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異端を狩る者の詩は誰も歌わない  作者: 大嶋コウジ
ワールド弐の四:サダク編:夜の闇に溶ける
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壁の向こう側

「キエティおばさんが……?」


 レイラはゲームで見た収容所を作成に至った内容を説明した。その話を聞いたサダクは、自分が知っていたキエティとの違いに言葉を失い、しばらくその場に立ち尽くした。


「ここに遊びに来たことはあったが、キエティおばさんは、そこまで親父を嫌っていたのか……」


 サダクがまだ幼かった頃、ダビデと遊ぶために何度かキエティの村を訪れたことがあった。村人たちは彼が王子であることを知っていたのか、どこか距離を置いて接してきた。キエティもまた、サダクをじっと見つめることはあっても、あからさまに拒絶するような態度は見せなかった。あの頃は、キエティが妾であることも知らず、ただ同年代の子どもたちと遊びたい一心だった。やがて成長し、家の事情や村の成り立ちを知るにつれ、自然と足が遠のいていったが、それでもキエティは父親から離れ、村を大きくするために自由に漁業を営んでいるだけだと思っていた。


「ここまでやるのか」


 しかし、目の前にそびえ立つ巨大な壁は、三ツ目族を閉じ込めるために築かれたものだとレイラは説明した。殺すこともせず、ただ従わせるためだけに造られた収容所。その現実を突きつけられ、サダクは愕然とした。


「信じられない……」


 レイラもこの壁をゲームの中で見たことはあったが、それはあくまでドット絵のブロックに過ぎなかった。実際に目の前に広がる十メートルを超える壁を前に、どうすることもできない無力感に包まれた。


 そんな時、レイラの心に不気味な声が響き渡る。


《 早くするのだ……。早くするのだ……。また来てしまう…… 》


(あの声?)


 レイラの脳裏に、あの不気味で寂しげな声が再び響いた。誰かを求めるような、どこか哀しみに満ちたその声は、今までよりも強く、彼女の意識を包み込む。耳を塞いでも、頭を振っても、その声は消えず、まるで彼女の心そのものを握りしめるかのようだった。次第にレイラの顔色は青ざめ、耐えきれずその場に膝をついた。


(な、何が来るのよっ!!それよりも何なの?久々に聞こえてきたと思ったら……あぁ、頭が痛い……いつもよりも声が大きい……う、うぅぅぅ……)


 様子がおかしくなったレイラにいち早く気づいたのはサダクだった。


「レイラ、どうした?」


「……あぁ、うぅぅぅ……」


「おいっ!!レイラッ!レイラッ!」


 レイラのそばに駆け寄ったサダクは、必死に彼女の名を呼び続けた。しかし、レイラはまるで彼の声が届いていないかのように、虚ろな目で宙を見つめていた。


「寂しいの? 一人は嫌なの? ……誰と話してるんだ、レイラ!」


 レイラは何かに怯え、誰かと対話しているようだったが、その相手が誰なのかサダクには分からない。


「レイラ! どうしたんだ、しっかりしろ!」


 サダクはレイラの肩を強く揺さぶったが、彼女は反応せず、ただ苦しげに声を荒げるだけだった。


「もう、止めてっ!止めてよっ!!あぁぁ……」


「レイラッ!レイラッ!」」


 一人苦しむレイラをどうすることもできないーーサダクが困惑したその時だった。唐突に一筋の光が彼女の頭の上を通り過ぎた。それは光線のようでもあり、剣筋の光のようでもあったが、その光は何かを切ったようにサダクは感じた。


「な、なんだ?」


 その直後、レイラは気を失ったため、急いでサダクは倒れそうになった彼女を受け止めた。


「レイラァァァッ!」


 何が起こったのか分からないままレイラを抱きしめたサダクは、彼女が死んだものと思った。しかし、息はしっかりとしていて生きていることは分かって一安心した。すると今度は、突然後ろから犬の鳴き声が聞こえて振り返った。


「キャンッ!」


 そこにはギエナが、あきれ顔でハート眼になっているポリマを見つめていた。何をしたのか分からなかったが、この二人が何かをしたのだとサダクは思った。


「お、お前たちが何かやったのかっ!?」


 しかし、ギエナは首を振って別のところを指で差した。


「違うんだぞ、あいつだぞ~」


「えっ?」


 その指先を見つめるとイェッドが立ってた。


「イェッドが……あっ!」


 なぜイェッドがやったと分かったのか――その理由はすぐに明らかになった。彼の身体からは、淡く光る腕がまるで幻のように伸びており、それがゆっくりと彼の体内へと消えていくところだった。


「イェッド、お前その腕は何だ……?ち、違う、それよりもレイラに何をしたんだっ!」


「彼女には何もしてない」


「何もしていないだってっ!ふざけるなっ!!」


 サダクはすぐには納得できなかった。イェッドの光る腕がレイラに何かしたのではないかと疑い、怒りがこみ上げてきた。しかし、イェッドは落ち着いた様子で再び口を開いた。


「ま、待って待って……。怒らないでっ!彼女を邪魔する通信を切っただけだから」


「つ、通信?なんだそれは……?」


「しばらくなかったから油断していたけど急に来るんだもん。困ったもんだ。意識が持って行かれそうになっていたよ」


「持って行かれそうに……?」


 サダクは、イェッドの「通信」や「意識」という言葉の意味は理解できなかったが、彼がレイラを救ってくれたことだけは察し、怒りを静めた。


「そうか……。お前も色んな事を知っている。レイラを助けてくれたんだな」


「意識が離れたところを切ってしまったから気を失ってしまった……ごめん」


「……そうか」


「少し早いけどキャンプを張ろう」


「そ、そうだな……」


 サダク達はレイラを休ませるために、まだ昼間だったがキャンプを張ることにした。


----- * ----- * -----


 その夜、ギエナとポリマのテントで――


「あ~、さっきはおっどろいたぁ~。サダクがまた大暴発して暴力暴風タイフ~ンになるかと思ったよね~、プリマちゃん」


「あぁぁん、またイフレを見れるなんて思えてなかった~……、あの声に感謝ね……」


「って、まだ眼がハートマークじゃまいか」


「ん?ギエナ、何か言った?」


「……まぁ、良いかぁ」


「何よっ!」


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