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ゴダール共和国陸軍第1特別歩兵連隊アスミタ戦役史

 ゴダール共和国はアスミタ地方を巡るトスケール帝国との長引く戦乱により、徴兵できるまともな国民が払底してしまっていた。

 このような状況を打開すべく共和国軍は、「カテゴリー5」と呼ばれる義務教育すら受けていない質の悪い国民を兵とする策を実行した。

 その様な状況で誕生した第1特別歩兵連隊第1中隊を率いるゼニス=ケニスター大尉は、中隊を率いて戦功を上げようとするが、部下は怪盗、ギャング、マッドサイエンティスト等一癖も二癖もある者ばかりで、中々戦果をあげることが出来ない。また、彼らはその国のシステムから爪はじきにされた生まれ育ちのために、国を守るために命を懸けるという思いが全くないのであった。

 だが、最前線付近の辺境の村に派遣され、そこの村人たちと交流を深めていくうちに、彼等の心境に変化が――。

「504高地確保! 信号打ち上げ! 連隊旗と国旗を掲げろ!」

 ゴダール共和国軍(きょうわこくぐん)の陸軍大尉(たいい)、ゼニス=ケニスターは良く通る声で、矢継ぎ早に命令を下した。

 ゼニス大尉の率いる第1特別歩兵連隊第1中隊は、敵対するトスケール帝国第31師団主力の後方の要点を確保したばかりだ。504高地は、敵の補給線を断ち切り前線の動きをはっきりと見渡せる重要な場所である。最早勝負は決したも同然だ。また、退却の経路でもあるので、壊滅させる事だって夢ではない。

(どうだ俺の中隊の戦果は。カテゴリー5だとか馬鹿にしてた奴ら、ざまあみろってんだ)

 ゼニス大尉は確保したばかりの504高地を見回りながら、内心快哉を叫んでいた。

 カテゴリー5とは、ゴダール共和国軍における兵の素養による区分である。

 カテゴリー1は、大学院卒業相当

 カテゴリー2は、大学卒業相当

 カテゴリー3は、高校卒業相当

 カテゴリー4は、中学卒業相当

 以上が規則に定められた区分である。共和国は中学校卒業までが義務教育であるため、これよりも下のカテゴリーは存在しない。

 というのは、開戦前の状況である。

 あまねく国民が義務教育を受けているというのは建前だ。スラム街に住まう者達は、生まれた時から国の管理を受けていない。そのため教育など受けた事の無い者達が大勢いる。

 更に、その様な区域には犯罪などの事情で流れ着いた者もおり、これまた国の管理外の存在だ。彼らに学歴など無いに等しい。

 この様な「国民としての自覚に乏しい」、「学歴がなく素養が低い」者達は、本来兵役の対象外であった。しかし、長らく続く戦争の影響で兵に適した年齢の男達は消費し尽くされてしまった。故に兵役対象が拡大され、彼らの様な存在が兵になったのだ。

 そして、本来の規則上のカテゴリーに含まれない彼らは、「カテゴリー5」と呼ばれているのだ。

 カテゴリー規則自体は変わっていないため、「カテゴリー5」というのは俗称というか蔑称である。

 ゼニス大尉は周囲からのその様な視線や陰口に耐え、率いる中隊を鍛え上げ、今日の戦功を上げたのだ。もう「カテゴリー5」などとは呼ばせない。

(まあ、奴らが馬鹿にしたくなる気持ちも、分からないではない)

 ゼニス大尉は、とある「やらかし」によりこの厄介極まる部隊の指揮を任されているが、元は普通に士官学校を出た将校だ。普通の軍人たちの考えも分かる。

 第1特別歩兵連隊は、4つの中隊で編成されている。

 しかし、

 第2中隊の兵は、武器と給金を持ってトンズラ

 第3中隊の兵は、大半が麻薬中毒者

 第4中隊の兵は、そもそも集める事自体に失敗

 ……これはひどい。

 この様な惨状であるため、連隊といいつつ戦力は第1中隊だけなのだ。常識的な軍隊ではありえない。「凍夜の革命」の建軍以来、この様な惨憺たるありさまの部隊などゴダール共和国軍に存在した事は無く、軍の誇りに泥を塗っていると非難されても仕方がなかろう。

 噂では新部隊創設の発案者は最前線にとばされたとか。

 だが、そんな部隊でもゼニス大尉にとって兵達はかわいい部下だ。彼等とは家族の様な友誼(ゆうぎ)を結び、一致団結して戦わねばならない。

 例えその部下達が、犯罪者の類だったりしてもだ。

 もっとも、酷い経歴の者はごく一部、大半の者は国の政策から爪はじきにされた不幸な者達だ。訓練により、教育を受けてきた一般の兵達と同様に戦う事は可能で、社会復帰にもつながるとゼニス大尉は考えている。

 そのために、ゼニス大尉は厳しい戦闘訓練を部下に課してきたし、戦術も試行錯誤してきた。

 この時代、各国の軍の主な戦法は、密集した陣形を組んで敵に接近して近距離から小銃によって射撃する「戦列歩兵(せんれつほへい)」と呼ばれるものである。密集せねば命令を末端まで徹底するのは難しいし、未だ命中精度の低い小銃で有効な火力を発揮するには、狭い空間で一斉射撃するしかないからだ。

 しかし、この戦法は迅速な機動には向かず、近年発達が目覚ましい大砲によってまとめて吹き飛ばされてしまう危険がある。

 それにこの戦法で実力を発揮するには、部隊としての長年の訓練が必要なのだ。これは新兵揃いの特殊連隊の隊員達には全く足りていない。普通の部隊にも新兵はかなりの割合で存在する。しかし、そんな者達でもそれまで部隊でやって来た熟練兵達と混じって訓練を乗り越える事で、戦力を発揮するようになるのだ。部隊の伝統の力と言っても良い。

