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異端を狩る者の詩は誰も歌わない  作者: 大嶋コウジ
ワールド弐の四:サダク編:夜の闇に溶ける
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煌めく星と海と涙

 その夜、キナーンは波止場に佇んでいた。人影のない静寂の中、ゼリー状の海は粘度が高く、波ひとつ立てずにゆっくりと揺れていた。透明度の高いその海の底には、小さな魚族が静かに泳いでいるのが見える。


 キナーンは固いキノコをくり抜いて作った小舟に乗り込み、そっと海面に手を伸ばした。掌にすくった海水ゼリーは、指の隙間からとろりと滑り落ちていく。


(こんなに粘り気のある水の中で、魚族はどうやって泳いでいるのだろう……)


 空を見上げれば透明な岩盤の天井がキラキラと輝いていて自分と海を照らしていた。


(不思議だなぁ、どうして夜になると岩が光るのだろう……)


 我々からすれば宇宙の星々が透過しているだけと分かっているが、魔族たちはそれが何なのか分からない。彼らは岩が光っているのだろうと解釈していた。


(世界はこんなにも静かで綺麗だ……)


 とりとめの無い考えが浮かんでは消え、やがて昨晩のことも思い浮かんだ。


----- * ----- * -----


 キナーンは、自室で考え続けた。

 自分とは何者なのだろうか、子供の頃は確かに魔法を覚えることは楽しかった。それが村の発展にも役立った。しかし、今では自分が作った魔道具が殺人兵器の様相を呈していた。


 自分がいるから同族が殺された――

 自分がいなければこんなことにはならなかった――

 自分なんてていなくても良かった――

 そもそも自分なんて始めからいなければ良かった――

 自分などいなくなっても誰も悲しまない――


「そうか、自分など消えてしまえば良い……」


----- * ----- * -----


 愚かな結論だとは思えなかった。何故かすっきりした気分だった。だから、何もかも終わらせようと決め、魔法部隊のみんなに最後の演習も終わらせた。自分がいなくなっても魔法部隊は問題ないだろう――、それが分かって良かった。


「さて、行くか……」


 キナーンは、静かに呟いた。誰に向けた言葉でもなかったが、その声は夜の海に溶けていき、しかし、何かにこだましたかのように反応があった。


「……どこに行くおつもりですか?」


 振り返ると、そこにはアルバリが立っていた。彼女は両手をぎゅっと握りしめ、今にも泣き出しそうな表情でキナーンを見つめていた。キナーンが驚いて言葉を失うと、アルバリはためらいながらも小舟の後ろにそっと腰を下ろした。


「な、何をしているんだ、アルバリ!?」


「嫌ですっ!」


「アルバリ……、ど、どういうつもり……」


「い・や・で・すっ!!」


 理由を説明もせず、ただ嫌としか言わなかった。キナーンが混乱していると、アルバリは突然、彼の背中にしがみついた。その勢いで小舟がわずかに揺れ、二人の距離がさらに近づいた。


「あっ……」


 船の揺れが収まると、アルバリはキナーンを更に強く抱きしめた。キナーンには見えなかったが、アルバリの目には涙が浮かんでいた。ただ、彼女の震えだけが伝わった。


「浅瀬とはいえ、落ちたら危ないよ……」


 キナーンが心配そうに声をかけると、アルバリは小さく首を振り、震える声で叫んだ。その声は静かな海に大きく響いた。


「分かっているんですからっ!」


「わ、分かっている……?」


「一人で行かせませんっ!!」


 キナーンは、アルバリの真剣な言葉に驚き、しばらく何も言えなかった。


「私も一緒に行きますっ!」


 アルバリは、キナーンが一人で海に出て行き、そのまま消えてしまうのが分かっていた。ただただ、自分の大切な人が絶望の中で消えてしまうことだけは、どうしても許せなかった。


 彼女にもはや誤魔化しはきかないとキナーンは諦めた。


「だ、だめだ……。君を巻き込むわけにはいかない。それに、魔法部隊はどうするんだ。君がいれば、みんなを支えら……」


 アルバリはキナーンの言葉を強く遮った。


「魔法部隊なんてどうだっていいっ!……どうだっていいじゃないっ!!!」


「ア、アルバリ……」


「あなたを一人になんてさせませんっ!愛しているの……、隊長……、いいえ、キナーン……、私を受け入れて……。プリマ様なんかに負けないっ!私だけがあなたを愛している……」


「あ、あぁ……」


 キナーンは、アルバリの想いに気づいていた。しかし、自分の弱さや無力さを痛感していた。だから、彼女と共に歩む資格がないと思ってた。だが、そんなキナーンの弱さなど馬鹿にするようにアルバリは決してその手を離そうとはしなかった。


「一人にさせない……、一人にさせない……」


「こ、こんな僕を君は……」


「あなただからです、キナーン……。あなたをだから私はついてきたのです……」


「……!」


 アルバリの方を向くと、岩の天井からこぼれる星の光が彼女をやさしく照らしていた。頬を伝う涙がきらめき、静かに海へと落ちていった。


「アルバリ……」


 いつの間にかその強い想いをキナーンは受け入れていた。

 そっとアルバリを引き寄せると静かに抱き合い、唇を重ねた。


「アルバリ、行こうか……」


「はい……」


 小舟を漕ぐキナーンの背中には、アルバリの温もりがあった。その温もりに包まれながら、キナーンは小さく呟いた。


「……ありがとう」


 アルバリは何も言わず、ただ彼を強く抱きしめた。


 やがて、静かな海に白い霧が立ちこめ、小さな舟はゆっくりと遠ざかっていった。その姿は誰にも気づかれることなく、夜の闇に溶けていった。


 翌朝、キナーンとアルバリが忽然と姿を消したことが知れ渡り、街は騒然となった。


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