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君を救うための5つの物語

 優しい少年と強い少女、二人の勇者がいた。

 ある日少年は呪われた。彼を助けるのはほぼ不可能。だがその少女は理不尽を受け入れるには、あまりに強すぎた。

 勇者の片割れであるシリア・サラバスは少年を助けるため代わりとなる体の部品を探す旅に出る。

 そして少女はすべてを集めてしまった。


 これはとある一つの物語。


「覚悟を忘れるな――それだけだ」

 腕のリック・ガルとガラド・ガルが。


「私の世界をあんたにあげる」

 瞳のマルナ・トラーダが。


「あなたってそんなに強いのに、そんなに弱いのね」

 耳のメル・シーナが。


「私には責任がある。こんな私についてきてしまった愚かな皆に、引導を渡す責任が」

 足のユール・サラバスが。


 彼らが見た一人の少女の物語。


 勇者が魔王になるまでの物語。


「魔王を倒すのは勇者の役目。私は魔王になった。だから――」


 少女がありがとうを伝える物語。

 この世界には二人の勇者がいた。


 その少年は、誰よりも優しくあった。困っている人がいれば助ける。それが彼にとって当たり前のこと。その代わり、それほど強くもなかったけど。

 その少女は、誰よりも強くあった。強大な魔力と魔法の知識量は誰にも負けない。その代わり、少し感情を出すのが不得意だったけど。


 だがある日、少年が呪われた。意識は消え、その体は呪いを周囲にまき散らす強力な呪物となった。


 ――ここまでが、僕の記憶している話。実際に僕が経験した話。

 だから僕には、何が起こったのかすぐにはわからなかった。


 目を覚ましたのは、見覚えのある教会の中心。でもその石畳はところどころひびが入り、屋根は崩れ落ち、女神が象られたステンドグラスは見る影もない。

 周囲に人はおらず――ただ目の前に、一人の少女がいた。ペタンと座り込み、見開かれた瞳は大きく揺れている。


「ミツ、キ……?」


 彼女は震えた声で僕の名を口にした。


「えっと、シリア? 何も敷かずに座り込んだら服が汚れちゃ――うわっ!」


 彼女は勢いよく抱きついてきた。その勢いに負け僕は後ろに倒れこむ。


「あぁ……あぁぁあ……!! あぁぁああぁぁ……!!」


 彼女が、泣いていた。

 今まで一度も泣き顔を見たことのない彼女が、顔をぐしゃぐしゃにしながら泣きわめいていた。


「一体何が――」

「う、ぁあ……あぁああ……!!」


 勇者の片割れ――シリア・サラバスは、質問に答える余裕もなさそうだった。


 彼女がこんなに感情を表に出しているのを見るのは二回目か。それまではどんな辛いことがあっても、涙を見せることはなかったのに。

 彼女の頭を優しく撫でようとして、ふと気づく。


「ああ、この腕は、僕のものじゃないんだね」


 この腕は僕のものにしては綺麗すぎた。呪いも発していない。

 同じく両足も、両目も、両耳も、本来の僕のものじゃなかった。


 それだけで、彼女が何をしたのかわかってしまう。


 だから僕は、改めて彼女の頭を優しく撫でた。

 あれからどれだけ経ったかわからないけど、その長い銀の髪は健在だった。


 でも、それ以外は変わってしまっていた。


 その美しい肌には傷跡が。目つきも元々柔らかいわけじゃなかったけど、言葉に詰まるほど悲惨なものに。香りも鉄のそれに変わり。穏やかだった魔力だって今では血が滲んだかのように濁ってしまっている。


 この場所は僕の記憶が正しければ帝都グランディーデ、その中枢に位置する大聖堂そのものだ。それがこの有様なのだから、グランディーデは滅んだのだろう。

 数多の魔物の軍勢でも崩すことのできない大堅城。そんな帝都を滅ぼすせる存在を、僕は一人しか知らない。


「ありがとう……シリア」


 そんな言葉じゃ伝えきれないけれど、彼女は満足そうに体を震わせた。


 あの日からただ眠っていただけの僕には、彼女がどれだけ苦しんでいたのかわからない。


 でも僕は知っている。


 この腕が触れた彼女を。

 この目が見た彼女の姿を。

 この耳が聞いた彼女の声を。

 この足が彼女と歩んだ道筋を。


 これは彼ら(・・)が僕に教えてくれた物語。


 勇者が魔王になるまでの物語。

 少女が少年を助けるまでの物語。

 


 ――そして。



 一人の女の子が、ありがとうを伝えるまでの物語だ。


◆◆◆◆◆


 私――マルナ・トラーダにとって世界とは、一切の暗闇だった。


 光のない世界で音と触感だけを頼りに生きてきた。『だけ』というのは、少し違うかもしれないけど。


 でも、村が襲われたあの日。家屋が崩れる音、人が燃える音、断末魔の中で、パキンという情けない音とともに、私の世界は変わってしまった。私は初めて、世界を見たんだ。


 それはまるで、ほうき星のようだった。


 月の光を反射した白銀も。炎に染まった橙も。付着した紅も。でもそれがつい見とれてしまうくらいに綺麗で。そんな髪をした少女が、死体と瓦礫の上から、私を見下ろしていた。


