい、では失礼します」


 キナーンは一礼すると自分達を包むような飛行魔法を唱えた。すると魔法で四人の身体は中に浮き、そのままキナーンとアルバリの家に向かった。


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