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13版ギルドは『死』のギルド~最恐ギルドマスターに溺愛されたい傀儡聖女は夢を語る

この世に生を受けた瞬間、一生のジョブを決めるオラクルカード(神託)が魂に刻まれる。

リンドは、聖女として世界を導いたイヴと同じ、人族では絶対に与えられない【死神】のカードが与えられた。

それ故に、幼い頃から聖女イヴのように振る舞い、17年生きてきた。民からは『傀儡聖女』と揶揄されることもあったが、今日のこの日をどれだけ待っていたか。


「13版ギルドに入団して、……私は、ギルドマスターと結婚するの!」


だが、マスターの心には、あのイヴが──


彼に認めてもらうためには、7日後のイヴ誕生祭までに、特級魔法を発動することが条件に。

啖呵をきったリンドだが、魔族しかいない13版ギルドは、人族にはこなせない『死』にまつわる仕事ばかり。魔法も使えないリンドは焦り出すが、なんと夢にイヴが現れ、さらには会話まで……


──これは、最恐ギルドマスター(死神)に溺愛されたい傀儡聖女の『夢』物語だ。

リンドは、17年目の春、傀儡聖女から、()()へと生まれ変わった。

この出来事は、のちに【奇跡の7日間】と呼ばれることになるのだが、まずは、その1日目(始まり)──




──リンドは執務室の机の前で、今日のためにあつらえた純白のワンピースを、強く強く、握りしめていた。


「入って来るなり、なんなんでしょう……」


低く、艶のある声が響くが、リンドは俯くしかできない。それは、恥ずかしさと後悔による。

思いが皺となってスカートに刻まれたとき、13版ギルドのマスターは、もう一度、ため息をついた。


「お慕い、だなんて……はしたないと思いませんか」


鳥の頭蓋骨を象った鉄の面から、白い目が光る。

思わず身を縮めたリンドだが、マスターはプラチナ色の髪をかきあげると、口元をほころばせた。だがそれは友好の印ではない。冷笑だ。


「ここで働くのが夢だった、とも仰ってましたが、例え、神から与えられたオラクルカード(神託)が、13版ギルドを示す【死神】だとしても、ここは死を司るギルド。ただの人にはこなせない仕事ばかりです……さ、お帰りなさい」


マスターは、虫でも払うように革手袋をヒラヒラさせるが、リンドはそれを見て、もう一歩、踏み込んだ。


「承知、しております。マスターの他には、魔族3名での、特異なギルドであるのも。ですが、かの聖女イヴ様は、人でありながら、このギルドに入団されております。それであれば、わた」

「イヴが、特別、だからです」


特別、以外の意味が込められているのがわかってしまう。声音の熱さが、まるで違うからだ。リンドはその熱量に押されまいと、顔を上げるが、


「法皇の操り人形に戻りなさい、()()()()


あまりの言葉の重さに、視線を床に落とした。

民からの蔑称で呼ばれたのだ。

体が石のように固くなる。


だが、それでもリンドは戻りたくなかった。


なぜなら、マスターを心から慕っているのはもちろん、聖女になってしまった5歳のときから、『普通の人』として仕事ができる、ギルドへの入団が夢だったのだ。

叶えられると思っていたのに、この仕打ち。

諦めきれないリンドが、つま先に力を込めたとき、


「リンド、いるー?」


唐突に、執務室のぶ厚い扉が開かれた。

飛び込んできたのは、リンドと同い年くらいの青年だ。


「みーつけた!」

「……へ!?」


群青色の髪を襟足で揺らしながらリンドに抱きつくと、色白よりも青い肌で、彼女に頬擦りをしだす。


「ちょっ……!」

「僕の可愛いリンド。ようこそ、13版ギルドへ!」


リンドの細い鼻筋を指でなでながら、上機嫌に目を細める彼だが、薄い唇から犬歯が伸びている。


「牙、珍しいでしょ? かっこいい? かわいい?」


彼の行動に、マスターの低い声が部屋に響く。


「クレー、はしたないぞ」


クレーと呼ばれた彼だが、マスターに向かってペロリと舌を出し、リンドには笑顔を散らす。


「こんなに可愛いのに、くっつかないなんて損じゃん! だいたいさー、法皇だったら4年も追加で聖女やらせて、支持率下がったらポイって! 腹立つよねー!」


境遇を哀れんでくれるのはありがたいが、なによりも、近い!

リンドは少しでも距離を取ろうと、彼の薄い胸板を力一杯押すが、か弱そうな見た目とは裏腹に、びくともしない。


「あの!」

「ん? リンド、魔術も僕が教えてあげる。特級魔法なんてどう? マスターも特級ができたら、ギルド入り、文句ないんじゃなーい?」


クレーは、抱きしめながらリンドの髪をそっと掴みあげる。


「君の髪は淡い陽の色だ。とっても綺麗。……あ、ちょ、おっと! ……ほら、そんなに、暴れないで、リンド」

「暴れます! クレー様、離してくださいっ!」


リンドは彼が語るなか、ずっともがき続けていた。

だがもがけばもがくほど逃れられず、さらにはきつく抱きしめられ、とうとう身動きが取れない状況に。


「あ、あの、クレー様!?」

「僕のリンド、ずっと、そばにいてね……」


リンドの頬をなぞるクレーの指が顎にかかる。

上に向いた桃色の唇に、彼の唇が近づいた瞬間、腕の力が少し緩んだ。

そこから滑りでたリンドの右腕──!