 それが、私にとって初めての世界だった。


 足元には、帯のようなよくわからない機械。多分これが目隠しみたいに顔についていたのかもしれない。

 誰なのかはどうでもよかった。私にとって大事なのは、この目隠しをとってくれたのはたぶんこの人であるということだけ。


「あ、あの――」


 ありがとう、と伝えようとして、周囲の状況が視界に入り、つい言葉に詰まる。


 炎、瓦礫、死体。声と音しか知らない、初めて見る私の育った村は、ことごとく壊されていた。


 この人が、これを……? その人は無表情で私を見下ろしていた。本当に何も感じていないような、そんな無垢な表情で。それを自覚した途端に、立っていられないくらいに体が震えてしまう。


「……?」


 じっと見つめる私に、彼女はコテンと首をかしげた。

 んー、と唸った後、何か思いついたように頷き。


「がおー」


 そう言って両手を大きくあげた。


「ヒッ……!」


 私は反射的に逃げ出した。周囲の森の隙間を縫うようにしてひたすら駆けた。


 やばいやばいやばい!


 別にあの「ガオー」が怖かったわけじゃない。超棒読みだし無表情だし、何がしたいのかわからない怖さはあったけど。

 あの人が村を襲った人だからじゃない。


 そこじゃない。怖かったのは、そんなところじゃない。


「なんで……なんであんな顔できるの……!?」


 あの子は無表情も相まって、美術品みたいなきれいな顔をしていた。その髪は星屑のように輝いていた。

 あんな惨劇を作っておいて、そんな顔ができるのは異常だと思う。


 でもそれ以上に。


「あんなに濁ってる(・・・・)の、見たことない……!」


 気持ち悪い。全身に寒気が止まらない。気を抜くと吐きそうになる。だから走る。行く当てなんてないけど、とにかくあの子から逃げたかった。


「私は、あなたの瞳をもらいにきた」

「――!!」


 スッと音もなく目の前に着地したのは、さっきの子だった。


 ありえない。私も目隠しされていたけどこの森の中で育った。森を走るのには自信がある。

 どうやって――そう考えたとき、彼女の両足に不思議な模様が走っているのが見えた。ということは魔法……!


「瞳って、なんのこと?」

「? 知らないの? 自分のことなのに」


 そんなわけないじゃん。真面目な顔をして首をかしげる彼女に、心の中で突っ込んだ。


「その瞳。普通とは違う、普通以上のものが見える、その瞳」


 彼女は私を、私の瞳を指さした。彼女の目には、十字架の紋章が浮かんだ私の瞳が映っていた。


 私の目は呪われていた。普通の人じゃ見えないものが見える。その人の魂の色が見えたり、少し先の未来が見えたり。生まれたときからおかしかった私の目を村のみんなは恐れて、あんな目隠しを付けて育てられた。


「腕は手に入れた。もう後戻りはできないの」


 何を言っているのかわからない。私にわかるのは、彼女が本気だということだけ。


「私を恨んでくれて構わない。あの人たちを殺したとき、覚悟したから。忘れるなと言われたから」


 彼女は一歩私に近づき、私の返答も聞かずにそう続けた。まるで、決定事項のように。


 ――ふざけんな。


 私は足元に落ちていた石を自分の目に突きつけ、声を上げた。


「止まって!」

「……なんのつもり?」

「それ以上近づくとこの目をつぶすから!」


 ずっと自分の目で世界を見ることを夢見てた。それが叶ったのは、確かにこの人のおかげ。でもだからって勝手に目を貰うなんて、納得できるわけない。

 この目で見たい世界がある。この目で見たい()がいる。


「あっちにずっと行くと、マーゼって町があるの。そこに……弟がいる。弟に会わせて。そうしたら、この目だってあげる!」


 東の方を指さしながらそう宣言し、じっと彼女を見つめる。彼女は考えるそぶりを見せることもなく、私を見つめ返していた。


 ……ダメだった、のかな。この子は私の村を簡単に壊した子だ。無理やり私を従わせるのも、何なら殺すのだって一声でできるに違いない。

 予感する衝撃や痛みに備えて、ぎゅっと目をつぶる。


 でもそれは、一向に私を襲ってこなかった。


「あ、あれ?」


 恐る恐る目を開けると、私に背を向けた彼女が振り向いてこちらを見ていた。


「どうしたの?」

「へ……?」

「行くんでしょ? 女の子との旅は初めてだから、楽しみ。フンフン」


 彼女はさっきまでと同じような顔でそんなことを口にした。しかも無表情のまま鼻息荒くしてスキップしてるし。


「じゃあ、いこっか」

「いくって――わっ!」


 彼女が人差し指をピンと立てると、私の体がふわりと浮く。魔法をかけられた、そう自覚し彼女を見ると、私と同じように浮いたまま、私がさっき指さした方角――その斜め上の空を見ていた。


 ふと、嫌な想像が頭をよぎる。


「ね、ねえ、なにするつもり……?」

「マーゼはあっちにあるって言った。こうすれば早い。一直線」


 そう彼女は、ふふんと無表情のまま胸を張った。

 いや嘘でしょ……?


「ちょっとあんた待――」

「ポン」


 私が止める間もなくピッと彼女が指を振れば、射出されたみたいに私と彼女は勢いよく空に打ち出された。


「なんでよぉぉおおお!!」


 私にとっての初めての世界は、かなりバカらしい。

 そんなことを、薄れつつある意識の下で考える。


 これが私、マルナ・トラーダと、のちに魔王と呼ばれる少女――シリアの短い旅の始まりだった。


◆瞳の章~マルナ・トラーダ~◆

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