強さと弱さ①
キナーンは、キエティの神殿から逃げるように魔法部隊宿舎の自宅に戻った。ベッドに入っても、スウドが倒れた姿や肉が焼ける匂いが脳裏に焼き付いて離れなかった。
(あぁ……、あぁ……)
全てを忘れようと目を閉じると、幼い頃のキエティが浮かんだ。
彼女は魔法が使えるだけで重宝してくれ、魔法の勉強も後押ししてくれた。新しい魔法を覚える度に笑顔で褒めてくれた。強力な魔法道具を作れば頭を撫でてくれた。
あの優しかったキエティは、もうどこにもいない。城を崩壊させ、城下町を滅ぼし、王族たちに残虐な行為を重ねている。同族同士で殺し合う現実が、どうしても理解できなかった。
そして、彼らを苦しめている魔道具の多くは自分が発明したものだった。
(キエティ様……どうして……どうしてこんなことに……。あなたの王への恨みは、ここまで深かったのですか……)
かつて村を巨大な商業都市へと育て上げた女神キエティは、もういない。今そこにいるのは、ただ権力を欲する暴君だけだった。
(もう嫌だ……。全てが嫌だ……)
----- * ----- * -----
アルバリは、キナーンが戻ったことを確認すると、彼の扉の前に静かに立っていた。しかし、扉の向こうから嗚咽のような声が漏れ聞こえ、ノックしようとした手が止まった。
(た、隊長……?)
今、自分が扉を叩いても何ができるのか――そう自問だけが繰り返され、答えは見つからなかった。
(どうしたら……私が入ったところで、隊長の力になれるの?……私は無力だ……)
落ち込んで自室に戻ろうとしたその時、プリマが目の前に現れた。
「プ、プリマ様……?」
何故、彼女がここにいるのか理解出来なかった。元カノだから?キナーンを心配して?様々な疑問が沸いたが目の前のプリマは無言のままだった。
プリマは扉の前に立つアルバリを冷ややかに見つめ顎で立ち去るよう促した。
「し、失礼しました……」
アルバリは場所を譲り、静かに自室へ戻るしかなかった。振り返ると、プリマがキナーンの部屋に入っていくのが見えた。
(プリマ様が隊長の部屋に……!)
自分にはできなかったことだった。その事実に劣等感と嫉妬がこみ上げるが、これ以上考えるのはやめた。想像するのが怖かった。
(隊長の元カノ……だものね……、う、うぅぅぅ……、隊長……隊長……)
肩を震わせ、顔を覆う。前髪の隙間から三つの目にも涙が滲んでいた。
----- * ----- * -----
しばらくベッドで悶々と苦しんでいたキナーンだったが、ついに限界を迎え、勢いよく起き上がった。
「もう嫌だ……!」
彼は震える手で荷物をまとめ始めた。ここに留まることはもうできない――誰もいない場所へ逃げるしかない、そう決意した。
ある程度準備が整って外に出ようとしたとき、扉が急に開いた。
「プ、プリマッ!?」
そこに立っていたのはあのプリマだった。どうして彼女がここに来たのか、別れた女が何の用事だろうかと思った。何も言えず立ち尽くしているとプリマが口を開いた。
「ど~こに行くのぉ~、キナーン」
「ど、どこにって……」
この街から逃げるとは言えず、キナーンは言葉を濁した。しかし、ある疑問が沸いた。
「か、鍵が掛かっていたはずだ……、ど、どうやって、あ、開けたんだい?」
プリマはキナーンの疑問を聞いてあきれ顔になった。
「もうっ!そんな事ど~でも良いじゃない。それよりも何処に行くのよぉ~」
「そ、そうか、マスターキーがあるのか……」
「聞いてるの?その荷物はな~に?」
「……こ、これは」
「あ~んっ、私を置いて何処かに行こうとするなんて~っ!信じられないっ!!」
「そ、そんなことは……。ぼ、僕は何処にも……って」
プリマは話も聞かず、どこか甘えるような表情で目をとろんとさせてキナーンに近づいていた。
「プ、プリマ……!?ち、近いよ……」
「置いていっちゃダメだぞ……ね?」
プリマの手は彼の背に回していて、キナーンが何処かに行かないようにしめているようだった。
「プリマッ!?だ、駄目だよ……。な、なな……、ど、どこを触って……、あ……っ」
「ほら、そこに行こっ?ね?」
二人はそのままベッドに流れ込み、その夜は二人だけの晩となった。




