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七夕の約束とタイムラプス

星が大嫌いな大学生、白鳥恒(しらとりわたる)の前に現れたのは、星と天体観測が大好きな幽霊少女、織川七瀬(おりかわななせ)

星が大嫌いな恒に星の素晴らしさ、美しさをなんとしても分かってもらいたい織川は、夜な夜な天体観測に恒を連れ出して?


これは星嫌いの大学生男子と星が大好きな幽霊少女が天体観測を通して、時に喧嘩しつつ少しずつ近づいてゆく青春天体観測物語。

 眩いばかりの星空から目を逸らした。

 なぜなら、星が嫌いだ。

 夜空を覆う満点の星々を見上げる度にそう思う。どこまでも真っ黒な宇宙(ソラ)で、一際力強く輝く星々の光に全く美しさを感じない。

 そんな自分でも訳が分からない苦手なことに嘆息しながら、一人暮らしのアパートまでの道程を僕は眠気を堪えながら歩いていた。

 時刻は丁度、日付を跨いだところ。昨日と今日の境だ。

 月灯りで道路に映った影が伸びたり縮んだりしている映画のワンシーンのような夜。田んぼや畑が普通に道路の脇にある景色は、どう言い繕っても田舎だ。

 なので、夜道を照らす街灯も以前住んでいた都会と比べると少なくて、自動車も深夜は滅多に通らない。必然、嫌でも夜は星が目に入る。

 なるべく上を見ないように見ないように暗い夜道を歩いていると、ようやくアパートの目印であるカーブミラーが目に止まった。

 設置されて相当の月日が経過したそれは、鏡にヒビが入っている。真っ暗闇で覗こうものなら何かいけないものが映ると、地元の小学生が噂していたことをふと思い出した。

 オカルトの類いは信じていないが、確かに暗がりでじっと見やれば、背筋がぞっとするようなそんな空気が漂っている。

 冷や汗がつー……と背を伝って落ちていく。

 明日は一限から大学の講義があるし、さっさと帰ろうと踵を返した時、奇妙な違和感を感じた。

 見られている……。それも角度からして、僕の部屋からのようだ。まさかね……と、身震いする。

 オカルトですらも、合理的な実証が出来るかもしれないくらい、科学が発達したこの現代で、使い古された幽霊なんて存在……いるわけが無い。

 すーはーと深呼吸すると、早まっていた鼓動がようやく落ち着いた。

 月明かりに照らされたアパートの階段を登る。古い作りの鉄骨階段はサビだらけで、直前に背筋がヒヤッとしたこともあり、やたらと雰囲気があった。 


「ただいま」

 誰もいない六畳一間に、僕の声だけが響き渡る。パチリと電気を点ければ、切れかけの蛍光灯が二、三回機嫌悪そうについたり消えたりを繰り返した。

 暗順応した目は、人工的な光を一際眩しく感じたようで思わず目を瞑る。

「……気のせいか」

 ほっと息を吐いた。取り越し苦労だったようで、僕の部屋には誰もいない。鍵もしっかりかかったままだし、ピッキングされた形跡も無いから当たり前なんだけど。

 気が抜けたら代わりにお腹が鳴った。こんな田舎暮らしでも大学生の限られた稼ぎでは、いくら仕送りがあろうが必然節約生活だ。

 バイト先のコンビニで貰った賞味期限間際の冷凍うどんを、アルミの皿ごとコンロに乗せて火を付ける。煌々と青いガスの炎が規則正しく点火して、なぜだかとても落ち着く。

「本当、男なのになっさけないわねー」

「……言うなよ。自分でも嫌って程、情けないと思ってるんだから」

「自覚があるだけいいじゃない。それはそうと、そろそろ火を弱めないと焦げちゃうよ」

「おっと……いつの間にか沸騰してるじゃ……え」

 旧式のガスコンロのツマミを捻ろうとして、はたと手が止まる。

 やけになれなれしいそれはまぎれも無く、聞いたこともない女の子の声だ。年頃の女の子との自然な会話なんて未だに経験が無い。なのに、はっきりとそれが聞こえたことに、あまつさえやり取りをしたことに戦慄を覚える。

「どったの? うどん焦げるよ?」

 なお掛けられる声を無視して恐る恐る顔だけ振り返る。

 やや明るい茶色い髪を可愛らしくツインテールに纏めた中学生くらいの女の子と目が合った。グツグツと冷凍うどんが煮えてる音が嫌にはっきりと耳に響く。汁がこぼれたのかジューと音がした。

 冷静になろう。白鳥恒(しらとりわたる)。自らに暗示をかけるかのようにツマミを捻って火を消した。ボッとガスが途絶えて青い炎も消える。

 まず……幽霊なんていない。そんなものは迷信だ。オカルトだ。

 この極端にビビリな体質ゆえに、パタパタと誰もいない部屋から足音が聞こえたりとか、夜中に金縛りに遭い、耳元でお経を聞かされたという経験ならある。が、実物は今まで見たことも無い。

