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異端を狩る者の詩は誰も歌わない  作者: 大嶋コウジ
ワールド弐の三:サダク編:それは誰のためか
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料理長

 昔のよしみだったウルサリオン族アンカの家に訪れたキエティは、スハイルとアスピディと協力して村で捕れた魚の料理を始めた。


「村長、おら、うめぇ料理をぜってぇに作るだぁ」

「んだ、うめぇって言わせるぞぉ」


「ふふふっ、頼もしいわね。魚は眠らせているとは言っても鮮度に限界はあるわ、急ぐわよ」


 二人は村長に向かって力強く頷いた。


「んだぁっ!」

「やるべぇっ!」


----- * ----- * -----


 アンカは書斎でお茶を飲んでいた。無様ぶざまな姿となった"元王女"を哀れみ、バカにしていた。

 実のところ、彼女は王女という職を失ったキエティに全く興味がわかなかった。謁見は許したが、落ちぶれた王女が今更何を持って来るのかと思っていた。城で王に求愛されていた頃の宝石でも持って来るのかと思っていたが、ただの魚かと呆れていた。料理をしたところで、昼食は既に取っており、お腹も空いてはいなかった。


(調理場を借りたいなんて書いてあったから何かと思ったけど魚を持って来るなんてねぇ。王女として会った頃は綺麗な服だったのにあんな汚い服を着て哀れったらありゃしない。落ちぶれて必死なのは分かるけど。はぁ~、あんな風にはなりたくないわねぇ)


 アンカがどうでも良いと思い、仕事を始めようとしたときだった。

 彼女のするどい嗅覚は何かを感じ、思わず立ち上がり、鼻をすすって匂いを確認しようとした。


(クンクン……な、何、この匂い?)


 それは今まで嗅いだことのない匂いだった。

 臭覚のすぐれたウルサリオン族は美味しい食べ物の匂いには敏感だった。その特性から売れるものと売れないものの判断が出来たのも商売の長けている理由だった。その嗅覚が最高級の匂いを感じた。彼女の鼻をくすぐり続け、食欲をそそり、昼食を食べた後にも関わらずそのかぐわしい臭いで彼女のお腹が鳴った。


(な、何々この匂いっ!はぁっ!ま、まさか……キエティ……あなたが作った料理なのっ!?)


 その匂いが段々と近づくのが分かり、それに伴って彼女の興奮は高まった。


(た、たまらないっ!クンクン……クンクン……はぁぁぁっ!)


 その匂いがすぐそこ、扉の向こうに"居る"ことが分かると彼女の興奮は絶頂を迎えた。


「早くっ!早く開けなさいっ!!!い、いえ、待ちなさいっ!!」


 やがてノックする音が鳴り、いつもなら秘書に扉を開けさせるところだったが、アンカは自らその扉を開けた。その行動に秘書は驚いたが、キエティも突然扉が開いて目の前にアンカがいたのでビックリして料理を落としそうになった。


「ア、アンカッ!?ど、どうしたの?」


「キ、キエティ、あ、あなた何を作ったのっ?!」


「ふふふっ、さて何かしらね?」


「そ、その料理……はぁぁぁっ!」


 キエティ達の持ってきた皿に載っている魚料理にアンカは目の色が変わった。口からはよだれが垂れそうになってしまい、腕の毛でそれを急いで拭いた。彼女の秘書達もよだれが垂れていて、その目は料理に釘付けになっていた。


「何よ何よっ!!それって魚?魚料理よねっ?本当に魚なのっ!?」


「そうよ?」


「は、は、は、早く食べさせてっ!!」


 アンカが余りにも興奮しているのでキエティは笑ってしまいそうになった。


「ふふふっ、椅子に座ってお待ちください、"お客様"」


 書斎の大きな机の上に並べられた魚料理は色鮮やかであり、その匂いは部屋に充満した。焼き魚から漂う匂いと滴る脂、それを引き立てる香辛料の匂いと相まってアンカの鼻はどうにかなりそうだった。その他にも新鮮さを必要とする刺身も並んでいてその身は光に照らされて、彼女の唾液は留まることを知らず、何度も唾を飲み込んだ。

