サダクへの手紙
自室に逃げたスウド王子は、城中で聞こえる悲鳴に怯え、ベッドに逃げるように潜り込み、隠れるため布団をかぶった。恐怖から逃れたくて、ただただじっと身を縮めた。
「な、何が起こってるの……?あの魔族たちは何処から来たの……?怖いよぉ……」
布団の中、一人きり。問い続けても、誰も答えてはくれなかった。
ふと、隙間から恐る恐る覗くと、先ほどまで自分を守るために戦っていた戦士と共倒れになった魔族の死体が見えた。
「ひ、ひぃぃぃっ!」
その魔物が動いたらどうしようと恐れだけが彼を襲った。
「お、お兄ちゃん……。サダクお兄ちゃん、どうしたら良いんだよぉ……」
遠く異国の地にいる兄に助けを求めても意味はないと分かっていた。しかし、あることを思いついた。
「そ、そうか……手紙……、手紙をサダク兄ちゃんに書いて送ろう……」
怯えた体をどうにか動かし、布団を払い除けて机へ向かった。しかし、筆を握るが、手が震えてままならなかった。
「て、手が震えて、ううう、上手く書けない……」
何を書いたか確認する余裕もないまま、スウドは窓のそばにいる伝書魔族スクロロスに手紙を渡そうとした、その時。
「おい、スウド」
「わぁぁぁっ!!」
突如、背後から響く声に心臓が飛び出るぐらい驚き、手紙を落としてしまった。しかし、その声には聞き覚えがあった。
「ダ、ダビ兄さんっ!?それにプリマ姉ちゃんもっ!助けに来てくれたんだねっ!」
部屋の入口には、海の街にいるはずのダビが剣を持って立っていて、その横には帰省したはずのプリマの姿もあった。
「ぷっ!こんな時に呑気に手紙か?」
「こ、これは……あっ」
ダビたちは自分を助けるために来てくれたのだと思った。しかし、ダビがこんな事を言うとは思ってもみなかった。ダビは、スウドが落とした手紙を拾うと勝手に広げて読み始めた。
「サダクビアへの手紙か……」
プリマも横からのぞき込んだ。その顔には冷笑が浮かんだ。
「お兄ちゃんを呼ぼうとしたのかぁ、あはは、可愛いね」
ダビは鼻で笑うと、手紙をスウドの足下に投げ捨てた。
「ま、好きに出せよ。どうせどうにも出来ない。あいつ一人で何が出来るんだ」
「えっ!?そ、それって……」
スウドは、ダビの言葉の意味をまだ理解しきれずにいた。
「あぁ、そうだ。ちゃんと俺の名前を書いておくか。ダビ様がお前を倒しにやって来たってな」
「た、倒しに……?」
「ほら、ペンをよこせ、俺が書いてやる」
ダビはスウドが持っているペンを無理矢理奪うと、手紙の最後に自分からのメッセージをスウドのふりをして書き加えた。
┌───────────────────────────┐
│兄さん、ダビがやってきて殺してやるって言ってる。 │
│お父さんも殺してやるって言ってる。戻って来て │
└───────────────────────────┘
「こんなところか?あぁ、俺の手についてる血が染みて汚れちまった。まぁ、いいか」
「ダビったらほんと汚い字っ!」
「うるさいなプリマッ!あと俺のことは、兄貴と呼べって言ってるだろっ!」
「兄貴?ぷっ、冗談でしょ?腹違いのくせに兄貴面するなって、ダビッ!」
「ったく……腹が立つっ!城で暮らしても全然落ち着かないな」
「べぇぇ~っ!あっ、汚い手で私に触るなっ!」
「よし、飛ばすか」
「おぉ、飛んでった~っ」
ダビは手紙を丸めると伝書魔族に掴ませて、そのまま空へと放ってしまった。その一連の動作があまりにも淡々としていて、ダビは混乱するしかなかった。
「こ、殺すって……?え、まさか、ダビ兄ちゃんたちが何かしたの?」
城が襲われているのに、彼らはまるで何でもないかのように振る舞っていた。その冷静さが異様だった。
二人が城を襲ったノラ魔族と関係しているとしか思えなかった。
「ダ、ダビ兄ちゃんっ!どういうことなの?教えてよっ!!」
ダビはスウドの叫び声に振り向いた。
「……まぁ、正直言うと俺はどうでも良いんだ。お前の親父が母さんへの侮辱を続けたことでこうなったってことだ」
「く、屈辱?お父さんがキエティおばさんを侮辱していた?」
「お前は何も知らないんだな」
ダビの冷酷な答えに絶望したスウドは、次にプリマに助けを求めた。
「プ、プリマお姉ちゃんどういうこと?知ってるの?」
「さ~あねぇ~、あははっ!」
「お、お姉ちゃんまで……」
スウドの声は震えていた。しかしプリマはその様子を気にも留めず、辺りを見渡して呟いた。
「それよりさ、この部屋良いよね。あたしも~らおっとっ!あっ、こいつらは捨てちゃおう」
プリマはそう言うと念力を発動させると、倒れていた兵士との魔族の亡骸を窓の外に飛ばしてしまった。
「掃除は得意なんだよね~」
その念力に圧倒されたスウドだったが、もはやプリマも自分の味方では無かった。しかも、この部屋を自分のものにすると言い放った。
「ぼ、僕の部屋だっ!」
こんな時に自分の部屋を守ろうとしてどうするのか、もはや混乱状態のスウドは、自分でも何を言ってるのか理解出来なかった。
「だ~めっ!甘えん坊さんには身に余るでしょっ。お姉ちゃんがもらってあげるからね。チュッ」
いきなり頬にキスをするプリマにスウドは絶望し、ただ立ち尽くすしかなかった。
「お姉ちゃん……酷いよ……」
「ほっとに甘えんぼちゃんね~。あの日みたいにお姉ちゃんのおっぱいでも吸っちゃう?」
「……なっ!!そ、そんなこと……し、してない」
スウドは、彼女に籠絡された夜のことを言われて戸惑った。信じていた姉がそんなことを話すなんて信じられなかった。
「お前、俺の前で、んなこと話すなよ、キモいだろ」
「良いじゃんねぇ~?スウドちゃ~~ん」
スウドはただ顔を赤くして下を向いているだけだった。
「ところで、お前は立っていられるんだな」
「……?」
「そうか、お前は魚食ってないのか。どおりで元気なわけだ。だが、念力は使えないはず。ついてこい。大人しくしてれば何もしないぜ」
「ほら行くぞ。プリマも来いよ」
「あたしは掃除し~てよっと。お母さんにそう言っておいて~、お・に・い・ちゃ・んっ!」
「ちっ、ふざけやがって、勝手しろよ」
スウドは力を無くしてダビにただ従った。
部屋を離れるとき、プリマが部屋を掃除している姿を眺めた。彼女はスウドにウインクしたため、また下を向いた。
「か~わいいっ!あははっ!あははははっ!」
かくしてキエティとウルサリオンたちによるクーデターは成功し、城と城下町は彼らのものとなった。




