故郷へ
サダクは部屋の郵便受けから無造作に落ちているキノコの繊維から作られた手紙を見て青ざめた。宛先は間違いなく自分であった。差出人は手紙の質の良さから家族だろうと思った。ほとんど手紙など寄越さない家族が送ってきて何だよと思ったが、それ以前に手紙には明らかそれと分かる血のりが付いていて不気味だった。
(これは……?)
手紙を開いてみても何が書いてあるのかほとんど分からなかった。
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│兄さん、ダビが……して、お父さんも │
│……戻って来て │
└───────────────────┘
自然と三ツ目でも手紙を見つめた。すると、かすかに弟のスウドの幻影が見えてサダクは手紙を落としてしまった。
「ス、スウドッ!?」
自分でもどうして見えるのかは分からなかった。手紙を拾って、今度は集中して読むとスウドが何かに恐れながら手紙を慌てて書いているのが見えた。
「……くそっ!」
もはや留まっている理由などなかった。サダクは急いで自国に戻るため、ポラリスに来たときの服に着替え、そのまま寮を出た。
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外に出ると既に日が落ち始めていた。サダクは仲間にも伝えるべきだったと少し後悔していた。同室のフムアルはたまたま依頼をこなしているためか不在だった。
(みんなは何も言わないで出てきてしまったが……言うべきだったか……。いや、自国の問題だ……あいつらを巻き込むわけにはいかない……)
もっとも思い残りだったのは、レイラだった。走り続けながらもレイラの顔が浮かんでは消えた。
(レイラ……心配させちまうな……。帰ったら凍らされるかもな……ぷっ、あの禍人形、笑えるぜ……。しっかし、ゲロ吐いたり、泣いたり、抱きついたり、怒ったり……笑ったり、笑ったり、笑ったり……)
彼女を連れてくれば良かった?何があるか分からない場所に連れて行くわけにも行かない?そんな思いがサダクの頭を何度もよぎっては消えた。
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ポラリスに到着した時よりも剣技も更に磨きがかかったから、道中に不安はなかった。しかし、周りはすっかり暗闇に包まれていた。三ツ目が開いているとはいえ、敵に襲われて対処できるか不安だった。
サダクが警戒しながら走っていると、エジテクの農地に差し掛かった。
(ここは……エジテクさんの農地か。懐かしい……あっ)
すると道の向こう側から当のエジテクがこちらに向かって歩いて来た。どうやら農作業から戻るところだったらしい。
「あぁ、君か。どうしたんだ。こんな夜中に」
静まり返った夜にエジテクの太い声が響いた。その声にサダクは一か月程度しか経っていないのに懐かしさを感じて急がなければならない身だったが足が止まった。
「……こ、こんばんは。ちょっと国に戻らないといけなくなって……」
「ふむ……。この闇の中を一人でか?この辺りは危険だぞ」
「はい、しかし急がなくてはならなくて」
「いかん……今晩はうちに泊まって明日朝から向かうと良い」
「えっ!そ、そういうわけには……、い、急いで……」
すると、エジテクの顔が怒りに満ちて怒声が響き渡った。
「危険だ止めたまえっ!!」
その声にサダクの身体は直立不動になった。
「は、はいっ!!!行軍を止めますですっ!」
サダクはどうしてもこの声に逆らえなかった。同時にこの声ならレイラの詠唱も止まるわけだとサダクは思った。
「ふむ……、では付いてきたまえ」
急に静かになった声にサダクはホッと胸をなで下ろした。
「お、お世話になりますですっ!!!」
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不安だったが、エジテクに逆らうことも出来ずサダクは彼の家に泊まることにした。やがて見えてきたエジテクの家にサダクは懐かしさを覚えた。それはレイラとの絆を深めた場所だった。そして、レイラの顔がまたサダクの脳裏に浮かんだ。
「どうしたんだ?」
「い、いえ、なんでもありません……」
エジテクは立ち止まるサダクを中に入るよう促した。
「中に入って話を聞こう。食事は取ったのか?」
「いいえ、まだです」
「ふむ、お腹を空かしての"行軍"だったのか?私も食べるところだったのだ。さぁ、中へ」
エジテクはサダクが行軍と言ったことが可笑しかったのか少し苦笑しながらそう言った。
「ありがとうございますっ!!」
サダクは大きく頭を下げるとエジテクと共に彼の家に入った。
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サダクは、国で何かが起こっていること、それを知らせようとした弟の手紙が血だらけだったことなどをエジテクに伝えた。エジテクはそれをうんうんと頷いて聞いた。
「ふうむ……。しかし、まずは冷静になることだ。剣がぶれてしまう」
「け、剣が……ぶれる……?」
「そうだ、焦りは持つ武器にも影響する。武器とは身体の一部なのだよ」
「な、なるほど……」
サダクはエジテクが、キノスラみたいな事を言ったので不思議に思った。
(農家のエジテクさんが剣の話をするなんて……。あの声と言い、この人は元軍人なのでは……)
「ともかく今日は眠った方が良い。明日は早く起きると良いだろう」
「ありがとうございますですっ!!!」
エジテクは、サダクが寝た二階にある彼の子どもの部屋を再びあてがった。
(久々だな……)
エジテクはそう思いながら、レイラに見せたように三ツ目の念力でおもちゃの人形を歩かせてみた。
しかし、すぐに弟のことが不安になって念力を止めた。おもちゃはすぐに倒れて倒れた姿が弟に重なってサダクは不安に駆られた。
(あいつに何が……)
その時エジテクの怒声が聞こえたような気がした。
< 早く寝たまえっ!! >
「は、はいっ、隊長っ!」
サダクは急に立ち上がってまた直立不動になった。
「……あ、あれ……。俺は何しているんだ……?これが焦りか?」
しかし、すぐに冷静になると布団に潜った。
(まずは落ち着いて養生せよってことか?ふ~……)
キノスラといい、エジテクといい、まだまだ敵わない大人がいるもんだなと思った。そんなことを考えているうちにやがて眠ってしまった。




