もう一つの愛
二つの小さな太陽はなおも膨れ上がり、暴風域は神殿を丸呑みにして石壁を砕き始めていた。砂塵と熱気が空を揺らし、周囲の空気がねじれるように歪む。サダクは顔を歪め、声を張り上げた。
「や、やばいっ!いったん全員、外へ退けっ!!」
五人は慌てて後退したが、光と風の猛威の前ではどうにもならない。離れた場所からしか眺められず、何も手出しが出来ない現状が重くのしかかる。レイラは目の前の異常を凝視しながら、短い時間で可能な手段を探し続けた。
(ど、どうすればいいの……?サダクの時は私が止めに入ったけど、キエティとその息子、ダビだったらどうしたらいいのか分からない……。大きな壁を作る魔法で覆う?いいえ、大きすぎて無理だわ……)
ポリマはイェッドに小声で問いかけた。誰もが信じがたい光景に呆然としていて、打つ手が分からない。
「イェッド……これ、どうすればいいの?」
イェッドは深く息を吐き、表情を引き締めた。短く目を閉じてから、静かに答えを探すように顔を上げた。
「……仕方ない」
ギエナは、彼が何をしようとしているのかを察した。
「あ、宇宙的なあれでちょちょいと解決?」
「うん……。できれば、この星の人達で対処して欲しかったんだけど」
「キャンッ!」
「でたな、ワンこ……」
ギエナはポリマの無邪気なはしゃぎ声に呆れ顔を向けた。その背後で、赤く燃える小さな太陽の大きい方へとひとつの影が静かに歩を進めているのが見えた。
「あ、あれ、ちょっと待てぇ、あれはなんじゃらほい?」
誰があの暴風域に踏み込めるというのか――その光景をポリマーも信じられなかった。
「えっ、あ、あれは誰よ、イフレ?」
「三ツ目族……あの人は確か……」
皆の視線が一斉にそちらへ向くと、暴風の中をゆっくり、しかし確かに進んでくる巨躯の三ツ目族の男の姿があった。影が近づくにつれてその輪郭がはっきりし、サダクは思わず声をあげた。
「お、親父っ?!?」
それは、半壊した牢獄の瓦礫の中から現れたメリクリス王だった。粗末な食事でやつれは見てとれたが、その全身から放たれる力はいまだ衰えていない。三つ目が大きく見開かれ、澄んだ青い瞳が暴風の中心を据えると、宙を舞う破片や飛来する瓦礫が彼の念の力に弾かれるように弧を描き、道を開きながらキエティへと真っ直ぐに進んでいった。
「キ、キエティをどうにかするつもりか?無茶だっ!親父、止めろっ!お前がいってどうするんだっ!!……お、おれが親父を心配している……?」
あれほど軽蔑してきた父が、今や死に向かっている。そんな現実に自分が動揺していることを、サダクは素直に認められなかった。
そのとき、別の三ツ目族が静かに彼のもとへ近づいてきた。
「兄さんっ!!」
「スウドッ!生きていたのかっ!」
「うんっ!!やっぱり来てくれたんだねっ!!」
それは、まぎれもなくスウドだった。
二つの暴風が渦巻く中で牢獄は崩れ、収容されていた王族たちが瓦礫の合間から這い出してくる。しかし、あまりに異様な光景に誰も即座に動けずにいた。
王女シュアトもその中にいて、困惑した表情でメリクリスを見つめる。目の前で父かと思しき男が何を為そうとしているのか、彼女には理解しきれなかった。
「あ、あなたっ!何をしているのっ!!」
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メリクリス王は赤く燃え盛る小さな太陽へと、ゆっくりと足を進めた。中心に近づくほど光は鋭く目を刺し、風は牙のように唸りを上げる。視界を奪われ、身体を押し返す力に抗いながらも、彼は声を振り絞って叫ぶように彼女の名を呼んだ。
「キエティッ!!!」
その声は届かなかったが、光の中心にいるキエティの声がかすかに聞こえた。
「あぁぁぁっ!!熱い……、燃える、自分が……燃える……」
「キエティッ!私だっ!メリクリスだっ!」
「ひ、広がる……、私が広がり続ける……」
「キエティッ!!戻ってくるのだっ!!」
その低く響く声が幾度も繰り返されると、広がり続けていた彼女の魂はやがて応答を返した。音として聞いたのではなく、拡散した魂の内部に一つの大きな男の存在をはっきりと認識したのだ。
「メ、メリクリウス……?メリクリスなの……?あぁ、あなた……、あなたが分かる……。あなたが私の中にいる……?」
「そうだ、私だっ!メリクリスだっ!ここにいるぞっ!!」
「……あなたが……分かるわ……。私の近くにいるのね……」
キエティは、自分のそばに彼がいる理由も、どうしてその気配を感じたのかも理解できなかった。だが、男の切実な想いが静かに彼女へと伝わった。
「ま、まさか……、あなた……、わ、私を愛しているの……?」
「そうだ、愛しているキエティ……。戻ってくるのだ……」
「あんな酷いことをした私を愛しているというの?ずっと……?ずっと……?」
「私の方こそ、お前とダビを城から追い出してしまった……。お前たちを愛していたというのに……」
「あぁ……。そ、そんな……、私はあなたに嫌われたものだと……憎まれたものだと……」
「お前がメイドとして私の元に来たときから愛していた。お前と共にいた時間が一番落ち着いた時間だったのだ。それなのにお前を追い出してしまった……」
「メリクリス……」
「お前の元に何度も行こうとしたが出来なかった。私は情けない男なのだ……。何が勇気ある戦闘王だ……。私は愛する者すら守れない愚かな男だ……。もう一度そばにいてくれ……キエティ。私はお前に出会って愛を知った……。愛している」
「お許しください……。私はなんてことを……」
二人の愛が重なったとき、キエティの魔力暴走は消え去った。
「あぁ、キエティ……」
「メリクリス……」
そこには、男と女が抱き合っている姿があった。キエティの衣は焼け落ち、メリクリスの囚人服も裂け焦げていて、皮膚には深い火傷の痕が刻まれ、焦げた匂いと熱気が立ち込めている。
それでも二人は互いの体を離そうとしなかった。メリクリスの手が震えながらもキエティをしっかりと抱き寄せ、キエティはメリクリスの胸に押し当てるように身を寄せた。
言葉は交わされないまま、ただ抱き合う二人の間に確かな安堵があった。




