異世界・プラトニック・ラブ
性豪一族の末っ子童貞であるゼインは幼馴染のセシリアと二年ぶりの再会を果たし結ばれる筈だった。しかし、家族最強の好色漢であるゼインの父が新聞に先代王妃とのスキャンダルと今まで抱いた女リストをすっぱ抜かれてしまい一転ピンチに。
リストの中にはセシリアの母親の名前もあったのだ。父を知らないセシリアはゼインが異母兄妹なのではないかと疑ってしまう。
──今後は、兄として貴方を生涯愛します。
そんな言葉と共にフられたゼインは、
友人から貰った血縁関係検査キットを手に取り白黒つける事を決意する。
「こんな事で諦められるか。使わせて貰うぞ。何が必要なんだ?」
「二人の陰毛」
「嘘だろ……!?」
フられた女の陰毛を手に入れるハメになったゼインの純粋な愛の話が今、始まる。
僕の初恋の話をしよう。
十歳の頃に魔石屋で売り子をしているお姉さんに恋をしたが、その恋は実らなかった。薄暗い店内で何時も御淑やかだったお姉さんが獣のような声を上げて父の体にしがみついていた光景は忘れられない。愛犬パトラッシェもよく僕に腰を振っていたが、それを見て以来可愛く見えなくなってしまった。
「うーっす、ゼイン。何だよその顔。折角の新学期だってのにさ!」
ゼインというのは僕の名前だ。
声をかけてきたのは旧友のジェイクだ。同じ"成り上がり"貴族の子として子供の頃からの付き合いである。入れ墨だらけの体に学校の制服が似合っていない。今日も元気に幻覚剤入りの煙草に火をつけると、途端に目が死に始めた。
「ようやく最高学年だなって、思いに耽っていただけさ」
「ぱるぱぱぱうんこまぐもぐ」
今年で十八になり最高学年になった。
父がこの国最大の物流業者でもあるジェイクは調達屋として学校で一定の地位を築いている。違法な煙草だけでなくアルコールや高級食材。果ては武器までがジェイクの一声で入手可能だ。今のようにラリってる時にお願いをすると、何でも手に入れてくれる便利な男だった。
「今日さ。学校終わったらベリーパイを焼こうと思うんだ。美味しいベリーを仕入れておいてくれないか?」
「ぴえん」
宇宙の果てまで精神が飛んだジェイクの袖を引きながら学校へと向かって歩く。住宅街を抜けると、海風が心地良い。聖王都サーヴァインはこの国の交易の中心だ。温暖な気候に豊かな自然。小さな島が幾つも点在しており、巨大な橋で繋がっている。住宅街は陸地の高い部分にあるので、坂を下りながら隣の島にある学校へと向かうのだ。
「あっ。船だ」
港に停泊している船の帆に書いあるマークには見覚えがあった。──聖職者達の乗る船だ。
海の女神タルサをこの国では信仰している。その神の声を聴いて人々を導くのが王と聖職者達の役目だ。
「セシリアぺるひもぱんぜ」
「そろそろ止めろ」
足を速めながらジェイクを小突くと煙草の火を消した。
ラリってても僕の声は届くし、幼馴染の名前を忘れてないようだ。そう、あの船には僕達の幼馴染が乗っている。僕達のような普通の生徒とは違う"聖職科"の生徒が今日から学校に戻ってくるのだ。朝からくだらない過去を思い出したのも、ラズベリーパイの生地の仕込みをやってきたのも彼女が帰ってくるからだ。
「セシリア!」
修道服の集団に声をかけると一人が立ち止まった。かぶっていたフードを上げると彼女の笑顔が見える。仲間たちに「先に行ってて」と声をかけると小走りにこちらへと駆け寄ってきた。
「ゼイン! ジェイク! 二年ぶりだね!」
昔のように抱き着いてはこない。少しだけお互い大人になったように感じる。聖職科は二年の間厳しい国外実習があるのだ。帰省もなし。家族に手紙を書く事すら禁じられている。
「久しぶりだね」
「ぽぺ」
まだ宇宙の果てに飛んでいる奴は置いといてセシリアを見る。二年という歳月は大きな時間だ。小さかったセシリアの背も伸びており大分目が合う位置が違う。体つきも鍛えているのに女性らしい丸みが所々に見える。
「二人ともおっきくなったねー! あたしも随分おっきくなったでしょ! もう妹分だなんて呼ばせないよ!」
確かに、と張った胸にも目が行ってしまう。
すかさず爪を体に突き刺して煩悩を払い出す。セシリアは聖職者だ。彼女はそういう目で見るのは彼女の夢を汚すと同義。特に彼女の希望している"聖騎士"という位は処女である事が必須条件である。ふざけた戒律だった。
「二人にね。いっぱい話したい事あるの」
セシリアが二年間の思い出を語ってくれる。この空気がとても心地良い。
学校での僕の立場は最悪だ。親兄弟がやらかした事への空気が普通の生徒で居る事を許してくれないのだ。話ながら橋を渡ればすぐ学校だ。今日も入り口近くの掲示板で誰かがバカ騒ぎをしているがこの距離からでもわかる。聖職科の生徒達はそれを好きではないようで、関わりたくないからか別の入り口から入っていく。
「セシリア」
「いい。二人と一緒に入るから」
そしてジェイクの前で手を振ってまだラリっている事を確認すると、
