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異端を狩る者の詩は誰も歌わない  作者: 大嶋コウジ
ワールド弐の四:サダク編:夜の闇に溶ける
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軟弱部隊長③

 それはアルバリがキナーンから魔法を教わっていたときのことだった。


 アルバリは炎の魔法の練習に挑戦していたが、思うように制御できず、放った炎が予想外の方向へ飛んでしまった。


「きゃっ……!」


 炎はキナーンの頭に直撃し、彼の髪の毛が一瞬でちりちりになってしまった。


「キ、キナーン様っ!!」


「イタタ……」


「ご、ごめんなさいっ!!」


 アルバリは慌てて謝ったが、キナーンは怒ることなく、優しく魔法のコツを教え続けた。


「炎の魔法は難しいからね。飛ばす方向を意識するといいよ」


「は、はい……。あっ!」


 アルバリは恐縮しながらも、キナーンをチラリと見て吹き出しそうになった。


「ぷ……っ」


「ど、どうしたんだい?」


 それでもチラリとキナーンを見ては下を向き、笑いを堪えようとしたが、どうしても抑えきれなかった。


「あははっ、ご、ごめんなさい……ぷっ、ぷぷっ。あははっ!」


 キナーンの髪の毛は炎魔法でちりちりになり、まるで爆発したような状態だった。真面目に教えようとする姿と、申し訳なさが入り混じり、アルバリは余計に笑いが止まらなくなった。


「あはははっ、くくっ……」


 魔法の勉強どころではなくなり、アルバリは肩を震わせて笑い続けた。


「やれやれ……」


 キナーンは困った様子で頭を触り、原因に気づきつつもどうにもできず、ただ苦笑するしかなかった。その仕草を見て、アルバリの笑いはさらに続いて、その日は魔法どころでは無くなった。


----- * ----- * -----


 別の日、アルバリが街の外で炎の魔法を一人で訓練している時だった。


「えいっ!……はぁ、駄目ね……どうしても変な方向に飛んでいってしまう……」


 その時、木の陰からノラ魔族が姿を現した。


「も、森の支配者、シルヴァゴル!?炎の魔法が森に飛んでいったから怒っている……」


 シルヴァゴルは身体が木でできた魔族で、普段は森の奥に潜んでいるが、森に問題が起きると現れ、障害を排除する守り神のような存在だった。

 その体はアルバリの二倍ほどもあり、黒い目で彼女を鋭く睨みつけていた。眉間の緑色の光が彼女の顔を照らし、明らかに排除しようとしているのが分かった。


 アルバリは逃げなければ殺されると思ったが、恐怖で腰が抜けて動けなかった。


「ご、ごめんなさい……ひ、ひぃぃ」


 言葉は通じるはずもなく、その右手が彼女に振り下ろされる――その瞬間、どこからか炎の魔法がシルヴァゴルに直撃し、爆発音が森に響いた。


「キ、キナーン様……っ!!」


 炎に驚いたシルヴァゴルは、無言で森の奥へと姿を消した。


「だ、大丈夫、アルバリ?外で一人で訓練なんて危ないよ」


 恐怖と安堵が入り混じり、アルバリはしばらくその場で泣き崩れてしまった。


「う、うぅぅ……、うわぁぁぁぁん……キナーンさまぁぁぁっ!」


「やれやれ……どうして一人で練習していたんだい?」


「グス……ッ、グス……ッ、だ、だって何処に飛ぶか分からないんだもん……」


 キナーンは困り顔になると、優しく彼女の肩に手を置き静かに語りかけた。


「だからといってこんなとこで……、危ないよ」


 彼に初めて叱られたアルバリは、涙が止まらず、言葉にならない嗚咽を漏らしてしまった。


「ぶぇぇぇんっ!ごめんなしゃぁぁぁい……ごめしゃい、ごめんしゃい、きにゃーんしゃまぁぁぁ……」


「はぁ~……。帰ろう、アルバリ。あいつが戻ってくるといけないからね。立てるかい?」


「びゃい……」


 何とかアルバリは立ち上がり、キナーンの後ろをそっと歩いた。


「グスッ、グスッ……」


 帰り道、アルバリはキナーンの背中を見つめ続けた。決して大きな背中ではないが、不思議と頼もしく感じられた。この人のそばにいたい――その思いが胸を満たしていく。


 気づけば、アルバリはキナーンの服の裾をそっと握っていた。キナーンはそれに気づいても何も言わず、二人は静かに夕闇の街へと戻っていった。


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