日は昇りまた落ちる
キエティが村民達の顔と名前が覚えきれないぐらいになった頃だった。
村が大きくなったことで遂に村に名前を付けることが決まった。その名前は、キエティのミドルネームとラストネームから「スナーコ・リプキャ」になった。
キエティとダビは自宅で村民達の作ってくれた夕食を食べていた。
「私達の名前から付けるなんてね、ダビ?他にあったと思うわよね」
「え~、格好いいよっ!」
「どこが格好いいんだか……」
「それよりも明日はきーねんしっき・てんだよ~っ」
「記念式典ね。ちゃんと覚えなさい」
「なんか言いにくいんだよぉ~……」
キエティは甘えの抜けきれないダビを見て呆れたが、明日はその記念式典が行われることになっていた。
「名前が付いたぐらいで記念式典だなんてね……」
その記念式典には住民が千人程度集まっていた。舞台にはキエティとダビ、そして、村を大きくすることに貢献したアスピディ、スハイル、キナーンと父親のフナボシ、そして、ウルサリオン族長アンカが立っていた。また、街の中心地には大きな噴水が出来ていてその中心に布に覆われた大きなものが見えた。
キエティは村の名前などに興味はなかったが、目の前に集まった村民達の多さに驚いた。
(結構集まったわ……)
村民全員が集まるのを確認すると、フナボシは丸い棒を持ち、それに向かって声を発した。この棒は声を拡声する魔法がエンチャントされていた。無論、これはキナーンが魔法をかけたものだった。
「そそそ、そんでは、キエティ様、ご挨拶をお願いしますだ……お願いします」
慣れない司会をするフナボシにキエティは吹き出しそうになったが、場は静かになり、壇上に立つと話し始めた。壇上にも同じような棒が突き出ていた。
「みなさん、お集まりいただきありがとうございました。本当に今日という日を迎える事が出来たことに嬉しく思います。
この村は私が来た頃は数十名しかいませんでしたが、今や名前を"スナーコ・リプキャ"となり、住民は千人を超えるようになりました。
商材も漁業、農業、飲料水と多岐にわたるようになり、この村……いいえ、もはや村とは呼ばせません。この街は大きく発展しました。
これも住民の皆さんのお陰です。感謝いたします」
キエティはそう言うと深々と頭を下げた。
「また、ここにいらっしゃる商業にすぐれたウルサリオン族アンカ様達のお陰もあり、それらを世界中で売ることが出来ました。アンカ様ありがとうございました」
彼女はまた頭を下げ、それに答えるようにアンカもその大きな頭を下げた。
「今後も皆さんがいらっしゃる限り、この"スナーコ・リプキャ"は大きく発展していくことでしょう。本日は、アンカ様達にお願いして食事やお酒を準備いたしましたので大いに楽しんでください。ありがとうございました」
キエティは最後にまた頭を下げると会場は拍手喝采となった。
「ありがとうございましただ。んでは、石像のお披露目だぁ……お披露目でございますです……」
フナボシの号令と共に噴水のところの大きな物体から布が外された。住民達はそれに伴って更に歓喜の声を上げた。
それはキエティの石像だった。石像は彼女が城で着ていた頃の貴族の服よりも豪華な服を着ており、まるで女神のようであった。三ツ目は宝石が埋め込まれていて光に照らされて輝いていた。
キエティは自分の石像を見て正直恥ずかしさしか覚えず、ため息をつき、小声でフナボシに小声で愚痴った。
「はぁ~……全くこんなものを作って……。フナボシ、あなたが勝手に決めたんでしょ?」
「んなことないだぁ、みんなで決めたことだべ」
「そうなの?……それにしたって少し綺麗すぎやしないかしら?」
「うんにゃ、キエティ様そっくりだべっ!」
「大げさなんだから。もう勝手にして……」
キエティは呆れていたが、住民達は石像に合掌して大きく頭を下げていた。
「ははぁ~っ」
「ははぁ~っ」
