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異端を狩る者の詩は誰も歌わない  作者: 大嶋コウジ
ワールド弐の四:サダク編:夜の闇に溶ける
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勝利の祝宴

 キエティたちは、「スアリ・エクア」の城下町にノラ魔族を放ち、混乱を引き起こした。城では偽の宴を開き、食事には筋力を衰えさせる魔法をエンチャントした料理を振る舞い、さらに三ツ目の念力を封じる目薬まで使って王族たちを無力化した。

 捕らえられたのは、メリクリス王とその妻、シュアト、次男スウドをはじめ、王の守備隊や料理人、メイドなど総勢三百名ほどにのぼった。彼らはすべて力を奪われ、キエティの街「スナーコ・リプキャ」に新設された牢獄へと送られた。


 城下町に住んでいた三ツ目族はほとんど姿を消し、「スナーコ・リプキャ」と「スアリ・エクア」の勢力は完全に逆転した。

 かつてのスナーコ・リプキャ城は無人となり、代わってキエティの神殿が三ツ目族の新たな「城」として機能し始めた。キエティは自らを王とは呼ばず、「女神」と名乗り、その権威を強調した。そして長男ダビを名目上の王に据えたが、実際の権力は依然としてキエティが握っており、ダビは依然として武装部隊長の役割を担い続けていた。


 スナーコ・リプキャの人々は、女神キエティの勝利を盛大に祝った。多くの者が「自分たちは正しい側にいる」と信じ、キエティに従えば必ず幸福になれると疑わなかった。彼女への信仰は日に日に強まり、街にはキエティを称える歌や祈りの声が絶えなかった。

 一方で、同族を手にかけたキエティへの批判はほとんど表に出ることはなかった。わずかに異を唱える者がいても、すぐに周囲から非難され、やがて街を追われていった。そのため、キエティの悪口を口にする者は誰もいなくなった。


----- * ----- * -----


 神殿の奥、静かな応接室でキエティとアンカはキノコ酒を傾けていた。数日前の勝利を振り返りながら、二人だけの祝宴が続いていた。


「キエティ、作戦は見事な成功だったわね。あなたの計画通り、すべてが思い通りに進んだんじゃない?」


 アンカは、自分たちウルサリオン族の貢献をさりげなく強調しつつ、今後の見返りを探るような口ぶりで言った。キエティはその意図を察しつつも、軽く受け流した。


「まあ、悪くはなかったわね」


 キエティの関心はすでに次の段階へと移っていた。彼女は、今後の作戦についてアンカの動きを確かめるように話題を切り替えた。


「……ところで、“あれ”はどうなってる?」


「もちろん、準備は万端よ。“洗浄”は明日から始めるわ」


 アンカの言う“洗浄”とは、城や城下町に居座るノラ魔族たちを一掃する作戦だった。彼らを利用した乗っ取りは成功したものの、今もなお徘徊し続けているため、町の再建や住民の移住が進まなかった。


「ゴブリンどもは本当にうざったいんだよ。勝手に家を使い始めるから早く排除しないと大変なんだ」


「そうね、よろしく。綺麗になったら……」


「ふっ、綺麗になったら私達も住まわせてもらう。約束だったものね」


 アンカとキエティの約束――すなわち三ツ目族とウルサリオン族の取り決め――は、奪取した城下町の一部をウルサリオン族の新たな居住地とするというものだった。ウルサリオン族は年々人口が増加し、既存の街ではもはや手狭になりつつあった。


「えぇ、もちろん!新しい私たちの街が生まれるわ!」


 だが、キエティが「私の街」と口にしたことに、アンカは一抹の違和感を覚えた。もしかすると、三ツ目族だけの街にするつもりなのでは――そんな疑念が頭をよぎる。しかし、今ここで問いただしたところで意味はないと、アンカはその場では口をつぐんだ。


「あははははっ!楽しみだねぇ。しかし、あんた趣味が悪いねぇ。自分を信仰させようっての?」


 それはキエティが自伝を書き始めたことに端を発していた。アンカは最初、なぜそんな本を作るのか理解できなかったが、今回の革命のような出来事を経て、ようやくその意図を察した。キエティはその自伝を城の者たちに強制的に読ませ、信仰心を高めさせようとしていたのだった。


「あたりまえじゃない。私は女神よ?」


「ぷっ!あははははっ!自分で言っちゃう?始めは恥ずかしがっていたのにっ」


「そうだったかしら?だって生きている女神がここにいるのよ?存在しない女神なんて信じても仕方ないじゃない。あんたも生き神と一緒にお酒を飲んでいることに感謝するといいわ」


「あははっ!やめてよ、そんな冗談っ!」


 アンカは笑ったがキエティは真顔でこちらを見つめていたため、笑いが止まった。


「……と、ともかく、掃除は任せてよね」


「もちろんっ!あなたのことは信用しているわっ!ふふっ!」


 アンカは、また笑ってるキエティを不気味に感じた。今は利害が一致しているだけだからそう言うだけでは?そんな疑問が脳裏をかすめた。しかし、商売人であったアンカはそれはそうだとも思った。互いに利益があるから商売は成り立つのだと。


「アンカ」


「えっ!な、なに?」


「どうしたの?急にぼ~っとしてっ!飲みましょう、ね?」


「そうだね、そうだそうだっ。勝利の美酒は最高だよっ!」


 二人はその夜も遅くまで飲み続けた。

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