エンチャントロープ
キエティと息子のダビは、流刑罪により三ツ目族の国の西に位置する漁村に到着した。到着すると村民達が彼女らを迎えた。
「キエティ村長、王より聞いておりますだ。ようこそおいで下さった」
「村長ね……」
自分は王女だったのに何が村長だとキエティは思った。
「こちらにお住まいの家も準備していますだ」
彼女らは、流刑罪というより、王の命令で城から移動してきたと言った方が良く、住むための家もすでに準備されていた。城の豪華な暮らしとは比べものにもならないが、他の住民達に比べれば良い生活と言えた。
しかも、キエティは村長という肩書き付きだったため、村を支配する権限を持っていた。
「ダビ……、酷い暮らしになってごめんね……」
「ううん、お母さんと一緒なら大丈夫」
「あぁ、良い子ね……」
キエティは愛しい息子を優しく抱きしめた。
「お母さんが村長だってっ!偉いんだねっ!!」
「あはは……そうね」
キエティは力なく笑った。だが、唯一の救いはダビがそばにいることだった。王女という権限を奪われた上に、何も出来ないような漁村で骨抜きにされたも同然だった。
とはいえ、彼女は村長だったため、食事は村民達が準備してくれた。
「これだけはありがたいわ」
漁村は、この世界では珍しく魚介類を食する独自の食文化を持っていた。漁で採れた魚は火の魔法で焼いて食べることもあったが、生で食べることもあった。
慣れない魚料理に戸惑ったが、食べてみればなかなかの味であり、すぐに慣れた。
「肉ばかりしか食べなかったけど、魚もなかなか美味しいわね……」
「そうだね、お母さん。すごく美味しいよっ!」
しかし、こんな無力にされてどうすればいいのか。キエティは将来を考えるとうんざりした。
(しばらく様子見しかないわね……)
キエティはダビを見つめてそう思った。この子を王子に戻すためには何でもするつもりだった。
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キエティは村の様子を観察していたが、大きな問題を抱えていることが分かった。
前述した通りこの世界の海はゼリー状であり、泳ぐことが出来なかった。つまり、海に落ちた場合、溺れ死ぬしかなかった。
彼らの漁業は、船の上から三ツ目の念力を使って魚を持ち上げて捕まえるか、念力は人により弱い者もいたため、槍で魚を狙う場合もあった。いずれにしても事故によって海に落ちて溺れ死ぬ者が数ヶ月に一度いた。それゆえ、この村の住民達は、溺死と隣り合わせのハイリスクな仕事に従事していた。
その報告を受ける度、キエティはいたたまれなくなった。自分達の事すらどうすればいいのか分からないのに、報告してくる村民達はどうして欲しいのかと思った。その度にイライラとしたが、未亡人となった女性が流す涙を見ると何も言えなかった。
(……私と同じ……同じなのよ)
頼れる者を失い、稼ぐ方法も失い、子どもだけが残る、そんな女性は村の力で何とか協力しながら生かしてもらっていたが、食べるのもやっとな状態だった。
(こんな村なんてどうでも良かったのに……。あぁ……、彼女達を見ていられない……。私が持っているものなど何も無い……。どうすれば……)
しかし、彼女はふとあることに気づいた。
(そうかっ!自分しか出来ないことがあるじゃない)
彼女はあることを試してみることにした。
(いけるかもしれない)
それをある程度試した後、キエティは漁師に止められたに関わらず共に漁に出かけた。服装は漁師達に合わせて軽装だった。
そんな彼女に漁師達は戸惑うしかなかった。既に海岸からかなり離れていて海に落ちた場合、助けようもなかった。
「村長、どうしただ?漁に出たいなんて」
「あぶねぇから船の端っこに行くでねぇ」
「んだよ」
するとキエティは袋からロープを取り出した。
「これを使ってみて」
漁師達は理解出来ず戸惑った。
「はぁ……?使う?ワシにはただのロープにしか見えねぇがそれをどう使えばいいだ?」
「それを身体に結んで海に入ってみなさい」
しれっと彼女がとんでもないことを言ったので漁師達は何を言ってるのかと今度は怒り出した。
「はぁっ!そんなっ!!」
「村長はわしらに死ねと言ってるのかっ!」
「どういうことじゃぁっ!」
例えロープを身体に結んだとしても海に落ちた者を引き上げるのは不可能に近かった。海の粘性のため引っ張り上げられなかったからだった。彼らの念力も弱く人を引き上げるような力は無かった。
「まぁ、仕方ないわね」
誰も言うことを聞かないのでキエティは、それを自分に結びつけるとそのままドボンと海に入ってしまった。これには漁師達は驚きの声を上げた。
「あっ!!村長っ!?」
「な、なにをするだっ!」
「し、死んじまうぞ、ひ、引張れぇぇぇっ!」
漁師達は、村長を死なせてしまうわけにも行かず、無駄だと分かっていたがロープを引っ張った。いつもであれば、海の粘性のために引くことが出来なかったが、この時はすっと引くことが出来て漁師達は何が起こったのかと思った。
「あんれぇ、何で引っ張れるんだぁ?」
「楽だなぁ……」
「不思議じゃ……」
彼らは舷側までキエティを引っ張ると、彼女の周りが異様な事に更に仰天した。
「はぁっ!?ぶったまげたぁっ!」
「ななな、何故浮かんでいるんだぁ?」
「そ、村長の周りだけ……水になってるだぁ……」
不思議な事にキエティの周りは水で囲まれていて、彼女の身体はその上でプカプカと浮かんでいた。
キエティはどうでも良いから引き上げろと思った。
「申し訳ないけど早く引き上げてくれる……?」
「あ、あぁ、すまねぇだ……」
漁師達は急いでキエティを船に引き上げた。彼女は水を振り落とすと何も無かったようなに漁師達を見つめた。水は船に落ちると元の粘性を取り戻してドロッとなっていた。
「どう?これなら溺れる心配も無いでしょ?」
自慢げに話すキエティに漁師達はポカンと口を開けるしかなかった。海に落ちて戻ってくるなどあり得なかった。しかし、それが何故可能だったのか理解が追いつかなかった。
「……ちょっと、何か言いなさいよ。このロープのお陰なのよ?」
余りの反応の無さに思わず、キエティから理由を話してしまった。漁師達は、ハッとすると今度はその発明品に感嘆の声を上げた。
「そそそ、そうかぁ。そのロープのお陰かぁ」
「こ、これで溺れることはなくなるんじゃねぇかぁっ?」
「あいつがこれを持っていたら良かったのになぁ……」
「ハァ~……、反応が遅いわね……」
三ツ目族は基本的に無骨なものが多く、魔法は軽視されていた。しかし、城にはいくつか魔導書が貯えられていた。キエティは城にあったそれらを読みあさり、魔法をある程度習得していた。
ゼリー状の海には古代人も困っていたのか研究が続けられていて、海を溶かして水にしてしまう魔法も開発されていた。彼女はその魔法をロープにかけただけだった。
「こんな形で役に立つとはね。勉強はしておくものね」
こうして漁師達は救助用エンチャントロープによって安心して漁に出れるようになった。また、未亡人になった女性でも念力の強い者は一緒に漁に出て生計を立てられるようになった。




