孤独
レイラが目を覚ましたのは、魔導学校の寮の自分のベッドだった。
「ここは…寮?私、どうしてここにいるの?」
隣のベッドの上にはギエナが作った蜘蛛の巣が天井から垂れていた。しかし、そこにギエナの姿はなく、枕元に置かれた毛布はきちんと畳まれている。
(ギエナ……いないわ……)
時計を見ると、まだ朝早い時間だった。窓の外では小鳥のような姿の魔族がさえずっている。
(朝……?私、丸一晩も寝ていたのかしら……)
レイラは寝間着姿でいることに慌てた。
(あれ、制服からいつ着替えたんだろう……。ギエナが助けてくれて、寮で着替えさせてくれたのかな。あの子はどこに行ったんだろう……)
ギエナの行方が気になったが、腹の虫の鳴り声がそれを遮った。
(お腹空いたぁ……そうだっ!!食堂に行けばみんなに会えるはずっ!!)
レイラはいてもたってもいられず、急いで制服に着替えた。不思議に思ったのは、あの埃まみれの場所にいたはずなのに制服が汚れも皺もなく綺麗なままだったことだ。
(……支給されてきた頃みたいにきちんとしてる……でも今はそんなこと言ってる場合じゃない、早く行かないとっ!)
慌てて部屋を飛び出し、食堂へ向かうと、いつもの席にフムアルとシェラが朝食を取っていた。角族のフムアルは重そうな角を傾けながらスープをすくい、赤目のエルフであるシェラは上品に飲み物を口に運んでいる。
「フムアル!シェラ!久しぶり!」
レイラの声に二人は驚きながら振り向いた。フムアルは気さくに挨拶をする。
「レイラ、おはよう」
「ふむ、朝から変なことを言うな。さすが禍族か」
シェラはいきなりの悪口だったが、サダクを探すことにレイラは必死だった。暴風域で意識を失ってから自分はどうなったのか分からなかったからだった。
「ねぇ、サダクはどこか知ってる?聞いてよっ!あいつと一緒に漁村、う~ん、漁村じゃなかったんだけど、そこでね、たくさんの三ツ目族が暴走しちゃって大変だったんだからっ!死んじゃうかと思ったんだけど、いきなり自分の部屋にいて驚いちゃったのっ!はぁ~、あれからどうなったんだろう……ギエナもいないし。ともかく、サ・ダ・クッ!あいつは何処にいる?」
しかし、二人は不思議な顔をした。しかも意外な事を言った。
「サダク……?」
「それは誰だ?」
レイラは何を行っているのかと思ってキョトンとするしかなかった。
「えっ!また、冗談ばっかりっ!!サダクッ!サダクビアだよっ!フムアルと同じ部屋でしょ?」
「だからそれは何処の誰だい?僕は一人部屋だよ?」
「教師か誰かなのか?」
「もう、止めてよっ!三ツ目族のサダクだよ?一緒に遊んだり勉強とかしたじゃないっ!!二人ともどうしたのよっ!」
「う~ん、そんな人と遊んだりしたかなぁ」
「だいたい三ツ目族など田舎の少数魔族ではないか」
「えっ!?少数魔族?お城だって構えている大きな魔族でしょ?」
シェラは首をかしげながら知識をひけらかすように三ツ目族について説明する。
「それはいつの話だ?大昔なら城を持ったりもしていたらしいが、今はみすぼらしく海で漁をしているだけの少数魔族だぞ?」
シェラはいつも自分以外の魔族をバカにしているから三ツ目族についてもまたバカにしているのだろうとレイラは思った。
「シェラったら何言ってるのっ!数日前にお城とか城下町とか見てきたんだよっ!?意味分かんないっ!」
レイラは昨日のことのように言ったが、今度はフムアルが怪訝そうな顔をした。
「んん?変だよ、レイラ。昨日は一緒に授業を受けていただろ?数日前も授業だったし、その前の休日にどこか観光でもしていたのかい?」
「しばらくの間、サダクを追いかけるって言ったでしょっ!!二人は私達が寮長から守ってくれたじゃないっ!あ~、分かったっ!二人を置いてけぼりにしたから怒ってるんだっ!」
レイラの記憶では準備を整えて寮を出るときに寮長のキノスラに見つかり、その際にフムアルとシェラは寮長を足止めしてくれたのだった。
「夢でも見ていたんじゃないかい?」
「サダクとかいう夢想した男と楽しんだとでも言うのか?まったく禍族はっ!」
しかし、二人は何の話をしているのか理解出来ない。フムアルとシェラとの会話は噛み合わず、レイラはムッとするとその席を離れた。
「もう二人とも知らないっ!」
「あ……、レイラ……」
「ふん、禍族は訳が分からん事を言うな」
その後もレイラは食堂にいる色々な魔族にサダクについて尋ねる。しかし、誰一人として彼を知る者はいなかった。
「……どうして?どうして誰もサダクのことを知らないのっ!!サダク……」
レイラは部屋に戻るとベッドに潜り、泣くことしか出来ない。
「うぅぅぅ……、みんな酷いよぉ……」
彼女は自分が何をしたのか答えが出せなかった。禍族だからと学校中が自分を排除しようとしているのか――その理由さえ掴めず、胸の奥はただひりひりと痛むだけだった。
「サダク……会いたい、会いたいよ」




