軟弱部隊長③
それはアルバリがキナーンから魔法を教わっていたときのことだった。
アルバリは炎の魔法の練習に挑戦していたが、思うように制御できず、放った炎が予想外の方向へ飛んでしまった。
「きゃっ……!」
炎はキナーンの頭に直撃し、彼の髪の毛が一瞬でちりちりになってしまった。
「キ、キナーン様っ!!」
「イタタ……」
「ご、ごめんなさいっ!!」
アルバリは慌てて謝ったが、キナーンは怒ることなく、優しく魔法のコツを教え続けた。
「炎の魔法は難しいからね。飛ばす方向を意識するといいよ」
「は、はい……。あっ!」
アルバリは恐縮しながらも、キナーンをチラリと見て吹き出しそうになった。
「ぷ……っ」
「ど、どうしたんだい?」
それでもチラリとキナーンを見ては下を向き、笑いを堪えようとしたが、どうしても抑えきれなかった。
「あははっ、ご、ごめんなさい……ぷっ、ぷぷっ。あははっ!」
キナーンの髪の毛は炎魔法でちりちりになり、まるで爆発したような状態だった。真面目に教えようとする姿と、申し訳なさが入り混じり、アルバリは余計に笑いが止まらなくなった。
「あはははっ、くくっ……」
魔法の勉強どころではなくなり、アルバリは肩を震わせて笑い続けた。
「やれやれ……」
キナーンは困った様子で頭を触り、原因に気づきつつもどうにもできず、ただ苦笑するしかなかった。その仕草を見て、アルバリの笑いはさらに続いて、その日は魔法どころでは無くなった。
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別の日、アルバリが街の外で炎の魔法を一人で訓練している時だった。
「えいっ!……はぁ、駄目ね……どうしても変な方向に飛んでいってしまう……」
その時、木の陰からノラ魔族が姿を現した。
「も、森の支配者、シルヴァゴル!?炎の魔法が森に飛んでいったから怒っている……」
シルヴァゴルは身体が木でできた魔族で、普段は森の奥に潜んでいるが、森に問題が起きると現れ、障害を排除する守り神のような存在だった。
その体はアルバリの二倍ほどもあり、黒い目で彼女を鋭く睨みつけていた。眉間の緑色の光が彼女の顔を照らし、明らかに排除しようとしているのが分かった。
アルバリは逃げなければ殺されると思ったが、恐怖で腰が抜けて動けなかった。
「ご、ごめんなさい……ひ、ひぃぃ」
言葉は通じるはずもなく、その右手が彼女に振り下ろされる――その瞬間、どこからか炎の魔法がシルヴァゴルに直撃し、爆発音が森に響いた。
「キ、キナーン様……っ!!」
炎に驚いたシルヴァゴルは、無言で森の奥へと姿を消した。
「だ、大丈夫、アルバリ?外で一人で訓練なんて危ないよ」
恐怖と安堵が入り混じり、アルバリはしばらくその場で泣き崩れてしまった。
「う、うぅぅ……、うわぁぁぁぁん……キナーンさまぁぁぁっ!」
「やれやれ……どうして一人で練習していたんだい?」
「グス……ッ、グス……ッ、だ、だって何処に飛ぶか分からないんだもん……」
キナーンは困り顔になると、優しく彼女の肩に手を置き静かに語りかけた。
「だからといってこんなとこで……、危ないよ」
彼に初めて叱られたアルバリは、涙が止まらず、言葉にならない嗚咽を漏らしてしまった。
「ぶぇぇぇんっ!ごめんなしゃぁぁぁい……ごめしゃい、ごめんしゃい、きにゃーんしゃまぁぁぁ……」
「はぁ~……。帰ろう、アルバリ。あいつが戻ってくるといけないからね。立てるかい?」
「びゃい……」
何とかアルバリは立ち上がり、キナーンの後ろをそっと歩いた。
「グスッ、グスッ……」
帰り道、アルバリはキナーンの背中を見つめ続けた。決して大きな背中ではないが、不思議と頼もしく感じられた。この人のそばにいたい――その思いが胸を満たしていく。
気づけば、アルバリはキナーンの服の裾をそっと握っていた。キナーンはそれに気づいても何も言わず、二人は静かに夕闇の街へと戻っていった。




