ラブラブ、ぶらぶらサイレン音
ともかく、それぞれが壁に沿って昇っていくと徐々に街の様子が見え始めた。
「これが、キエティおばさんの街だってのか……。ほとんど城下町と同じぐらいの大きさじゃないか……。ここまで大きくしたのか、おばさんは……」
サダクは王子の身分からこの街の発展ぶりに息を呑んだ。
幼い頃、ダビやキナーンと来たときは質素な漁村にすぎなかった。だが今、眼前に広がる町並みは城下町に匹敵するほどに大きくなっている。
立場の都合で成長とともに城下町を離れざるを得なかったサダクは、実際にこの街を目にして、ただただ驚嘆した。――同時に自分にこれほどの運営が務まっただろうかという思いが胸をよぎり、キエティの非凡さを改めて実感した。
「いや、違うっ!違うぜ、キエティッ!城と城下町を破壊したのはお前なんだっ!」
しかしサダクは、キエティが同族に加えた卑劣な所業を到底許せなかった。城と城下町を破壊したことへの怒りが、改めて胸中に燃え上がった。
(わ、分かったけど、こっちも大変なんだよなぁ~)
レイラは、まるで母親が子どもの言葉に耳を傾けるような気持ちでサダクの言葉を聞いていた。とはいえ、今は私だって大変なのよと言いたかった。彼女は体勢を保つため魔力を一点に集中させ、目を閉じて詠唱を続けるしかなかった。風の流れが途切れないよう、何度も呪文を紡ぎ直しながら必死に微調整を繰り返す。
(え~っと、次は降りるために少し力を落としてっと……えっ?!」
レイラが下に降りようと詠唱を変えた瞬間だった、急にウ~という金属が引き裂かれるような鋭いサイレンが空気を裂いた。
「なになにっ!?」
その音に驚いたレイラは詠唱が止まってしまい、それと共に二人を覆っていた風が止まってしまい、同時に時間が一瞬止まったようになった。
「お、おいっ!風が止まったんだがっ!?」
「あ、ごめん……」
支えていた風が急になくなったため、二人は真っ逆さまに街の中に落ちていくしかなかった。
「……お、落ちる~っ!」
「キャァァァァッ!!!」
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だが、二人が地面へ落ちかけた瞬間、ふいに何かが受け止めた。視界が揺れ、身体がふわりと宙に留まる。
「……え、なにこれ?」
見上げると、先に到着していたギエナが即席で張った蜘蛛糸が袋状になって二人を包んでいた。勢いを吸収した糸はびくともせず、気づけば二人はその中で不格好に抱き合っており、頬が熱くなるのを互いに感じていた。
「た、助かった~……。これはギエナの糸かぁ。(んっ?サダク近い近いっ!またも近いっ!……で、でも、えへへ……。あったかい……、良い匂い……、えへへ……)」
サダクは照れくさそうに小さく笑い、いつの間にかレイラの背中に腕を回していた。
ギエナはそれを見て鼻を鳴らし、冷ややかな眼差しで二人を見下ろしていた。
「……はぁ、やれやれな、ラブラブな、ぶらぶらな、二人だなぁ……。このうるさい音の中で何をしているのだよ……」
ギエナの声で現実に引き戻されたレイラは、慌てて蜘蛛の糸をほどき袋から飛び出した。顔は真っ赤で、サダクも同じように赤らみ気まずそうにしていた。
「あぁっ!音、音、音、そうだ、音だぁ!な、何だろうな……ね、サダク?」
「そ、そうだな……何だろう」
鳴り響いたのは、魔法部隊が仕掛けた警報用の魔道具だった。空中に張られた見えない警戒網を横切ると一斉にサイレンが鳴り、侵入者を探知して排除する仕組みになっている。
「ともかく、みんな逃げるんだ!」
イェッドの号令で五人は慌てて建物の陰に身を隠した。ポリマは辺りを窺い、この種の事態を経験したことがないため戸惑いを隠せなかった。
「イェッド、これってどうなってるの?」
「ぼ、僕も分からないよ……。空からの侵入って初めてでしょ?」