「ありがたやぁ~っ」
完全に神の前に座る信者達であり、キエティは物々しい町民に呆れて逃げるように家に戻った。
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結局、住民達はそれ以降、街ですれ違う度、また食事を持って来る度、ともかく何かとキエティを見る度に合掌するようになってしまい、彼女はほとほと嫌気が指していた。
今もただ街を歩いただけだったが仕事の手を止めてでも合掌された。
「あぁ、もうあれ止めて欲しい……」
一緒に居たダビは誇らしかったが、母親が何故そんなに嫌がるのか理解出来なかった。
「え~、良いと思うけど。お母さんって女神様でしょ?」
「いやだ、ダビまでそんなことを言うの?」
「だって、みんなそう言うんだもん。君は女神の子だってっ!」
「あなたが女神の子?」
「うんっ、みんな色んなものくれるし。次は僕が街をしょって立つんだって言われたよ」
女神と崇められ気持ち悪さしか覚えなかった彼女だったが、ダビまで女神の子だと言われてると知ると少し考えが変わり始めた。
(……そうか。ダビが王になるために……)
自分はどうでも良かったが、息子が王になるとき、「女神の子」であることが一つのステータスになると考えた。そうであるならば"計画"のために自分は神にでも女神にでもなってやろうと思えた。
そう考えた彼女の顔は自然とニヤけていて、ダビは恐怖とも寒気とも分からないが身体がゾクッとした。
「お、お母さん?」
「そうね……。私は女神であなたは女神の子……」
「う、うん」
そう考えれば住民達の自分へのこびへつらう姿も可愛らしく感じ始めた。
「女神、女神、女神……ね。私は女神であなたは女神の子……。いいじゃないっ!あははははっ!」
考え込んで下を向いていた彼女だったが顔を上げると大きな声で笑い始めた。
「あははははっ!そうか、私は女神なんだっ!!!あははっ!」
窓から見える自分の石像に町民達が拝んでいるのを見えた。
「ふふふっ!あははははっ!ヒヒヒッ!わ・た・しは女神っ!!繁栄をもたらす豊穣の女神なんだっ!!」
「……そ、そうだよ」
キエティはダビの方を向いた。その眼は彼に威圧感を与えるように厳しく見つめていた。
「いいか、ダビ」
「な、なに?」
ダビは次に出てくる言葉は守らねばならない命令だと直感した。
「お前は女神の子として絶対に卑屈になるなっ!お前は命令する側になるんだっ!」
「め、命令する側……?」
「そうだ、お前は女神の子であり、次の王になる男になるんだっ!弱い男になるんじゃないっ!」
「王?王様……?」
ダビは王になることなど考えてもいなかった。この街に母親とずっと住めれば良いとだけ考えていた。しかし、母親はそんな甘えなど許さない苛烈で、過酷で、冷酷な自分を求めていた。
「王だよっ!王になるんだっ!!!誰にも負けない王にねっ!卑屈になるな、命令するんだ。他人はお前に従う奴隷だと思うんだよっ!」
「わ、分かったよ……ゴクリ」
「あははははっ!女神の子が王になるんだっ!何の間違いがあるっ!た・だ・し・いっ!これは正しいことがっ!あははははっ!ひゃひゃひゃひゃっ!」
ダビは、母親が大声で笑う姿を見て戦慄が走った。
この母親をかつて自分は見たことがあったと思い出した。それは、自分と一緒に城を出た時の母親だった。目の前の彼女は笑っていたが、あの憎しみに満ちた母親の顔が重なって見えた。
(お、お母さん……。これから何をするの……?)
これから恐ろしいことが起こると直感したダビだったが、自分のあの時の誓いも忘れてはいなかった。
(そうだ、お母さんを支えるのは自分しかいないんだ。ぼ、僕は女神の子なんだっ!)
窓の外では、女神像の前で礼拝する住民たちが後を絶たなかった。キエティとダビは、それぞれの思いで住民達をただ見つめ続けた。




