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異端を狩る者の詩は誰も歌わない  作者: 大嶋コウジ
ワールド弐の四:サダク編:夜の闇に溶ける
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深淵の再教育施設

 城に居た者たちは、キエティの命令で「再教育施設」と呼ばれる場所に収容された。

 金品はすべて没収され、食事は一日二回、わずかなおかゆのみが支給された。そのおかゆには筋力を弱らせる魔法がエンチャントされており、王族たちも空腹には抗えず、仕方なく口にした。また、毎日一度は紫色の目薬を強制的にさされ、念動力を封じられた。


 さらに、毎日一度、窓のない教室のような部屋に集められ、「女神回顧録」と呼ばれるキエティの自伝を暗記するよう強制された。王侯貴族にとってはこれ以上ない屈辱であり、従うことを拒む者も多かった。王女シュアトもその一人だった。


「……こ、こんな汚らわしいものっ!目にするのも虫酸が走るっ!!」


 シュアトは本を床に捨てて足で踏みつけた。それを目にした三ツ目族の看守は冷たくあしらった。


「貴様っ!元王女だかなんだか知らんがキエティ様の本を捨てた上に足で踏みつけるなど許されんっ!!」


「お、お前のような下賎な者が私に命令するなっ!気持ち悪いっ!!」


 シュアトの言葉に看守は激昂したが、もはや立場は完全に逆転していた。


「ちっ、まだ自分の状況が分かっていないようだな、このクソアマがぁぁぁっ!連れて行け!」


 看守の命令で、部屋の隅にいた他の看守たちがシュアトの両側から腕を掴み、強引に部屋の外へと連れ出した。彼女の手首には固い紐が手錠のように巻き付けられ、さらに筋力を奪う魔法の影響で、抵抗する力も残されていなかった。


「このっ!下賎がぁぁぁっ!触るなぁっ、お前が我に触るなっ!!」


 それを他の三ツ目族達はただ見つめるしかなかった。


----- * ----- * -----


 看守はシュアトを更に狭く暗い別室に連れていき、無理やり椅子に座らせた。

 部屋は窓もなく、湿った空気と重苦しい沈黙が支配していた。壁には古い血痕が残り、ここが尋問や拷問のための部屋であることを物語っていた。

 シュアトは椅子に縛り付けられ、身動きが取れなくなった。看守たちは無表情で彼女を見下ろし、冷たい声で命じた。


「座れっ!クソアマッ!」


「ふんっ!賤しき漁民めっ!!魚の臭いがするわっ!」


「イラつくぜ、この女っ!分からせるしかないかぁ」


 気丈に振る舞うシュアトに、看守は不気味な音を発する光る杖を見せつけた。暗い部屋にも関わらず、その杖から放たれる光が異様に部屋を照らしていた。

 その杖を目にした瞬間、シュアトの顔から血の気が引き、恐怖に震え始めた。


「そ、それは……。や、やめてっ!それは止めなさいっ!!!ち、近づけるでないわっ!」


「ケッ!ほらよっ」


 看守は杖をシュアトの身体にそっと押し当てた。次の瞬間、激しい痛みが全身を駆け抜け、シュアトは悲鳴を上げた。


「ギャッ!ギャァァァッ!」


「ほらほらっ、さっきまでの勢いはどうしたっ!」


 その杖には高出力の雷魔法がエンチャントされていた。触れただけで強力な電撃が身体中を走り、神経を麻痺させ、血管を破裂させるほどの威力だった。当て続ければ、ほとんどの三ツ目族はその痛みに耐えきれず意識を失った。


「ギャァァァッ……。くそうっ、くそうっ、キエティィィィ……めぇぇ……」


 この拷問で痛みに耐えきれずシュアトは意識を失った。


「バカな女だぜっ!」


 シュアトが意識を失い椅子にもたれかかると、その隣にはすでにメリクリス王が座らされていた。王は横目で王女の苦しむ姿を見つめ、顔をしかめていた。


「シュアトよ……」


「元王よ、さぁ、今度はあんただっ!!キエティ様の本を開きもせず、無視し続けるなどあり得ないっ!」


「……くだらん」


「はぁ?何か言ったあぁ?あぁ、あの勇ましい王が嘆かわしやぁぁっ」


 王は目を見開き、リーダー格の看守を鋭く睨みつけた。その威圧感は、たとえ囚われの身であっても、看守たちをたじろがせるほどだった。


「ひ、ひぃっ……!こ、こいつもやるのだっ!」


 リーダー格の男は、シュアトを痛めつけた看守に命じて杖をメリクリス王に向けさせた。


「他人にやらせるとは、なんと卑怯者めっ!貴様は三ツ目族ではないっ!!」


「な、なんだとっ!」


 侮辱されたリーダー格の男は激昂し、部下から杖を奪い取った。しかし、その手はわずかに震えていた。それでも王に近づいた。


「や、やってやる、やってやるぞぉっ!!」


「やってみろぉぉぉっ!」


「ひっ!!」


 王の威圧は拷問部屋に重く響き渡った。看守はその迫力に一瞬たじろぎ、手にしていた杖が思わず王の肩に触れた。


「グゥゥッ!」


「ほ、ほら見ろっ!キ、キエティ様に逆らうからだぁぁ……!」


 しかし、王は痛みに顔をしかめながらも、三つの目でじっと看守を睨みつけた。その視線は、今にも看守を殺さんとするほどの凄みを帯びていた。


「……ど、どうした?手が震えて……いるぞ……」


「くっ……!お前など、お前などぉぉっ!」


 看守は意地になって再び杖を握り、王に何度も押し当てた。しかし、王はシュアトのように意識を失うことはなく、ただ三つの目で睨み返し続けた。その圧倒的な威圧感に、ついに看守は恐怖で手から杖を落としてしまった。


「は、はははっ!ど、どうだぁっ!キエティ様のお力を知ったかぁぁっ!」


「く、くだ……らん……」


 王の凄みに圧倒されながらも、看守は無理やり勝ち誇ったように雄叫びを上げた。その空虚な声が拷問部屋に虚しく響き渡る。

 自らの敗北を誤魔化すかのように、看守は次の三ツ目族に拷問を加えるよう命じた。


「つ、次だっ!次の者をやれぇぇっ!!」


 こうした拷問や再教育は、女や老人、子どもにも容赦なく行われた。王のように耐え抜く者は稀で、多くは気絶するか、屈辱的な謝罪を強いられてこの苦痛から逃れるしかなかった。


 これらを監督し、強制する監視員の中にはウルサリオン族だけでなく、海の街「スナーコ・リプキャ」出身の三ツ目族も多く含まれていた。魔族同士の争いはあっても、同族がここまで互いを痛めつけることは、かつてなかったことであった。


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