「マスター、ひと筋なんですっ!」


クレーの顎に、リンドの拳が綺麗にはまる。

ゆるんだ腕からなんとかリンドは抜け出したが、クレーは顎をさすりながらも笑顔のままだ。


「もー、僕の方がいいってばー」


リンドは応接のテーブルを挟み、クレーと対峙する。

彼が右に動けば、リンドはその逆にと、まるで鬼ごっこだ。


「マスターより僕の方が可愛いし、見た目年齢も近いよー?」


クレーには、地の利がある。

もうリンドの背には壁が迫り、後ろには下がれない。

だがリンドは、ソファを盾にフェイントをかければ抜けられると判断。すり足で歩幅を取る。


だが、それが良くなかった。

石畳の床にヒールが挟まり、足がもつれてしまう。


「……ヤバっ!」


顔からつまづくのを待って、クレーの手がリンドの肩を掴んだ。

振り払おうと、リンドが腕を上げた瞬間、肉を握る音が後ろから聞こえてくる。


「魔女のバカー! 僕の顔が台無し!」


振り返ると、鼻から上がないクレーがいる。

悲鳴すら上げられないリンドをクレーから引き離したのは、黒く長い腕だ。


「リンドちゃん、頭を潰すほうがいいわよ? 泡になって消えるし?」


言葉のとおり、撒き散らされたはずの肉片たちは、泡に変わっていた。大量に溢れ流れただろう血も、白い泡だ。

だが、顔半分の欠けた部分に、骨が積み上がり、血管、筋肉と戻っていく様は異様ではある。

目は最後なのか、腕を伸ばしながら、リンドどこー? と喚く姿は、今、都で流行っている、恋愛ゾンビ小説のリアル版だ。


「……うわぁ。……あ、ありがとう、ございま、す……?」


声の方へ見上げたリンドだが、大きな黒いボールが2つある。

それが離れていくが、ボールの意味がようやくわかった。

2メートルを超える女性が、前屈みになっていたのだ。


「あたしは、ソニアよ? よろしくね、リンドちゃん?」


ソニアは黒髪を腰まで流し、首からつま先まで黒い布で覆われている。まるで夕暮時の細長い影のようだ。

ただ唯一、ぽってりと艶やかな夕闇色に染められた唇が、とても魅惑的で、リンドはつい見とれてしまう。


「ソニアまで何がしたいんです」


マスターの声に、ソニアはゆっくりとリンドを指さした。


「リンドちゃんが、もし、イヴの生まれ変わりだったら、どうするのかしら?」


彼女の声には、愉しそうな色がある。

マスターは興味がないというように唇を吊り上るが、ソニアは続ける。


「マスター、知っていて? 魔族は死んだら結晶になるけれど、人の魂は巡るんですって?」

「それは人が望む死後の話です」

「じゃあ、城の門を閉じて400年余りだけど、リンドちゃんは、こんな複雑な城内の、最上階である執務室まで、なぜ来れたのかしら? 偶然、なのかしら?」


リンドは固まった。


確かに、勝手に城に入り、マスターに夢を語り、まさかの告白までしてしまったのは、()()()()、だったのでは……!?


そう思いたい一方で、イヴの生まれ変わりだとも、到底思えない。

なぜなら、リンドは農民の娘として生まれ、王族だったイヴとは、まるで立場が違うからだ。


「ソニア、そこの()()()()()をイヴにできますか?」


マスターが指をさした先にはリンドがいる。


「そうね? それはできてよ?」


頭すらすっぽり埋まるだろう胸の谷間から、ソニアは小瓶をつまみ出した。


「これを飲むと、7日後に体内に術式が完成。すると、今の記憶が消えて、前の魂の記憶が戻る感じ? ……まあ、魂が全部の記憶を持ってるって前提の術式だけど?」


じっと見つめるリンドだが、ソニアの手から小瓶を掠め取る。

マスターが鋭く睨むなか、リンドは微笑み返し、親指でコルクの蓋を弾き飛ばした。


「どうするつもりです、お人形さん」

「こうします」


リンドは、小瓶の中身を一気に飲み込んだ。

手の甲で乱暴に口を拭うと、空の瓶をマスターの机に叩き置く。


「マズッ! マスター、これで、私が出ていかなくても良くなりましたよね?」

「……それで?」

「今日から数えて7日後、イヴ様の誕生祭です。私が特級魔法を覚えるのが先か、祭りでイヴ様の復活祭となるか、賭けるのはいかがです?」


ソニアはリンドの勢いに笑いながら、


「あらあら。なら、解除のお薬、用意しておくわね?」


マスターは首を振る。


「それはいりません。お人形さんに、特級魔法など、無理ですから」


その言葉に、リンドはマスターの顔に、ずいっと寄った。


「マスター、私、やる前から『できない』と言われるのが、大嫌いなんです」

「永遠を生きる者の経験則を、馬鹿にするのですか?」

「いいえ。でも、イヴ様という前例があります。だから、不可能では、ない、はず、です! ……なーのーでー、特級魔法ができた暁には、解除の薬をいただき、さらに、ギルドにいさせていただきますから、私っ!」


もう一度、ガツンと叩いた机の音にクレーが反応した。


「リンドー、どこー?」


──リンドは、このとき何もわかっていなかった。

ギルドに残りたい、その一心しかなかったのだ。

彼女の安易な心構えを嘲笑うように、1つ目の後悔はもう、彼女の鼻先にまで迫っていた。


「では、お人形さん、魔術についてソニアから聞いてみてはいかがです? ……7日で、間に合うといいですね」

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