軟弱部隊長⑤
キナーンは、キエティに呼ばれ彼女の元へ向かった。
もはや彼女の住居は民家とは呼べず、神殿のような荘厳さを備えていた。巨大な柱が並び、奥へと続く広い通路の先にキエティの部屋がある。扉の前には武装したダビの部下が二人立ち、厳重に警備していた。そのうちの一人がキナーンに気づき、声をかける。
「あ、キナーン様」
「うん、ご苦労様」
「中でキエティ様がお待ちです。今、扉を開けますので」
「ありがとう」
屈強な男たちが力を合わせて重い扉を開けると、キナーンは静かに中へと入っていった。
キエティの部屋は「聖母の座」と呼ばれ、青を基調とした豪華な装飾が施されていた。部屋の隅には武装した兵士が数名、静かに見張りについている。
その奥、宝石で彩られた玉座にキエティが座り、キナーンの入室を穏やかな微笑みで迎えた。
「あら、キナーン。遅かったわね」
キナーンはキエティの前に膝をつき、丁寧に挨拶をした。
「キエティ様、お久しぶりでございます。お待たせして申し訳ございませんでした」
挨拶の後に顔を上げたキナーンが痩せていることにキエティは気づいた。
「あら?少し痩せたかしら?」
「そ、そうですか……。このところ食事をあまり取っておらず……」
キエティは痩せていることを心配したのではなく、以前も同じ事があったことを思い出していた。
(あの時は……確かプリマに捨てられたときだったわね。何か悩んでるわね……。あぁ、そうか……この子らしい……)
その理由も悟ったが、その事については触れず、自分の命令を伝えた。
「まぁ、いいわ。あなたに新しい魔法を開発してほしくて」
キナーンは王族たちを投獄した時期に、キエティがどんな魔法を求めているのかと身構えた。
「……どのような魔法をご所望でしょうか?」
キエティは、キナーンの緊張した様子を見て、彼が自分の命令にどう応じるのか興味深そうに目を細めた。
「王の一族や貴族を消し去りたいのよ」
「け、消し去りたい……?こ、殺してしまうということですか?」
「いえ、そんなっ!そんな恐ろしいことっ」
「あっ、失礼しました……」
"消し去りたい"という言葉に、キナーンは一瞬、命を奪う魔法の開発を頼まれるのかと身構えた。失言を謝罪しながらも、内心では殺害の命令ではなかったことに安堵した。
だが、キエティの次の言葉を聞いた瞬間、キナーンの顔から血の気が引いた。
「簡単よ、彼らを不妊にしたいの」
「ふ、不妊っ!?」
「そうよ、単に殺しては死体が邪魔なだけでしょ?男でも、女でもどっちでも良いけど不妊にしてほしいの。そんな魔法は作れない?ほら、食事にエンチャントすれば良いでしょ?」
「あ……、え……」
同族を不妊にしたいと言ったキエティにキナーンは言葉を失った。そこまでやるのかと思った。そこまで同族を嫌悪するのかと思った。
その反応をキエティは見逃さなかった。
「あら、どうしたの?作れない?」
「い、いえ……そ、その……」
「う~ん、それか不妊にする魔法なんてないかしら?」
キナーンは、闇魔法書の一つに不妊魔法が記されていたことを思い出した。しかし、その魔法を伝えれば、同族が根絶やしにされる危険すらあると直感した。
彼は、絶対権力者であるキエティに逆らうことへの恐怖と、不妊魔法がもたらす悲劇への恐れの間で苦悩した末、嘘をつく決断をした。
「そ、そうですね……。わ、私が見た魔法書には……そのような魔法は記されていなかったかと……」
キナーンの声は震えていた。その嘘がバレてしまったらどうなるか分からなかった。
「ふ~ん……」
キエティは、キナーンの嘘に気づいていた。恐れから声が震えているのもあったが、長くリーダーをやっている経験は彼女の嘘を見抜く能力を鋭くしていた。さまざまな人々が彼女を騙し、利益を得ようとやってきた。他者を疑い続けた彼女に彼の嘘が通じるはずもなかった。
「まぁ、いいわ。あなたでも知らないのなら仕方ないわね」
「も、申し訳ございません」
「いいわ、下がって大丈夫よ」
「そ、それでは、し、失礼します」
キナーンは、キエティの部屋を後にしようと少し後ろに下がると立ち上がって一礼し、後ろを振り向き扉に向かった。
「あっ、キナーン」
「は、はいっ!」
いきなり声をかけられてキナーンの声は裏返ってしまった。嘘がバレたかもしれないと思い、冷や汗も流れた。
「ちゃんとご飯食べなさいね?」
しかし、自分を心配してくれる言葉だったため、安心し深々と礼をした。
「お、お気遣い、ありがとうございます……っ!し、失礼しますっ!!」
キナーンは逃げるように部屋から出ていくとキエティは誰にも聞こえないような小さな声で独り言をつぶやいた。
「あんなに怖がっちゃって……。ふ~、私も飼い犬に手を噛まれるようになったのかしらねぇ……」
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「そんなことが……」
その話を聞いたアルバリはキナーンの心情が分かり言葉を失った。心優しい彼が同族を不幸にする魔法など使いたいと思うはずがなかった。
「だ、だが、僕は不妊魔法を知っている……」
「えっ!!そ、それではキエティ様には……」
「本当のことを言えなかった……」
「あぁ……」
「もう僕はどうしたら良いのか分からない……」
キナーンは自分の苦悩を示すように頭を両手でぐちゃぐちゃにかき回した。隊長としての判断と良心の間でどうにかなりそうだった。
しかし、目の前にいるアルバリにこんな姿を見せるわけにもいかなかった。
「ご、ごめん。隊長である僕がこんな事を言ったら駄目だよね」
「そ、そんなことありませんっ!隊長はお優しいのですから」
アルバリはそう言うと、キナーンをもう一度抱きしめた。
「ア、アルバリ……?」
その暖かさをキナーンは受け入れた。少し心が落ち着くのを感じ、お礼を言った。
「ありがとう」




