鍋の魔女、恋をする。
『厄災の魔女』
それが彼女、『鍋の魔女』の本当の二つ名。
誰もいない森の家で一人、誰にも気付かれずにひっそりと生きていく。
――魔女に里を滅ぼされた、牙狼族のキバが来るまでは。
訳ありしかない二人は共に暮らし、お互いのことを深く知っていく。
互いに少しずつ恋心が芽生え始める……が、異性に対して好意の感情を持ったことが無かった二人は、遠回りしたり見当はずれな解を出し続ける。
これは、そんな二人が紆余曲折の末、付き合うまでの物語。
「――恋って、どんな味がするんだろう」
昼下がり、好物のシチューをほおばりながらそう呟いた。
「キスはレモン味だ、ってさっき読んだ恋愛小説には書いてあったけど、恋はどうかな? これより美味しかったりして」
スプーンですくったシチューを笑みを浮かべながらじっと見つめる。
「そうしたら、どんな手を使っても自分の理想な子を作り出すのに。なんてね」
すくってたシチューを食べる。
興味が全くのゼロってわけじゃない。
私という存在には、そういうものとは一生縁が出来ない。
「でもな~、さすがにこうも同じ日が続くと暇だよね~。なにか刺激が欲しいな~……って、ん?」
なんだろ、結解の中に誰かが入ってきた? アレ、そうやすやす抜けられるようなものじゃないはずなんだけど……。
――ま、いいや。
「新しい刺激が転げ落ちてきたんだもん。見に行かないと損ってね」
魔法の触媒になる杖と、短く切りそろえた黒髪を隠すようにハットを被ってウキウキな気分で外に飛び出す……けど、そんな気分もつかの間。
もうすでに、目の前にまで侵入者がいた。
「やぁ、こんにちは。君はどうしてここに来たのかな?」
警戒心を隠して問いかける。
ボロボロになった黒い外套を頭まですっぽりかぶってるせいで素顔はよく見えないけど、わずかに動く口元だけが見えた。
「うーん、ごめんね? 聞こえないからもう少し大きな声出してくれないかな」
「……た」
「ごめん、まだ聞こえない。もう一回いい?」
今度はしっかりと耳を傾けてようやく聴こえた声が、
「お腹、空いた……」
っていうのと、盛大に鳴り響くお腹の音だった。
「……ぷっ、あっははは! そっか、お腹空いたんだ! うんうん、だからそんなに弱ってるわけだ!」
警戒心と杖を放り投げ、腹を抱えてけらけらと笑っちゃう。
だってこんな刺激、生まれて初めてだもん!
「ここからいい匂いがして、つい」
「へぇ、もしかして結解の外から嗅いで来たの? 良い鼻を持ってるね、君。もしかして獣人? 顔を見せてほしいな。あ、あと名前も聞きたいかな」
「……キバ、です」
少し、怯えたように体を震わせたあと、おそるおそる外套のフードを外してそう名乗ってくれた。
「珍しい。牙狼族だね。じゃ、かわいい顔と名前も知れたことだし入りなよ。ちょうど私もごはんの途中だったんだ」
発達した犬歯だけだと他の種族と間違えるけど、銀色に染まっている髪と頭から生える耳が特徴。
初めて見たけど、あのお耳かわいい。あとでモフらせてくれないかな?
「かわいいなんて、言わないでください。これでも僕は、男なんですから」
「ごめんねぇ。でも、そんな童顔だとそりゃあかわいいになるもんだよ」
それに体格なんて百五十センチほどしかない私より小さい。子供と見間違えるけど、たぶん年の頃は十七、八くらいかな。
話し方といい、なんでこんなに幼さく感じるようにしているんだろう?
「おっと、家に入る前にっと」
地面に落ちてる杖を拾い上げて牙狼族の子に向けて浄化魔法をかける。
さすがにばっちぃからね。そのまま家に入れるのは乙女としては気になるところだよね。
「え、なんで……」
「さーさー入った入った。私もお腹空いてるんだから」
「は、はい」
目に見えて困惑している背中を軽く押して家の中に入れる。
私としても早くごはんの続きを食べたいしね。
「はい、これが君のね」
「ありがとう、ございます」
シチューを渡して適当な椅子を用意してあげた。
さぁて、私もおかわり分をたーべよ。
「あの、一ついいですか?」
「んー? はに~?」
一口目を口に入れた途端話しかけられたから変な話し方になっちゃった。
「えと、聞きにくいんですけど……」
「ん~? いいよ~。私からしたら聞かれて困るものなんて無いし」
そもそも何を答えちゃいけない、なんて線引きすらないからね。
「えっと、あの、そ、そう! おかわり! おかわりってありますか!?」
「ん? うん。まだたっくさんあるよ?」
「えっと、おかわり、貰ってもいいですか?」
……あれ? 今渡したばっかじゃなかったっけ?
