溢れる罪
キエティの暴走は、サダクと同様に静かに収束した。しかしそれ以上に、サダクの胸に残ったのは、メリクリス王が長くキエティを愛していたという事実への衝撃だった。
「親父がキエティおばさんを……?んだよそれ……」
父親の命が無事だったことに安堵している自分も信じられなかった。自分を魔導学校に追いやった父親がどうなろうとどうでも良いと思っていた。しかし、彼の命が危険に及ぶと不安になり、今はその命が助かり安心している自分がいる。
その自己矛盾のためか思わず口から皮肉がこぼれる。
「クソ親父の恋愛なんて見てられるかよ……。あいつら一緒に消えちまえばよかったのに!」
レイラは、愛が魔力暴走を止めたことにほっとして微笑んでいた。しかし、サダクの乱暴な言葉にその表情は薄く曇り、二人の間に少しだけ気まずさが流れる。
「もう、サダクッ!なんてことを言うのっ!あなたのお父さんでしょっ!」
「はっ!んに言ってるんだよっ!よりによってキエティだぜ?気持ち悪いにも程があるっ!」
皮肉を言うサダクだったが、その顔は落ち着いているようにレイラには見えた。
「あれ、サダク?なんか嬉しそうじゃない?」
「んんん、なことあるかっ!」
サダクが顔を真っ赤にしたのでレイラは図星だと思った。しかし、ふたりのイチャイチャ話をギエナが勢いよく声を上げて会話を断ち切った。
「いちゃついてる場合じゃないよぉ~、もう一つの台風がまだ収まってないんだよぉぉ~」
緊張が戻る。ダビが生み出したもう一つの暴風域は未だ勢力を保ち、渦を巻き続けていた。キエティはその中心で、息子の悲劇に打ち震えながら嗚咽を漏らしていた。
「あぁ、ダビッ!?ダビッ!?まだあなただけっ!!お、王よ……どうか助けてもらえませんでしょうか……」
「ふむ……」
メリクリスはダビの元へ向かおうと一歩を踏み出したが、急に足取りが鈍り、その場に膝をついてしまった。
「お、王……!」
「す、すまない……、動けぬ……」
キエティはメリクリスの疲弊した様子を見て言葉が詰まった。自分のために王の体力が削られていると自覚し、何も言えない。風はなお強く、魔力もほとんど残っていない。手を伸ばそうにも届かず、為す術がない。
震える声でキエティはただ嘆くだけだった。
「あぁ、ダメ……。魔法もでない……。ダビ……、ダビ……、うっうぅぅぅ……」
嗚咽が小さく漏れるだけで、現状を変える力は誰にもなかった。
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一方、上空からその光景を見下ろしていたコカブは、キエティの魔力暴走が収束するのを見て震えるほどに怒りを募らせていた。
「なぜだ……、なぜキエティの暴走が止まる?またしても『愛』ごときが邪魔をするのかっ!」
時間が迫るにつれ、コカブの焦燥は冷徹さを装いつつも明らかに尖っていった。
「時間がない……友よ、許せ。おのれ三ツ目族め、お前たちでは代わりにならなかったっ!役立たずどもめ、消え失せよ!」
そう叫ぶと彼は配下の三ツ目族をにらみ、二本の杖を巧みに操り始めた。杖の動きに呼応するかのように、ダビの赤い太陽から魔力が湧き上がり始めた。
「貧弱な魔力を持つキエティの息子とは言え、お前たちが暴走するには十分だろうっ!魔力を分け合い、お前たちの愚かな感情をむき出しにするがいぃぃぃっ!!」
ダビから溢れ出した魔力はうねりながら糸状に伸び、その場にいた三ツ目族たちの三つ目へと絡みついた。チューブのように続く奔流は際限なく注ぎ込まれ、人々の胸に封じ込められていた悲しみや苦悩を引きずり出し、過去の傷を抉るように刺激して、次々と魔力暴走を誘発していった。
- それは王族やこの街の人々にもおよび始めた。
「あぁぁぁっ!!」
「な、何故お前は私より先に死んだんだっ!」
「お母さん、なんで私を捨ててメイドにしたのっ!!!」
「どうして自分を愛してくれないんだっ!」
「くだらない王の面倒などもう見たくないわっ!」
「なんで大事な娘を王に差し出さなければならないんだっ!」
「キエティのスパイはもういやっ!!王よ、申し訳ございません。死んでお詫びします……」
- フナボシ
「こ、こんな大きな街の代表など、おらには無理だっ!無理なんじゃぁ!」
- スハイル
「なんで浮気ばっかりするのっ!いやいやいやっ!結婚できたのになんでこんなことになるのっ!」
- アスピディ
「新しい料理を考え続けるなんてもういやっ!!同じ料理でいいじゃないっ!」
- タスキ
「キナーンめぇぇ、何が隊長だっ!アルバリを奪いやがってっ!俺との仲が一番長いんだっ!お前なんて死んで良かったんだ」
スウドも暴風の渦に呑まれるようにして、断末魔のような叫び声を上げた。目は虚ろに見開かれ、身体が赤く燃え始める。涙混じりに震える声で過去の悲しみが蘇るように叫ぶ。
「にいさぁぁぁんっ!どうして僕を置いていくんだよぉぉっ!!」
目の前のスウドの暴走が始まってしまったが、サダクはどうにも出来ない。ただ胸の奥が引き裂かれるような感覚が溢れる。
「ス、スウドッ!?お前まで……」
「だ、ダメだよ兄さんっ!!!何処にも行かないでしょぉぉぉっ!にいさぁぁぁ~~んっ!!」
「俺はここにいるっ!お……落ち着く……あ、あぁ……」
スウドを落ち着けようとしていたサダクだったが、自分自身も暴走を始める。それはスウドを一人にしてしまった後悔だった。
「あぁぁぁっ!!ス、スウド、すまなかった……。俺は逃げたんだ……逃げた……んだ……」
レイラへの思いは嫉妬として溢れる。
「レイラを取られてたまるかっ!お前は俺のものだっ!!あぁぁぁっ!!」
身体中が赤くなり始めたサダクをレイラは押さえようと抱きしめる。
「サダクッ!サダクッ!落ち着いてっ!私はあなたのそばにいるよっ!」
サダクはレイラを見つめ、少しだけ冷静さを戻した。
「……レ、レイラ」
「な、なにっ!?」
「は、離れろっ!」
「えっ!」
「俺から離れて逃げろっ!こ、この場から逃げるんだ……」
サダクは真っ赤に燃える身体と消えてゆく自分との間で必死になり、レイラを逃がそうとする。しかし、レイラは聞き入れない。
「い、いやっ!!いやよっ!」
「こ、今度のはダメだ……っ!これは……と、止められないっ!わ、分かるんだ……三ツ目族全体の大きな罪が重なってしまっている……。と、闘争と破壊を繰り返した……お、俺達の罪……なんだ……、に、逃げろ……」
「いやっ!私もここであなたと一緒にいるっ!!」
「ダメだ……、逃げろぉぉぉっ!あぁぁぁっ!!」
既にメリクリスとキエティにも魔力によって再び暴走し始めていた。
「くっ、ダビから負の魔力がみなに流れ続けている……、わ、私も自分を抑え……き、切れない……、なんなのだ……これは我々の祖先からの罪……だと言うのか……、ぐわぁぁぁっ!」
「お、王よ……わ、私も……、あぁぁぁっ!!」




