キエティ
西の町の支配を任されているキエティ・スアリ・エクアは、サダクからすれば叔母ではあったが、元は城に勤めるただのメイドだった。
長い茶色の髪だった彼女の魅力はメイド服から溢れていて王に目を付けられた。やがて、王の側近メイドとして働くようになり、寵愛を受けて男の子、ダビを産んだ。
当時、正妻のシュアトは、子どもを産んでいなかったため、初めての子どもに王は浮かれた。そのため、ダビが非嫡出子であったにもかかわらず、彼を第一王子だと宣言してしまった。それに伴い、キエティは奴隷身分であったにも関わらず第二王女という立場を与えられ、キエティ・スアリ・エクアとなった。王は二人のために特別な部屋まで用意させ、王国にとって特別な存在となった。
その頃はキエティにとってもダビにとっても一番幸せな時間だったが、ダビが三歳頃になると不運なことに正妻シュアトからサダクが生まれてしまった。その結果、王の愛情はサダクに移り、第一王子だったはずのダビは第二王子に格下げとなった。
それだけならまだよかったが、何故かシュアトは元メイドであったことが国中に広がりはじめた。更にその噂に背びれと尾びれがつき始めた。それは彼女が王を誘惑して子どもをつくったとか、本当は娼婦だったとか週刊誌のネタのような噂だった。そのため、彼女達の存在は王にとってただの厄介者でしかなくなり、遂にキエティとダビに不運が訪れることになった。
ある日、王はキエティを呼び寄せると、城の西にある町に住めと命令したのだった。
その言葉にキエティは愕然とした。
「お、王、今何と……」
「何度も言わせるな。西の町に行けと言ったのだ」
「な……何故でございますか……。ダ、ダビはたくましく育っています……。あれ程、愛していたではありませんか……」
「だ、黙れっ!!すぐに準備するのだっ!」
立ち上がって何処かに行こうとする王にキエティはすがりついた。
「王よ、お考え直しをっ!王よ、どうか、どうかっ!」
「メイドごときが我に触れるなっ!」
メイドと切り捨てられてシュアトはその手が止まった。あれだけ自分や息子を愛していたのは何だったのかと思った。それらは全て嘘であり、この男にとっては一時的な遊びだったのだと初めて気づいて涙が溢れた。
「う、うぅぅぅ……、王よ……どうして……」
王は立ち去ったが、その横にいる王女は残ったまま、自分を見下したように見つめていることにキエティは気づいた。しかも不気味な笑みを浮かべていた。
「ククク……」
「お、王女……?」
そのほくそ笑む顔を見て自分達を罠にはめた者が誰か分かった。
「王女……まさか……まさか……」
自分の悪評を流したのもこいつだと確信すると、キエティの怒りは猛火のように燃え上がった。
「シュアトォォォッ!お前が全て仕組んだのかぁぁぁっ!」
「はぁっ?"メイド"ごときが、余を名前で呼ぶか、無礼者っ!」
「よくもよくもぉぉぉっ!」
「ふんっ!連れて行けっ!」
その命令で王を守るために配置された近衛兵がキエティを囲み、彼女を押さえ込んだ。
「クソッ!クソッ!離せぇぇぇっ!私は王の子を産んだ王女ぞぉぉぉっ!!!グゥゥゥゥッ!!」
「"第二王子"のなっ!」
「クソォォォォッ!くらえぇぇっ!」
身動きが取れなくなったキエティだったが、三ツ目の念力で近衛兵の武器を奪うと王女に向けて飛ばした。
「ひぃっ!」
しかし、それは別の近衛兵の剣の一振りで落とされてしまい、王女はここぞとばかりに無礼を叫んだ。
「余を殺そうとするとはっ!お前は王族への反逆者じゃっ!三ツ目を潰し、牢屋へ放り込めっ!」
「なっ!や、やめ……ギャァァァッ!」
近衛兵は容赦なくキエティの三ツ目をその剣で潰してしまった。彼女は強烈な痛みで近衛兵達も抑えきれないぐらい悶え苦しだ。
「ギエェェェ……痛い痛い痛いっ!」
「アハハハハッ!メイドに相応しいっ!地面で這いつくばれぇぇぇいっ!」
「シュ……、シュアトォォォッ!」