「うわ、ホントだ。もう無くなってる」
「ごめんなさい、僕、かなり早食いみたいで……」
そんなレベルの話じゃないと思う。ホントにいつの間に……。
「まぁいいや。ほら」
「す、すみません」
自分の分のシチューをついで椅子に座る。
「で、私に何を聞こうとしたの?」
「んぐっ」
いや、ホントにいつの間に口にスプーン運んでたの。この一瞬でほぼ無くなってるんだけど。
「な、なんのことですか?」
けほけほっ、とむせながら聞き返してくる。
いやいや、とぼけられないでしょ、さすがに。
「何を聞きたいのか知らないけど、早く答えないとシチュー没収しちゃうよ?」
「えっと、ごめんなさい。もう食べ終わっちゃいました……」
「だからどうなってるの、君」
あはは、と頭を掻きながら苦笑いを浮かべるキバ君。
なんだろう、少し胸がきゅってなった気がする。
「じゃあ、おかわりが欲しかったらちゃんと答えてね。答えるまでこのシチューは没収」
「えっ」
心底ショックを受けたみたいで、耳までもがペタンと前に倒れる。
……。
「ほら、ちゃんと答えて。そしたらこのシチュー、いくらでもあげちゃうよ?」
「あ、あなたは、どうして魔女を名乗っているんですかっ」
即答だった。
…………うん。やっぱり胸がきゅってなる。なんだろ、これ。別にいやじゃないからいいけど。
「食い意地強いねぇ。ご褒美にこの鍋ごと上げちゃおう」
ずりっと人が一人すっぽり入るくらいの大鍋をキバ君に差し出してあげる。
すると、パッと顔が明るく、耳がピーンと立たせ、さらに尻尾をぶんぶんと振って見るからに喜んでいるみたいだった。
ホントにおなか空いてたんだなぁ。
「さて、じゃあなんで私が魔女じゃないってわかったのかな?」
「えっと、そういう人特有の感じがしなかった、っていうか……」
「ふ~ん。牙狼族って第六感とか、そういうのも強いんだ」
「あ、いえっ、たぶん僕だけです。里のみんなは分からなかったみたいで……」
そういうと、顔を伏せて、たぶん食べる手も止めた。
いろいろ言い含めた言い方するけど……。
「まぁいいわ。そこらへん興味ないし。それよりも、ね?」
ふわっと彼のモフモフの耳を撫でながら、
「これから話すことは、他言無用だよ?」
――呪いをかけた。
話そうとすれば全身を蟲が走り抜ける幻覚の呪い。
これでもう話そうとしたって話せないでしょう。
「あ、はい! わかりました」
「うぐっ」
屈託なく、誠実すぎる返事が良心を抉ってくる!
苦しい! さっき感じた胸の苦しさとまた違う!
何この気持ち!? 今日だけでどれだけの初めてが出てくるの!
「えっと、どうしたんですか?」
キバ君に背を向けてあまりない胸に指を食いこませていると、心配そうに声をかけられる。
「あ、あはは。大丈夫、大丈夫。ちょっと自分でもよくわかってないだけだから……。よし、気を取り直して、私がなんで魔女って名乗ってるのか教えるね」
話題のそらし方はへたくそだけど、今出せる話題がこれしかないし、ここはゴリ押しするしかない。
そう思っていたのに、
「あ、はい! お願いします!」
「うぐっ」
純粋すぎる! ヒトってこんな風に育てられるものなの!? 少しは人を疑うことを覚えなさい!
ていうか、しっかり鍋掴んでるけど、ホントにシチュー全部食べる気!? 食欲の塊なの!?
「ん、んんっ。確かに私は厳格には魔女に分類されてないよ」
咳ばらいをして、話始める。
「魔女っていうのは血統、つまりは魔女の血を引いているかどうか、になるのは知ってるね?」
「はい。村で何度か耳に入れたことはあります」
「そう。そして私は、魔女の血を引いてないの」
でもね、と椅子から立ち上がりながら続ける。
そして、自分の周りに拳くらいの雷球を自分の周りに発現させる。
「こうして魔法を扱うことが出来るの」
「僕も最初、疑問に思っていました。でも……」
「どうして、ただの人間のはずの私が浄化魔法を使えたのか、でしょ?」
キバ君の言葉を被せるように、言葉をつなげる。
「それはね」
一つ、タメを作って、言った。
「私が、『厄災の魔女』だからだよ」
「……」
キバ君の耳が、ぴくっと動く。
『厄災の魔女』。
この二つ名は、かなり有名だろう。
数百年に一度、地上に生れ落ち、厄災を引き起こす。
強い魔力を持ち、あらゆる魔法を行使するとされる。
そんな存在が、目の前にいるのだからさすがに怯えられ――、
「あ、あの、すみません」
おずおずと、申し訳なさそうに手を挙げるキバ君。
眼だけで発言の許可をすると、本当に申し訳なさそうに、口を開いた。
「や、『厄災の魔女』って、なんで、すか?」
「……へ?」
ふっ、と雷球が消える。
え、あれ? ちょっと待って。
「え、あれだよ? ほら、大昔から伝えられている……ホントに知らない?」
「ご、ごめんなさい……」
「そっか。うん、そっか……」
なんか、変に肩透かしされた気分だ。
小説とかだったら盛り上がりや引きに使われてもいい情報なのに……。
「はぁ、仕方ないわね」
椅子に座りなおして、キバ君に向き直る。
「教えてあげる。『厄災の魔女』と、私の事」