「二年前の返事は学校終わったらね。いつもの場所で待ってるから」
こっそりと優しくそう僕の耳に囁いた。ふわりと彼女から香水の匂いがする事に気づいた。
昔のようなシャンプーの香りではない。その事実を認識した瞬間、理性が吹き飛びそうになったが何とか堪えた。それだけ嬉しい行動と言葉だった。彼女は約束を忘れてなかった事だけでも嬉しい。
「あー……相変わらず皆元気だねぇ。何やってるのかな」
照れ隠しのように笑うと先に掲示板の方へと走り去っていく。遅れて僕も騒ぎの輪の近くまで来ると、
「ゼインが来たぞぉ!」
誰かが目ざとく僕の存在に気づいた。それだけで喝采があがり、皆が手に持っている新聞を空中に投げた。嫌な予感しかしないが、そこら中に散らばっている新聞を一枚拾ってみる。
「すげーなお前んち親父! 今度は先代王妃とヤったんだってな!」
「やっぱカサノヴァはすげーぜ! 七十歳相手でもおっ勃つんだからな!」
記事を読む前に同級生達の声で大体の事情は理解できた。──僕の父親がまた新聞にご機嫌なニュースを提供したらしい。ドン・カサノヴァまたも不倫。"通算百回目記念号外"とある。史上最低の見出しだった。しかも相手は先代王妃。頭がどうかしているし、頼むから不敬罪で死刑になってほしい。僕達一族は全員顔が良い。そして絶倫。数多くの権力者の女達を"オトす"事によってここまで成り上がってきたのだ。
「見ろよ。今回お前の親父のヤった女リストまでついてるんだぜ!」
「学長先生の名前もあるぞ!」
うちの親父は性欲盛んな十代にとっては英雄扱いだ。僕の兄達も漏れなくこの学校で女性関係の問題を数多く起こしている。どんな立場の相手とでも寝る、なんてのは彼らにとっては日常だ。あの異常な家で僕だけが普通の人間なのだが、世間はそれを許してくれない。
「今年も騒ぎまくろうぜ! カサノヴァ!」
「俺達の代もお前の兄ちゃん達に負けてられないもんな!」
勝手に盛り上がるバカ共。ふとセシリアの方を見ると、真っ青な顔で新聞を見ていた。やがて、僕の視線に気づくと逃げるように走り去っていく。僕も追いかけようとしたが、正気に返って新聞を見ていたジェイクに手を掴まれた。
「なぁなぁ、これめっちゃウケるんだけど」
「何が?」
「うちの母ちゃんの名前もあった」
△△△△
学校終わり。セシリアの好物であるベリーパイを細心の注意を払い焼きあげた。
向かう先はいつも遊んでいた高台。二年前、セシリアが国外に行く前に愛の告白をした場所でもある。パイを風呂敷に包んで家を出ると、庭先でパトラッシェと目があった。近所の野良犬と作った子供五匹に囲まれてゴロゴロしている。
「お前も我が家の男だな……」
吐き捨てるように言うと高台へ向かう。辿り着いてみたが誰もいない。
代わりとばかりにベンチの上に手紙が置いてあった。「ゼインへ」と書いてある。
「これは……」
手紙に書かれていた内容は地獄でしかなかった。
貴族のゼインと平民の自分は釣り合わないとの事。聖騎士の任期が切れるまで性行為ができない事が申し訳ないという事。ここまでなら説得で何とかする自信があった。
最悪だったのは、親父が流出させたリストに"セシリアの母"の名前があった事だ。セシリアの母はどうしようもない人だった。男も仕事もとっかえひっかえ。セシリアの父親だって定かじゃない。セシリアは前から僕への愛が兄貴分に対する愛なのか異性に対する愛なのかで悩んでいたらしい。手紙の最後はこう締めくくられている。
──今後はゼインを兄として生涯愛します。
それにしたってこの結末はあんまりだろう。陳腐な喜劇だ。愛した人間がまさかの異母兄妹なんて。確証はないが前からセシリアは疑いを持っていたのだろう。
「よぉ。お土産持ってきたよ」
打ちひしがれているとジェイクが現れた。少し離れてベンチに座ると僕の横に小さな箱を置いた。
「実家は大荒れだよ。もしかしたら俺らも兄弟なのかも。だから、血縁関係検査キット持ってきた」
「俺ら"も"って……」
「セシリアから昼休みに相談受けたからなぁ。その分だと最悪な結果だったわけだ」
ジェイクは大体の事情を理解しているらしい。そうか、と肩を落として俯く。
「お前の道は二つだよ。このままセシリアを見送る地獄か。この検査キットで兄妹じゃない可能性に賭けるか、だ」
「どっちも地獄だろ……」
「それでもまだ決まったわけじゃない。ここで諦めるならもう近づくな。そんな男に、俺だってセシリアは任せたくない」
ヤク中のくせに偶にはまともな事を言う。迷ったのは二秒程。僕は検査キットを手に取った。
「こんな事で諦められるか。使わせて貰うぞ。何が必要なんだ?」
「二人の陰毛」
「嘘だろ……!」
状況が最悪から最低に変わったぐらいの変化だ。説明書を見てもそう書いてある。バカなのか。どうやったらフられた人間の陰毛を手に入れられるというのか。
「貫いてみせろよ、純愛。お前の家族を否定しろ」
だが、僕はその言葉に強く頷いた。





