親友②
ダビは魔法部隊の寄宿舎にある、少し広めのキナーンの部屋に入った。
部屋に足を踏み入れると、まず目に入るのは整然としたダイニングだった。ダビは三ツ目も使い、部屋の隅々まで目を凝らして何か手がかりが残っていないか探したが、食事の痕跡もなく、生活の気配すら感じられなかった。
次に寝室へと進むと、そこもまた同じように整えられていた。ベッドのシーツはきちんと整えられ、まるで次に使う人のことを考えているかのようだった。それがいかにもキナーンらしく、ダビの胸に苛立ちが込み上げた。
「ダイニングも寝室も、どこもかしこも綺麗なままにしやがって……!全く、ふざけやがってっ!!」
怒りを抑えきれず、ベッドを思い切り叩いた。
「お前のことだ。何か仕掛けてるんだろっ?何か言ってみろっ、キナーンッ!!!……あっ!」
ダビが叫ぶと、突然部屋の空気が震えた。ベッドの横にある机の上、普段は何気なく置かれていた小さな木の板が淡く光り始める。次の瞬間、そこにキナーンの姿が鮮明な映像として浮かび上がった。まるで本当にそこにいるかのように、キナーンは微笑みながらダビを見つめていた。
「俺の声に反応するようにしたな……。自分が作ったエンチャント道具を使いやがって……」
それは、オーク族のエジテクの家にもあった「録画動画再生道具」だった。キナーンが開発し、密かにこの世界で広まりつつある魔法道具だった。エジテクの家のものは魔力が弱く、動画も途切れがちだったが、ここにあったものは十分な魔力が蓄えられており、キナーンの姿や動きが鮮明に映し出されていた。
"ダビ、この動画は君の声で反応するように設定したんだ。
君のことだから、僕の部屋に入ってくると思ってね。
この動画は君にしか見えないんだ。どうだい?最後の魔法にしては良いだろ?"
「チッ!お前って奴は……」
"君のことだからすごく怒っているんじゃないかなぁ"
「あぁ、すげー怒ってるぜ?」
"ごめんね、僕は消えることにする。他のところに行くことも考えたけど、キエティ様にいずれ見つかってしまうだろう"
「あ、あぁ……」
ダビが一番聞きたくない言葉を当人から聞くことになり身体中が震えた。涙を堪え、目を瞑り下を向いたが動画は続いた。
"君が知ってるとおり、僕は気弱だろ?三ツ目族のくせに力も弱いし役立たずでさ。
でも、そんな僕の魔法が街のみんなの役に立って嬉しかったんだ。
褒められる度にとても誇らしかった"
「お前は苦笑いをしていたっけ……」
"だけど、今は違う……。魔法が人を苦しめるために使われているなんてっ!!あっちゃいけないっ!!
君は分かってくれなかったけど、僕はどうしても自分を許せないんだ……"
「……お前は真面目すぎるんだよ」
"君は真面目すぎるって言うかもしれないけど……"
「はっ!お見通しかよ……。お前には敵わないぜ」
それは、ただ一方的に見るだけの動画のはずだった。しかし、まるで旧知の親友同士が、互いを認め合い、心の奥底で会話を交わしているかのようだった。
"僕は海に向かう事にするよ……。丁度良いかなって。ほら、魚族達で僕らは発展できただろ?彼らにお返しも出来るんだ"
「馬鹿野郎……、魚の餌になるつもりかよ……」
"ただ、魔法部隊だけが気がかりなんだ。みんなこんな僕についてきてくれた良い仲間たちなんだ。アルバリが良いリーダーになってくれると思うから彼女に任せて欲しい"
「はっ!アルバリはお前と無理心中じゃないか……どうすんだよ」
"色々とキエティ様にはご提案もしたけど、あまり聞いてもらえなくて残念だった"
「……そうだったよな」
"でもね、僕はひとつ賭けをしてみようと思う。この仕掛けが上手く彼らの助けになると良いけど"
「仕掛け?彼ら?」
"それじゃぁ、ダビ。みんなによろしく……って、そんなこと言えないか……ああはっ!さようなら"
「またねって言えよ、クソが……」
ダビは頭を掻きながら苦笑いをするキナーンをじっと見つめていられなかった。その顔は幼い頃から何度も見た顔だった。自分と正反対の性格だったから意見がぶつかることもあった。結局、ダビの意見をキナーンは受け入れた。しかし、すぐにダビから謝ると、この顔をした。その後は、いつも妥協点を見いだし、二人でこの街を盛り上げてきた。
「馬鹿野郎っ!馬鹿野郎っ!馬鹿野郎っ!キナーンッ!!最悪の選択をしやがってっ!!!今度はどうやって謝れば……良いんだよ……」
そこで言葉を失った。今度とはいつのことかと思った。
「……いや、違うな。俺が……、俺が馬鹿なんだ……。お前を分かってやれなかった俺が馬鹿なんだよ……」
もどかしさしかなかった。どうにも出来なかった自分に腹が立った。
「うぉぉぉぉぉっ!!!」
キナーンの部屋からは、ダビの慟哭が静まり返った宿舎に響き渡った。その声に、魔法部隊の隊員たちも思わず手を止め、ただ黙って耳を傾けるしかなかった。