 後ろの女の子はたぶんあれだ。アパートの大家さんの関係者か何かで、たまたま僕の部屋を物色してただけなんだ。

 マスターキーか何かで鍵を開けて。

 きっとそうに違いない……違いない。

 そうやって無理のありすぎる強引な納得をして、僕は気づいた。

 すらりとした女の子の細い脚。惹きつけられるように吸い寄せられた僕の目は、その先にあるはずの物が無いことに気づいて……意識が途切れた。


「う……」 

「おーい。いい加減さっさと起きなさいよー。もう朝よー」

 ちゅんちゅんと雀の鳴き声と一緒に、今は離れて暮らしている妹の声がしたような気がした。

 二人兄妹で年は離れているが、長男の癖に情けない僕と違って妹はしっかりものだった。実家で暮らしていた頃は、朝が弱い僕はこうやって、妹に呆れられながらよく叩き起こされていたのだ。

 けど、おかしいな? 今は夏休み前で、まだあいつは高校の登校日が残ってるはず。それにうちに遊びに来るなんてこと、あいつ言ってたか?

 薄っすらと目を開ける。

 どうやら畳にうつ伏せになって眠りこんでしまったようで節々が痛い。

 眠い目を擦りながらスマホのホーム画面を凝視する。時刻は朝の7時だった。

「やーっと起きた。ほーら、さっさと準備しないと講義に遅れるんじゃないの」

「本当だ……。て……うわあああああああああああああああああああああああ!?」

 年甲斐も無くみっともなく大声を出して僕は壁に退避した。

 そりゃそうだろう。誰だって、自分の部屋に見知らぬ女の子がわが物顔で仁王立ちしてて、その姿が透けているなら同じような反応を示すはず……だ。

「いい加減、その反応見飽きたんだけど? 幽霊見ちゃったくらいで、いちいちビビってんじゃないわよ」

「び……ビビるに決まってるだろ!? 警察……じゃなくて、お坊さん呼ぶぞ!?」

「空き巣と悪霊扱いとは失礼な奴ね。可憐な女子と一晩を共にしといて」

「君が勝手に僕の部屋に居着いてるだけだろ!? ていうか朝だよ!? お化……じゃなくて幽霊って日中は出てこないものだろ!?」

「そんなルール、誰が決めたの?」

「……いや、誰が決めたかまでは、ちょっと分からないけど」 

 自信なさげに口ごもる僕に「はん!」と鼻を鳴らし、幽霊少女はビシッと人差し指を突きつけてきた。

「あたしだって、出来ればあんたの存在なんて無視したかったわよ。それがあんたときたら、事あるごとに星が嫌い、星が嫌いって、鬱陶しいにも程があるわ! 口に出さなくても聞こえちゃうこっちの身にもなりなさいよ!」

「はぁ? 星が嫌いなのはその通りだけど、それが君と何の関係が……」

「大アリよ。なんたってあたしは生前、天体観測がだい、だい、だい、大好き! だったんだから」  

 肩を怒らせた幽霊少女は窓際の隅にある僕の机に移動する。

 机の上に置いてあるのは、一人暮らしを始めるまえに両親から大学の入学祝いで買ってもらったノートパソコンだ。片田舎とはいえインターネットは普通に繋がっているし、講義のレポート作成のみならず、楽しみが名所巡りくらいしかない田舎町暮らしの数少ない娯楽である。

「パソコンがどうかしたのか?」

「感謝なさい。病的な程星嫌いのあんたに、この織川七瀬(おりかわななせ)が直々に……星の魅力を叩き込んであげる」 

 何を言っているんだ。この幽霊は? そもそも僕の星嫌いとこの子は何の関係も無い。

 契約する時に家賃がちょっと信じられないくらい安かったから、何か訳あり物件なのか? と身構えていた割には何も無かったのだ。

 それが今になって幽霊物件を掴まされたと知り、僕は額に手を当て天井を仰いだ。

「何よ? 盛大にため息なんかついちゃって。星についてこんなに可愛い美少女からレクチャーされるのが嬉しく無いの?」

「あのな……。君がなんで僕の星嫌いをそこまで気にする必要があるんだよ。そもそも、赤の他人だろ?」

「見ず知らずの他人だろうが、あたしの前で星を嫌いだなんて、口に出されるのもむかっ腹が立つの!」

「それこそ余計なお世話だ。僕が何を嫌いになろうがそれこそ僕の勝手だろ」

 売り言葉に買い言葉を交わし、自称幽霊の織川七瀬と名乗った少女と子供の喧嘩のように睨み合う。

 まったくなんなんだ? この女の子は? いきなり人を驚かせといて、僕の星嫌いが許せないだって? 苦手なものは苦手なんだからしょうがないだろ。

 僕だって昔は夜空を見上げても何も怖くなかった。

 いつから星空を恐怖と感じるようになったかは覚えていないし、苦手を克服するつもりも無い。けど、この欠点を苦痛に思ったことなんて一度も……無い。

「あんた苦手なのは夜空を直視することだけ?」

「……動画や画像に映る星は、なんとかまだ見れる。それが?」

「このパソコン、インターネットくらいは繋がってるでしょ。今から言うホームページにアクセスして」

「何をするつもりだよ?」

「いいから早くする! あんたに星がどれだけ素晴らしいか見せてあげるわ」

 幽霊少女は僕になんとしても星の素晴らしさを説くつもりらしい。その強情さに、僕は不機嫌さを隠そうともせずスリープ状態のパソコンを起動した。

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