電卓があるのに数学ってわざわざ勉強する必要ある?
普通に過ごしてて三角関数とか使わなくない?
微分積分とかやっていったい何になるの?
電卓があるのに数学ってわざわざ勉強する必要ある?
誰だって思ったことがあろうその疑問、至極真っ当な感想。
現代に過ごす上で、数学というものは最低限でよく、
そんな中で数学を勉強する意味など、一部の人を除いて無いに等しい。
生活する上で、特段役に立たない学問。――普通なら。
じゃあ、普通じゃなくなったら?
PCはおろか、電卓も無く、
そんな世界に行ってしまったとき、数学の意味、役割、価値は――。
面積を測ることから、大量の情報の整理。賭け事に至るまで!
文明が存在する限り決して消えることのない最強の武器、数学の力。
とくと御覧あれ!
普通に過ごしてて三角関数とか使わなくない?
微分積分とかやっていったい何になるの?
電卓があるのに数学ってわざわざ勉強する必要ある?
よく聞いたフレーズだ。かくいう私も、そう思っていたから言い返すことはできなかった。
けれど今なら、これらの質問に答えられる。
「異世界転移したときに、数学なかったら困るでしょ!」
と。
* * *
なるほど、詰んだか。
学生鞄を右に、スマホを左においた状態で木の下に座った私はそう結論づけた。セーラー服のスカートに乗ってきた虫を払いのけ、私は落胆する。
目の前には草原が広がっており、遠巻きには森が見える。それから、ろくに舗装されていない道もあった。
馬車はガラガラという大きな音を立てながらやって来ては走り去っていった、その向かう先には、小さな集落がなんとか見える。
どう考えてもおかしい。
私はついさっきまで高校行きのバスの中にいたはず。その中でうつらうつらとしてしまい、ついつい寝てしまった……までは覚えているが、起きたらこれなのだ。
ここがどこなのか調べてみようとスマホを見ても、圏外だった。しばらく電波がなんとか届かないのかと試行錯誤してみたがどうにもならないのでやめた。ついでに電池がもったいないので一旦電源を落とした。
スマホが圏外になるような場所なんて今どきの日本で早々聞かないし、馬車が走ってるところなんてなおさら見たことがない。当然、バスの行き先でこんな広い草原があったはずもない。
認めたくはないが、これが昨今話題の異世界転移とかいうやつだろう。ほとんど読んだことはないが。
で、どうすればいいんだ? 読んだことはないが、話として多少は聞いたことがある。その大抵はなんらかの特殊な能力を貰ったりするらしい。……特殊な能力。
「そんなものどこにあるんだよおおおおおお……」
当然そんなものに心当たりなどない。世界最強の魔法も、美麗な剣技も、そんなものはどこにも無い。
所持品を確認しても、鞄の中に筆箱、ノート、教科書。今日の昼食の弁当、水筒。それからなんの役にも多々なさそうな財布。
サイドポケットにはポケットティッシュとハンカチ、ついでに絆創膏が2枚ほど。
あ、あといちおうスマホもあるか。使い物になるかは微妙だけど。
辛うじて弁当があるとはいえ、返して言えば1食分しかない。傷みやすいから残しておくだなんてことはリスクが高すぎるから、せいぜい今日の夕食くらいが限界だろう。
このまんまじゃ餓死まっしぐらだ。
「……人と、接触してみるしかないかあ」
生存できる可能性があるとするなら、それしかないだろう。森で動物狩るとか無理だし。
さっきの馬車が向かった先、集落。そこにいる人に会ってみよう。
――言葉が通じるかすら、わからないけど。とはいえ、死ぬよりかは幾倍かマシだろう。
私は立ち上がり、スカートについた草を手で落とす。
「よし、行こうか」
* * *
10分くらいだろうか。いや、もっと短いかもしれない。
とかく、例の集落までたどり着くことができた。普段から運動をしてないのに加え道が舗装されていないのも相まって、めちゃくちゃに疲れた。
だれか、いないかな。そう思いながら足を踏み入れると、どこからともなく話し声が聞こえた。
「……どうすりゃいいんだ? これ」
「そうは言ってもなあ」
「4や6だったらできるのにねえ」
「うーん……」
話している言葉を、理解できる。それがわかっただけでも、大きく安心することができた。
これで言葉が通じなかったらジェスチャーでなんとか伝えるとかいう地獄を味わうことになっていた。
とはいえ、なにか困っているようだ。……いや、困ってるのは私もなんだけど。
声のする方向に歩みを勧めてみると、簡素な屋根に机が1つ。集会所だろうかという場所に男性が3人女性が1人、腰を掛けて話をしているようだった。
