二つの暴風域
神殿を覆う二つの暴風域に唖然とするレイラ達の前に、ひとりの人物が静かに立っていた。その人物は魔導学校の校長、コカブであった。なぜ彼がここにいるのか、五人は互いに目を見合わせて訝ったが、彼はやがてこちらに気づき、ゆっくりと顔を向けた。
「おぉ、君たちか。ふむ……、おかしいな。警報音が鳴ったはず。魔法部隊とやらがお前たちを捕まえに行ったのでは?」
「魔導部隊……?魔導部隊は来ませんでした……」
レイラは答えながらも、コカブが何事もなかったかのようにこちらの存在を受け止めていることに違和感を覚えた。まるで初めから自分たちがここに来ることを知ってるかのようだった。レイラは街の人々を眠らせた張本人が彼ではないかという嫌な予感が、胸の奥でざわついた。
「ふむ、そうなのか」
「こ、この街の人たちはみんな眠っています……」
「寝ていただと?ふむ、どういうことだ。仕事もしないで何をしているのだ。さすが脳筋種族だな」
「こ、校長が睡眠魔法をかけられたのでは……?」
「ふむ、私はそこまで暇ではないのだよ」
「……そ、そうですか」
しかしコカブの否定は曖昧で、理由は誰の手にも渡らなかった。
「まぁ、それはどうでもいい。準備はもう間もなく整う」
コカブの口から出る言葉は不可解そのものだった。いったい何の準備なのか――誰も答えを持ち合わせていない。
だがその不可解さ以上に、スウドを助けねばならないという焦燥がサダクの胸を突き動かしていた。苛立ちが募り、ついに剣を抜いて声を荒げる。
「お前はここでいったい何をしているんだ!」
サダクの疑問にコカブは口を開いた。
「ふむ、教師をお前呼ばわりとは困った生徒だな、サダクビア王子」
コカブは、サダクが構えている剣を見つめる。
「しかも、私に剣を向けるとは。剣術部門もそろそろ切ろうと思っていたのだが、たまに君のようなお金だけを持っている劣等生がやってくるのでな。魔導学校の維持のために受け入れるために残しているのだよ」
「んなことは聞いてないっ!ここで何をしているのかって聞いているんだっ!」
「ふむ、劣等生は失礼だったか?すまない、友人を何とかしたくてな。そろそろ限界が近いのだよ」
「だから何の話をしているんだっ」
コカブの言葉を聞き続けるうちに、レイラの手は自然と杖を握った。
(校長……どうしてしまわれたの?)
彼女の中で違和感が膨らんでいく。以前、校長が渡してくれた「魔力を供給する杖」は確かに役に立った。しかし、あのときの微かな笑みや言動の端々に、今になって別の意図を感じ取ってしまう。コカブは本当に慈愛のある師なのか。レイラは直感的に、校長がこの場で何かを画策していると確信し始めていた。
「そうだ、レイラ君」
考え事をしていたレイラは突然、自分が呼ばれて驚いた。
「は、はいっ!?なんでしょう……」
「まさか君がサダクビア君を助けてしまうとはね。君たちの愛に僕たちが負けたというところか?ふはははっ!本当に想定外の存在だな、君はっ!」
「あ、愛ですか……?え、えへへ。……で、ではなくて、ここで何をされているのですか?あの暴風は……」
「そうそうっ!今回は三ツ目族を狙っていたのだよっ!もうすぐなんだ。もうすぐ入れ替えが行われるっ!!」
普段は冷静なコカブが急に興奮気味になったためレイラは戸惑った。
「い、入れ替え?」
コカブは二つの暴風域のより大きい方を示した。
「ほら、見たまえ。あのキエティという"女神"が僕たちを救ってくれるんだっ!ふははははっ!」
しかし、暴風域の中心部で赤く燃える光は眩しすぎて直視できなかった。
「あ、あれがキエティおばさんだっていうのかっ!?」
「そうだ、サダクビア君。もう一つはキエティの息子だったか?彼もああなるとは思わなかった。王とキエティの息子だからあり得たことだったかもしれん。それにしては少し魔力が弱いがな」
「もう一つは、ダビッ!?どうして二人が……」
「まぁ、余興だ。少し説明しよう」
コカブはこの状況になった理由を説明し始めた。




