軟弱部隊長④
「アルバリ……?アルバリ?」
しばらくして、アルバリは誰かの優しい声に目を覚ました。
「……ん?」
目を開けると、そこにはキナーンが静かに立っていた。彼は少し痩せた顔で、困ったような微笑みを浮かべている。
「隊長……!」
思わず声を上げたアルバリは、慌ててキナーンの前に立ち上がった。
「お、お帰りなさい……!」
自分でも照れくさい言葉だったが、キナーンは柔らかな笑顔で頷いた。
「あはは……、ただいま」
冷静にただいまと言われてアルバリは我に帰って慌てふためいた。
「う、うわぁぁぁっ!!で、ではなくてっ!!…ごめんなさいっ!!」
「今度は謝罪かい?」
「あ、あの、隊長が心配になって……その……お家も開いていて……私何を言っているんでしょ……」
アルバリは、驚いたり、謝ったり、意味不明な言葉を言ったり、言い訳がましくなったりと混乱状態だった。
「あはは……、そうだった。みんなには連絡していなかったね。今日はキエティ様に呼ばれていたんだ」
「そ、そうでしたか……」
「鍵は……はぁ~、慌てて閉め忘れちゃったみたいだね……」
アルバリは、キナーンが頭を掻いていて可愛いなと思った。そして、その優しい声を聞く度に安らいでいくのが分かった。
「そ、それで……」
するとキナーンはは部屋を見渡してアルバリに頭を下げた。
「掃除してくれたんだね、ありがとう」
「い、いえ、そんな……勝手に入ってしまって……そ、その……」
謝りながらアルバリはキナーンの服を強く抱きしめていることに気づいた。
「はっ!こ、これは……」
顔を真っ赤にして慌てて自分の後ろに隠したが既に遅かった。
「汚い服だったよね……ごめん」
「あ、あ、洗いますっ!私が洗いますからっ!!」
洗うって何だよ、と自分でも思った。
しかし、それよりも気になったのは、目の前で静かに立つキナーンの様子だった。いつもは明るい笑顔でみんなを見守ってくれる彼が、今日はどこか元気がなく、沈んだ表情をしている。そんな彼の姿を見るのは辛かった。できれば、いつもの優しい笑顔のキナーンでいてほしい――アルバリはそう願わずにはいられなかった。
「隊長……?」
「ん……?」
「ち、近頃どうされたのですか。そ、その……何か心配ごとでも……?」
「な、なんでもないよ」
なんでもない――、そんなはずないとアルバリは思った。
「し、しかし、お部屋から出ていないようですし……その……みんな心配しています……」
「そうだね、ごめん……」
キナーンはその一言だけ言うと、静かに視線を落とした。
アルバリは、何もできない自分に歯がゆさを感じ、どうすれば彼の力になれるのかと胸を締め付けられる思いだった。
「何でもおっしゃってくださいっ!!こ、こんな私ではお役に立てませんか?」
しかし、キナーンはまた困った表情をするだけだった。
「い、いやいや……。いつもありがとう……」
それでもキナーンが何も言わないので、アルバリは次第に苛立ちを覚えた。彼女は口を尖らせ、どうしても本音を聞き出したいという思いが強くなっていった。
「もうっ!!おかけになってくださいっ!!」
「えっ!」
「お食事を作りますっ!!」
「しょ、食事?食べたくなくて……」
「駄・目・で・すっ!!あまり食べていないのを知ってますっ!!」
キナーンの顔には深い疲れが刻まれ、手足も以前より細くなっていた。アルバリは、彼がどんなに拒んでも、今はしっかり食事を取らせなければと強い決意を抱いた。
「お・か・け・になってっ!!!」
「わ、分かったよ……」
鬼気迫るアルバリを見て、さすがのキナーンも観念して席に着いた。
アルバリは冷凍魔法をエンチャントした四角い箱――我々で言えば冷蔵庫にあたるもの――の蓋を勢いよく開けて、中身を確認すると大きな声を上げた。
「何もないじゃないですかっ!!」
「う、うん……そ、そうかも……?」
「全くっ!だから男の人の一人暮らしはっ!!少しお待ちくださいっ!!」
「えぇ……?ど、何処に?」
アルバリはそう言うと駆け足で自分の部屋に行って籠いっぱいに食材を持ってきた。
「お、おかえり……」
「キッ!」
「お、怒ってる……」
キナーンは彼なりに気を遣っておかえりと言ったが、睨まれて萎縮して大人しくしなければと悟った。
すると黙々とアルバリは魔法を駆使して料理を始め、しばらくすると彼の前にはこれでもかというぐらい料理が並んだ。
キナーンは、こんな短時間で料理ができるものかと彼は目をパチクリとするだけだった。そんな彼にアルバリは少し怒り口調で命令した。
「召し上がってくださいっ!!」
「お腹が空いてないんだ……」
「隊長っ!!」
「は、はいっ!?」
「食・べ・てっ!!!」
「はぁ~……。今日の君はどうしたんだよ……」
「むうっ!!」
「わ、分かった、分かったってば……」
キナーンは眉をひそめたが逃げ場は無いと悟った。ため息をつくとスプーンを持った。
目の前に出された食事は彼のことを思ってか食べやすい雑炊だった。だが、栄養も考えてか柔らかくなった魚も混ざっていた。
「さぁっ!!」
「分かったって……」
彼は手に持ったスプーンで雑炊をすくうと無理矢理、口に入れた。しかし、スプーンを持ったまま微動だにしなくなり、肩をふるわし始めた。
さすがにアルバリは慌てた。急いで作ったため何か変な調味料が入ったのでは無いかと冷や汗が出た。
「た、隊長っ?!ま、不味かったですか……?ごめんなさい、変なものでも入っていました?む、無理に食べさせてしまったから……」
「い、いや違う……美味しい……美味しいよ……」
「あ……っ」
顔を上げたキナーンの顔を見てアルバリは、ハッとした。彼の眼には涙が溢れていた。しかし、いつもの優しい笑顔だった。自分はこの顔が見たかったのだとアルバリは思った。
「た、隊長……っ!」
その思いはアルバリの胸を熱くし、いつの間にかキナーンを抱きしめていた。
「う、うぅぅ……ありがとう、ありがとう……」
いつの間にか集まったタスキたちは、この光景を見てそっと自分達の部屋に戻っていった。
しばらく、アルバリの胸の中で嗚咽していたキナーンだったが、落ち着いてくると色々と心情を彼女に話した。