「あの、すみません」
私がそう声をかけると、4人はこちらを向いた。
茶色で髪の毛がツンツンしている人、筋肉ムキムキでちょっと強面の人、少し太ってるけど柔らかな面持ちの人。それから、黒色で長髪の女性。
「……? 誰だお前さん、見たことねえ顔だな。……奇っ怪な服装してるし」
強面の男性が、そう聞いてきた。続けて、茶髪の男性が口を開く。
「どっか別の村から来たのかな?」
「まあ、そんなところ……ですかね? ちょっと諸事情あって迷子でして」
「ほう、どこの村から来たんだい?」
村、ではないけど。……伝わるわけないよなあ。
「日本、ってところから来たんですけど……」
「ニホン? 聞いたことねえな。ずっとずっと遠くならそんなとこあるんかもしれんが、少なくとも近辺ではねえだろうなあ」
そりゃそうだろうなあ。私は強面の男性の言葉に、心の中で同意する。
「んで、そんな遠方? からこんな辺鄙な村になんの用事だい」
茶髪の男性は、そう尋ねてくる。
……どう言えばいいんだろうか。そのまま、ありのまま、でいいのかな。
「えっと、それが私もついさっき気がついたらすぐ向こうに居た……って感じで。ちょっと信用ならないかもしれないんですけど」
そう言うと、4人から懐疑的な視線が向けられる。まあ、そうだよなあ。そんなこと言っても信用ならないよ。少なくとも私は疑う。
しばらくして、 強面の男性が口を開いた。
「まあ、細かいことはようわからんが、困っとるんじゃないかね」
私がコクリと頷くと、4人はお互いに顔を向かい合わせた。
そして、茶髪の男性がこちらを向いて、言う。
「こんな村でよけりゃ、とりあえずどうするか決まるまででも滞在していくかい? そうだな。男についてくのも気が引けるだろうし、都合のいいことにそこのアリアんとこは宿屋やってて、部屋ならあるだろうしね」
そう言うと、女性――アリアさんであろう人が頷く。
「どうかしら? ……あ、お金のことを気にしてるならその必要はないわよ。そりゃ払ってくれるに越したことはないけどね。ちょうど人手が少し欲しかったから、手伝ってくれるならそれでいいわ」
「その、それじゃあ、お言葉に甘えさせていただいてもいいですか?」
私がそう言うと、女性は笑顔で答えてくれた。
「ええ、もちろんよ! 私はアリア。よろしくね! そこの茶髪がレオンで筋肉がアーノルド、太ってるのがオルターよ」
「おい、その言い方はひどくねえか?」
アリアさんの言葉に、アーノルドさんがそうツッコんだ。レオンさんとオルターさんは、少し笑っていた。
「えっと、私は結衣。青間 結衣って言います」
「ユイちゃん、でいいのかな。どれくらいの付き合いになるかはわからんが、よろしく頼む」
「はい、よろしくお願いします! ……そういえば、さっき何を話されてたんですか?」
そう尋ねると、4人の空気が固まった。
しばらくして、オルターさんが口を開く。
「僕らの友達にめちゃくちゃに几帳面なやつがいてね。ちょうど貰い物で貰った果物があって、それを僕らと彼を合わせた5人で分けようってなったんだけど果物の数が21個だったんだ」
「俺は別にテキトーでいいんだけどよ、あのクソ真面目はいっつもキチッと等分したがるからよ」
「それで、余った1個をどうやったら分けられるかな? って話をしてたんだ」
続いて、アーノルドさんとレオンさんがそう説明してくれた。
「4人で知恵を出し合って、4等分と6等分はなんとかできたんだけど、どうやっても5等分ができなくってね……ユイちゃん、なにかいい方法思いつかない?」
「5等分……ですか」
アリアさんの言葉に、私は少し考え込む。
机の上には、おそらくその果物であろうものがある。果物は上から見ればだいたい円形に見え。
円形の5等分。……つまりは、正五角形の作図、と捉えていいだろうか。
だと、するならば。
私は鞄の中からノートと、それから筆箱を取り出す。
「……? ユイちゃん、急にどうしたんだい?」
「できるかも、しれません。5等分!」
「ほんとかい!?」
レオンさんの言葉に、私は大きく返事をする。
「……はい!」
魔法は使えないし、剣も触れない。運動という運動はめっきりできない私だけれど、けれど、
数学なら、数学だけなら。
「ちょっと机の上、いいでしょうか?」
そう言って、机の上にノートを置く。筆箱からはシャーペンと消しゴム、そして定規とコンパスを取り出し、
すう、はあ。大きく息をつき、落ち着く。
ノートの一番上に、書き記す。
さて、それじゃあ始めようか。
《問》正五角形を定規とコンパスを用いて作図し、それが正五角形であることを証明せよ。