 当然ながら伝統なぞ新たに急増されたゼニス大尉の部隊には皆無である。本来は部隊新編時には中核となる熟練兵が充てられるが、皆こんな部隊への転属を断固拒否したのだ。結果、伝統によらない戦い方を模索する必要に迫られたのだ。

 密集隊形が無理なら、やるべき事は一つである。密集の反対――散開だ。

 ゼニス大尉は部下達を小さなグループに分け、それぞれが距離をとって戦う事を徹底した。それもなるべく隠密にだ。

 この作戦は当たった。

 この504高地の周辺を巡る会戦で、共和国軍主力は一進一退の攻防を繰り広げていた。敵も中々の精鋭でこれを突破するのには時間を要するはずだった。しかし、小部隊で散開し、小さな窪みや茂みを通り抜けてきたゼニス大尉の中隊は、あっさりと敵の背後に回り込み、瞬く間に占領してしまったのだ。

 決戦においては、なるべく兵を塊にするのが有利であるとの、この時代の軍事関係者の常識の盲点をついた戦法であった。

 これを可能にしたのは、「カテゴリー5」と判断された兵達の経歴が関係していた。

 普通の兵隊は、指揮官から離れると判断基準を失ってしまう。これは学歴などは関係なく、軍の本質的なものだ。指揮官の声の届く所よりも遠くで作戦を遂行させるのは困難である。

 しかし、「カテゴリー5」の兵達は、劣悪な環境で命を繋いできた者達だ。そこでは自分の意志で判断し、行動出来ない者は生き残る事は出来はしない。むしろ単独行動した方が生き生きとしているほどだ。

 それに、彼等の中には特異な戦闘技術を持つ者がいて、これも隠密な作戦の成功に役立った。

(この成功があれば、同じ様な部隊を育て、更なる戦果が見込めるかもしれないぞ。そうなれば俺は、アレッサンドロ将軍やフレグ・ハーンの様な英雄たちの様に、戦いの歴史に名を残すかもしれん)

 ゼニス大尉は自らの栄光を予感して、一人ほくそ笑んだ。

 そんな時だった。504高地のどこかで爆音が響き、土煙がもうもうと巻き起こった。

「ちっ、奪還しに来るか? 意外と判断が早かったな。だが……」

 ゼニス大尉の判断では、敵が504高地に向けられる勢力は限られている。そのため、第1中隊が守りを固めれば易々と破られることはない。そして、時間を浪費している間に挟み撃ちにされた敵は壊滅するだろう。また、504高地奪還部隊の勢力を多くするのは問題外だ。それだけの勢力を前線から割けば、その分早期に前線は瓦解してしまうので、結局は敗北しかありえない。

「つまり、我らがこの高地をとった時点で、お前らは『チェックメイト」って訳だ」

 今の部隊配置を見れば、どんなボンクラ士官だってこの位のことは一瞬で理解出来る。それだけの優位に立っていた。

 だが、

「とっとと逃げっゾー!」

「ヤバヤバヤバい」

 ゼニス大尉が次の瞬間目にしたのは、悲鳴を上げて退却する部下達の姿であった。

「オイコラ、待たんか!」

「あ、たいちょ、お先に失礼します!」

 ゼニス大尉は怒号を上げるが、それで引き返す者は誰もいない。

「あと30分だ。30分持ちこたえれば、勝てるんだ!」

「いやいや、無理っすよ。さっさと逃げましょ」

 第1小隊長のトム少尉が逃げながら、ゼニス大尉に声をかけた。彼は元窃盗団の頭目と言う事で、危険に対してすぐに逃げる癖がある。

「おお、ゲオルグ少尉! 今すぐ持ち場に戻るんだ。日頃の根性を見せてくれ」

 第2小隊長のゲオルグ少尉は、元ギャングの幹部である。彼は子分を引き連れて軍に参加しており、元々の渡世で磨いた戦闘力や根性は折り紙付きで、ゼニス大尉も信頼を寄せている。

「大将、このゲオルグ、仲間のためにならいくらでも命を懸けられやすが、こんな所じゃあねえ」

 ゲオルグ少尉の所属していたギャング団は仁義を大事にする組織で、スラム街の弱者を守って政府に楯突いていたという。その様に気骨のある彼であるが、この戦場に同じような意義は見出せなかった様だ。

「ああ……私の研究成果さえあれば、この高地ごと押し寄せる敵を壊滅出来たものを……」

 第3小隊長のジェシカ少尉がすぐ近くで嘆いていた。彼女は元は優秀な研究者であるが実験の失敗で研究棟ごと吹き飛ばした経験があるため、今の発言は単なる与太話とは言い切れない。

「いや、そんな危ないもんは、そうそう使えんだろ」

 爆発物を使用した兵器は徐々に広まっているが、それは部隊として統制して使用するべきだ。そうでなければ味方を巻き込んでしまう。決して個人的な欲求で使用するものではない。


 結局、504高地は敵に奪還されてしまった。

 そして、ゼニス大尉の読み通り、奪還に兵力を割いてしまった敵軍の前線は崩壊し、会戦自体はゴダール共和国軍の勝利で終わった。ただ、敵の退路を断つことが出来なかったため、戦局がそれほど有利になったわけではない。

 この戦いでの功績で、軍内での地位を高めようとするゼニス大尉の目論見は潰え去り、第1特別歩兵連隊は命令なく撤退したと言う事で当初の戦果は忘れ去られた。

 この時は、第1特別歩兵連隊がこの戦役の行方を左右する部隊になるとは、誰も知らないのであった。

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