キエティは三ツ目を手で押さえながらも憎しみの目で王女を睨んだ。
「おぉ、こわっ!早く牢屋へ連れて行くがよいっ!」
「おのれぇぇぇ、覚えておけぇぇぇっ!!!」
キティはいくら暴れても屈強な近衛兵からは逃げることも出来ず、そのまま城の地下にある牢屋に放り込まれた。彼女は三ツ目の痛みに耐え、冷え切ったベッドの上で嗚咽が出るぐらい涙を流し、ベッドを血が出るまで殴り続けた。
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翌日、牢屋から出されたキエティは、何も話さず下を向いていた。
その顔は王女の服とは対照的だった。
髪は乱れ、その隙間から見える三ツ目と両手からは血が流れていて、その手には手錠が付けられていた。化粧も涙で流れて目の下には酷いクマができていた。もはや王女とは思えない顔になっていた。
城の入口まで連れてこられた彼女の前には王が待ちかまえていた。キエティは王の前に座らされ判決を待つ囚人のようであった。
「……」
キエティには、もはや何も言葉が無かった。王族に逆らった罪が大きく彼女は死を覚悟していた。
しかし、王は意外な事を言った。
「キエティよ、城からお前を追放とする。当初の予定通り西の町に行くが良い」
それは彼女の哀れな姿を見た王の気まぐれだったのか、温情だったのか、よく分からなかった。しかし、死刑にはならず、謂わば流刑罪となった。
「あぁ……」
キエティは顔を上げたが、既に王は後ろを振り向いて城の中に戻っていくところだった。
なお、王女はこの場におらず、死刑になる者と高をくくっていた。後でこの罪状を知って王を咎めたが彼は何も答えなかったということをキエティは後で知った。
哀れな元王女はただ立ち尽くすしかなかった。しかし、そんな彼女の元に一人の子どもが駆け寄った。それは彼女の最愛の息子、ダビだった。メイド達が彼を連れてきたのだった。
「お、お母さんっ!」
「あぁ、あぁ、ダビ……、う、うぅぅぅ……」
涙は涸れたはずだったが、まだ泣けるのかとキエティは思った。彼女は息子を思いきり抱きしめた。
「お前がいたね……。そうだった……そうだった……。あぁ、ダビ、ダビ……私の可愛い子っ!」
キエティを見つめるメイド達は彼女と息子に哀れみを掛けたのだった。
メイド達はキエティの元同僚であり、若い彼女を可愛がった。彼女が王女になったのはメイド達にとって驚きだったが、王女になっても威張ることもなく自分達には優しかった。彼女達の事情を知っているキエティはメイド達が困っていることは積極的に対応してくれた。
そんな彼女が今や痛ましい姿となり、彼女達の前にいた。その姿は王女の服は着ていたが自分達の仲間だった頃のキエティに戻っていた。
「キエティ……、そう呼んで良いよね?」
「……は、はい。メイド長……」
メイド長に続いて他のメイド達もキエティを名前で呼んで彼女の元に集まった。
「キエティッ!」
「大丈夫、あなた?」
「酷い顔になっちゃって……うぅぅぅ……」
「ほら、顔を上げて……」
メイド達はキエティの汚れを拭いて上げた。
「あ、ありがとうございました……。皆さん、ありがとうございました……。うぅぅぅ……」
息子の温もりとメイド達の優しさが伝わり、キエティの絶望に満ちた心を優しく染み込んでいた。
やがて身だしなみが整うと、キエティは顔を上げて一言だけ言った。
「行って参ります……」
メイド達は何も答えなかった。いや、答えられなかった。ただただメイド達は互いに哀れな仲間を涙を浮かべながら見送るしかできなかった。
キエティはダビの手を握ると町を出て西の町を目指した。
すでに彼女の涙は涸れて憎しみと怒りに燃えた眼に変わっていた。
ダビは母親を見て少し恐ろしさを感じた。自分の手を握る手も強く、痛みすら感じた。しかし、彼女を支えるのは自分しかいないと子供心に思って黙って彼女についていった。




