審判の魔女②
「魔女」と侮蔑するように言ったシュアトに、キエティはその眼差しを鋭く光らせ、怒りを滲ませて睨み返した。
「……私を魔女と呼びましたか、王女……違う、違うのですよっ!愚かな王女っ!!この"女神"キエティが、お前たちに裁きを下すときが来たのですよっ!!この女神が、どれほどお前たちの屈辱に耐えてきたと思うのかっ!!屈辱を与えたお前たちこそ、今ここで私に屈するのですっ!」
シュアトは、見下していたはずのキエティが、逆に自分を見下して高笑いしているのを目にし、憤怒の色を隠せなかった。
「な、何が女神かっ!ふざけるなっ!!……何をしているのか、近衛兵っ!!」
「はっ!」
近衛兵たちは念力を使い、王の間に飾られた剣をキエティへと飛ばそうとした。しかし、その剣は微動だにしなかった。
「う、動かないっ!?どうしてだっ!?」
近衛兵たちは、一様に困惑していた。念力が、まるで何かに封じられたかのように、それがまったく発動しなかったのだ。
「な、何をしているのですかっ!!」
「王女、力が働かないのです……」
「お、愚か者どもっ!!わ、私がやるっ!」
シュアトは、近衛兵たちに代わって自分が念力で武器を飛ばそうと思ったが同じように全く発動しなかった。何が起こっているのか彼女自身にも全く分からなかった。
「あ、あり得ない……何が……」
その困惑する姿を見てキエティは高笑いを響かせた。
「あははははっ!ヒヒヒッ!無力なことっ!あぁ、哀れな王女様っ!」
「おのれ、魔女めっ!何かしたのかっ」
シュアトは怒りに震えながら叫んだ。
だが、肝心のメリクリスはどういうわけか、この光景に力を失ってただ呆然としているだけだった。
「お、王、メリクリス王っ!!何をふけっているのですっ!!あなたがやってくださいっ!!!早くっ!」
「あ、あぁ……」
シュアトの声に我に返った王だったが、彼の強力な念力でも剣は微動だにしなかった。
「ど、どういうことだ……」
三ツ目が開眼した者が使えるはずの念力が全く発動しない異常な状態に誰もが動揺していたが、その理由はキエティが答えた。
「ヒィィヒッヒッ!皆様、お力が無くなりさぞかし驚いていらっしゃることでしょう……クククッ」
「これもお前なのか……」
「そうですよ、メリクリス王。今までお送りした魚はさぞかし美味しかったでしょう?ふふふっ」
「あ、あの魚に何か仕組んでいたのか……」
キエティの街から城へと送られていた魚には、三ツ目の力を奪う魔法が密かにエンチャントされていた。日々その魚を食べ続けた城の者達は、ゆっくりと、しかし、確実に三ツ目の力を失っていった。念力をほとんど使う機会の無かった彼らは、その異変に気づくことはなかった。
「自分達の削ぐ魚に、進んでお金まで出して頂いて感謝の念に堪えません、ククク……。そうそう、本日の宴でお出しした魚も格別でしたでしょう?そろそろ効いてくる頃かと思います……あははははっ!」
「……宴の魚にまで何かしたのか、キエティ」
王が叫ぶと同時に、近衛兵たちは次々と手にした武器を落とした。指先の感覚が消え、膝が崩れ落ちていった。城内の者たちが次々と力を失い、その場に倒れていくのを見て、キエティの笑いはさらに高まった。
「ち、力が入らない……っ!?」
「お、王よ、力が入りません……」
「どうしてだ……」
王も玉座の横に据えられた剣に手を伸ばしたが、指先から力が抜けていった。柄を握ろうとするも、まるで自分の手が別のものになったように、剣はわずかに揺れただけで落ちてしまった。その上、足の力も徐々に失われ、近衛兵たちやシュアトまでもがその場に崩れ落ちた。
メリクリスも動揺し、力を失いかけて倒れそうになったが、それでも倒れまいとした。
「こ、これもお前が……や、やったのか……」
王の問いにキエティは静かに答えた。
「ふふふっ、あの魚には筋力を衰えさせる弱体化魔法がエンチャントされていたのですよ。でも、さすがですね、メリクリス王。皆が倒れる中、あなたはまだ立っていられる」
「くっ……、キエティ……お前の憎しみはここまで……」
シュアトも何とか立ち上がったが、足が震え、まるで地面が揺らいでいるかのようにふらついた。
「お、王……な、何故今まで気づかなかった……のですか……」
その姿を見て、赤ん坊が初めて立ち上がったかのようにキエティは賞賛の拍手を送った。
「おぉっ!シュアト王女、あなたも立ち上がれたっ!お見事ですっ!」
もはやキエティの嫌みなど聞こえないかのように、シュアトは王を責め始めた。
「あ、ああ、あなたという……王という、王である、あああ、あなたが、どうして……、どうしてしまったの、ででで、ですか……」
「声も出せなくなり始めましたか。美しいお声がよく聞き取れませんよ?あははははっ!おかしい、おかしいっ!楽しすぎるっ!!!」
「キエティィィ……こ、これ以上、わ、わら、笑うな……。こ、近衛兵……」
シュアトは近衛兵に命令しようとしたが、既に彼らはウルサリオンたちに殺されていった。その姿を見てシュアトはもはや手を失ったことに絶望した。
「あ、あぁぁ……。な、なんですか、これは……なんなんですか、これは……」
「おぉぉぉ、シュアトォォォ。その顔、その顔ですよ、最高ですっ!!あははははっ!ヒヒヒッ!」
「キ、キエティィィ……」
ついにシュアトも立っていられなくなり、その場に倒れ込んだ。ただ憎しみに満ちた顔だけをキエティに向けた。キエティは、その顔をあざ笑うと次の命令を下した。
「捉えろっ!」
王と王女はウルサリオン族たちに捉えられると、三ツ目に紫色の目薬を差された。その薬で王女は叫び声を上げて悶え始めた。
「ぎゃぁぁぁぁ、痛い痛い痛いっ!!!何を入れたぁぁっ!な、何も見えないっ!?三ツ目がぁぁぁっ!!ふざけおってぇぇ、魔女ぉぉぉぉっ!」
「あははははっ!あははははっ!おかしい、おかしいっ!面白すぎるっ!!魔女じゃ無いぞ?め・が・みだぞっ!!女神がお前たちを公平に裁きに来たのだよっ!何度言わせるぅぅっ」
キエティは動けなくなっているシュアトの頭を足で踏みつけて笑い続けた。全てはこの日のためだった。この日のために全てを尽くして街を大きくし、ウルサリオン族も味方に付けた。
「ま、魔女めぇぇぇ……」
「這いつくばれっ!這いつくばれっ!!あははははっ!ヒヒヒッ!弱者、弱者っ!私を崇めろって言っただろうがぁぁぁっ!」
「お、覚えておれぇぇぇ」
「何をだぁっ!あははははっ!ヒャヒャヒャッ!!」
王は既に力を失ったのか大人しくしていた。その姿に王女は何をしているのかと叫びたかったが声を出すこともできなくなった。




