スウドの強さ
再教育施設で「女神キエティ」への服従が確認されるたび、彼女は薄くほくそ笑んだ。信仰が偽りであろうと真実であろうと、もはや問題ではない。かつて自分を排除しようとした者たちが従い、怯える姿を見るだけで胸が高鳴り、身体が震え上がった。
「ククク……、あははははっ!女神を信仰するのはあたりまえだからなっ!」
キエティは神殿の壇上で高笑いを響かせ、ひざまずくスウドに鋭い視線を投げかけた。
「さて……スウド王子、今の話を聞いてどう思う?」
スウドは、もはや目の前の女を女神とは思えなかった。筋力を奪う食事のせいで立ち上がることもできず、ただ力なくその場に座り込んでいた。周囲にはキエティの護衛たちが睨みを利かせ、逃げ場はなかった。
その一角で、キナーンは音声記録用の魔道具を手に、スウドの言葉を記録する役目を担っていた。彼はこの光景を、苦悩と無力感を抱えながら見つめていた。
(スウド……)
恐れに震えるキナーンは、スウドの次の言葉に思わず息を呑んだ。
「……あ、悪魔めっ」
(ス、スウド君……なんてことを……)
スウドの言葉にキナーンは凍りついた。その一言がどれほどの怒りを招くか、彼には痛いほど分かっていた。だが、スウドの声には怯えながらも確かな憎しみと覚悟が込められていた。
(キエティ様……)
キナーンが壇上のキエティに目を向けると、案の定、彼女は怒りに満ちた視線でスウドを睨みつけていた。
「はぁ?……今、何と言ったの、スウド王子?」
「お前は悪魔だっ!女神なんかじゃないっ!これだけの同胞を苦しめておいて、女神を名乗るなっ!お前は悪魔だっ!!」
「……スウドよ、昔はあんなに気弱だったくせに、よくそんな口が利けるものだな。お前が弱いから、こんな事態になったんじゃないのかぁ?」
キエティの低く冷たい声が神殿に響き渡り、その場にいた人々は恐怖に身をすくめた。絶対的な存在に逆らうスウドを、誰もが哀れむような目で見つめていた。
「ぼ、僕は……あなたのことを言っているんだっ!悪魔にこの国を渡したりしないっ!」
スウドは震えながらも、決して目を逸らさずに言い切った。何も持たない自分だからこそ、今だけは譲れない思いがあった。もはや自分しかキエティに立ち向かう者はいない――その覚悟が、彼の背中を押していた。
「あぁぁん?スウドォォォッ!愚かな王子っ!お前も我に従えぇぇぇっ!」
スウドは筋力を奪われているにもかかわらず、必死に体を支えながら立ち上がった。足元はおぼつかず、全身が震えていたが、その三つの目には決して屈しない強い意志が宿っていた。
「い、いやだっ!!ぼ、僕は誇り高き三ツ目族だっ!みんなを解放しろっ!」
「ふざけおってぇぇぇっ!お前もこの杖の痛みを味わいたいのかっ!」
キエティは怒りに満ちた表情で雷の杖をスウドに突きつけた。
杖の先端からは不気味な雷光がほとばしり、空気を震わせていた。その痛みを知っていても、スウドは一歩も引かなかった。自分がここで屈すれば、王族も民も全てが終わると分かっていたからだった。
「……そ、そんなものに屈したりはしないっ!」
「ククク……、それならば味わうがいいっ!!」
<< ワ・カルレ・ア・ヘ・コ!! >>
キエティの電撃魔法が杖の先から閃光となって放たれ、空気を裂きながらスウドに襲いかかった。杖に込められた魔力で増幅された電撃は凄まじく、轟音とともに彼の全身を貫いた。
「ギャァァァッ!」
スウドは激しい痛みに全身を震わせ、その場に崩れ落ちた。倒れたまま痙攣し、身体からは焦げた煙が立ち上る。それでも、彼の三つの目は決してキエティから逸らさず、憎しみを込めて睨み続けていた。
「グブゥゥ……、あ……悪魔……め……」
キエティはそんなスウドを見下ろし、薄く笑みを浮かべながら甘い声で語りかけた。
「スウド王子、痛いか?すまなかったなぁ。本当はね、おばさんは子供にこんな事をしたくないんだよ?」
「な……に……」
「悪魔って呼ばれても良いのさ。ただねぇ、王の継承権が欲しいだけなんだよ」
「……クッ」
「ダビに王を継承すると言えば良いだけなんだ。ほら、私はまだ武装部隊長をやっているし、正式に王が変わらないと民衆も納得しないだろう?だから、お前がダビに王位を譲ると宣言してくれればいいんだよ。」
スウドは、これこそがキエティの本当の狙いだと悟った。確かにキエティはダビを王と名乗らせていたが、民衆の納得を得るには正当な継承が必要だと考えているのだ。メリクリス王はすでにスウドに王位継承権を渡していた。だから、スウドがダビに王位を譲ると宣言すれば、ダビは正式な王となる。
だが、スウドは悪魔のようなキエティに屈するつもりはなかった。ただ黙り込み、何も答えなかった。
「王子、お前を殺してしまうのはさすがに気が引けるんだよ。だって私は女神だからねぇ……」
「……」
「何とか言いなっ!」
「か、解放しろ……。み、みんなを解放しろ……」
「ちっ、それだけかい」
「キ、キナーン、君からも何か言ってくれ……」
キナーンは部屋の隅で怯え、震えていた。スウドに名前を呼ばれ、戸惑いながらも視線を上げた。スウドとは何度か言葉を交わしたことはあったが、深い関わりがあったわけではない。それでも、今この場で自分に助けを求めていることが痛いほど伝わってきた。
「ぼ、ぼくは……」
キナーンの声はかすれ、言葉にならなかった。スウドが何を期待しているのかも分からなかった。どう言えば良いのかも分からなかった。
「キ、キナーン……」
その切実な声に、キナーンは胸が締め付けられる思いだった。しかし、恐怖と無力感で身体が動かない。
「ふんっ!キナーンに言ったところで何も変わらないさ。ダビに継承するって言うんだよっ!!ほらっ!さぁっ、言えっ!!!」
スウドは絶望に震え、かろうじて言葉を絞り出した。
「か、解放が……じょ、条件だ……」
それだけ言うと、キナーンは限界を迎え、膝から崩れ落ちた。意識は朦朧とし、床に手をついて必死に耐えようとしたが、ついに気を失ってしまった。
「気絶したか。しぶといねぇ……。片付けておけ」
「はっ!」
「かしこまりました!」
キエティは部下にスウドを牢へ戻すよう命じると、苛立ちを隠さずその場を立ち去った。
キナーンは、キエティが大広間から去っていくのを薄れゆく意識の中で感じながら、引きずられていくスウドを複雑な思いで見つめていた。
(……スウド、君は強い……。ぼ、僕は……何も言えなかった……)