 また、村でわずかに採れる穀物も並べてあった。それは我々の食べる米に似ている食べ物だったが、そのつぶつぶも輝いていて早く食べてくれと訴えているようだった。


「さぁ、お召し上がりくだ……、あらっ」


 キエティの言葉を最後まで待てず、アンカはそれらにかぶりついた。その姿は野生のクマそのものだった。


「はぁぁぁっ!お、美味しいっ!なにこれっ!うぉぉぉおぉぉんっ!!」


 興奮して食べるアンカにキエティはトドメをさしてやろう思った。


「アンカ、穀物と一緒に食べてみてくださいな」


「え、穀物?野菜でしょ?私達には合わないと思うわっ!」


「良いから、騙されたと思って。どうぞっ」


「そこまで言うなら……」


 キエティの勧めるがままに魚と穀物を一緒に食べるとその相乗効果でアンカの舌は悶えた。


「ぎゅるるるるぅぅっ!まぁっ!まぁっ!あ、あり得ない……あり得ないぐらい美味しいわっ!モグモグ……はぁぁぁっ!はぁぁぁっ!」


 腹の空かせた猛獣の前に生肉を出したときのように食卓に出された料理はあっという間に食べ尽くされてしまった。


「キエティッ!!!」


 アンカは椅子にドカッと座り、キエティを大きな声で呼んだ。


「ふふふっ、何ですかアンカ?」


 お客様をこれ以上無いぐらい満足させた料理長は完全な勝利者になっていた。

 始めは魚を見て顔が曇ったアンカを見てどうなるかと思ったが、今は満足そうに膨れた腹をさすっていた。


「さっき見せた魚よね?私としたことが気づかなかったなんて。よく考えたらあの魚は見たことも無かったわ」


「昼食でお腹がいっぱいだったからでしょ?」


「何処で捕ったのよっ!」


「ふふふっ、村でよ。知ってるでしょ?私の住む村は漁村ですもの」


「本当に?信じられない。教えなさいよっ!」


「秘密よ」


「あぁっ!もうっ!!」


 アンカは悶えたがキエティは教えてやるものかと思った。

 料理に使った魚はもちろんエンチャントロープによる漁業によって捕れた新魚だった。この魚は海の表面で採れる魚とは異なり、脂がたっぷりと乗っていた。脂ののった魚は、肉食を好むウルサリオン族にも好まれると予想したが、その通りだった。


「キエティ、あなた本当に素晴らしい商品をありがとうっ!落ちぶれたなんて言ってごめんなさい」


 敗者となったアンカは先ほどまでとは打って変わり、キエティに対して謙虚になっていた。


「良いのよ、別に。気にしていないわ」


 そして、アンカは商人の顔になった。


「すぐに買うわっ!私達だけに売ってくれるんでしょ?ね?」


「それはお約束できないわ」


 もはや言い値で売れると践んだキエティは強気だった。


「それは駄目っ!駄目よっ!!いくらで売ってくれるのっ!私達だけの専売特許にさせて頂戴っ!お願いっ!!」


 やはり食い下がらないアンカを見てキエティはほくそ笑んだ。これで村の発展は確定したと思えた。


「さぁ、契約書を作るからっ!ね?まだ時間はあるの?」


「もう私達は帰らないと。夜に間に合わないから」


「まぁっ!!大変、夜道は危険よっ!!今日はこの街に泊まりなさい、ね?すぐに宿を用意されるからっ!」


 もはやアンカはキエティを引き留めるのに必死だった。


「わ、分かったわ」


 いつの間にアンカはキエティの手を握っていて離そうとしなかった。キエティはここまでするかと思ったが、それは両者が強く結ばれたとを現していた。スハイルとアスピディも両手を繋いでこの光景を喜んた。


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