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優しい世界で生きていく

ここはどこ?から始まったいきなりの異世界転移。手元に水や食料など持たず靴さえ履いていない状態で太一郎は転移してしまった。

徐々に広かる結界のような壁の中で生きるすべをみいだそうとあがく。そしてそこに生まれた小さな命とともにこの世界を広げながら生きていく。

 …すこ …は …の …かん …ろ


 何か聞こえた気がした。






 は? ここどこだ?


 気がついたら見知らぬところにいる。

 なんでこんなところにいるんだ?

 どう見てもここ外だよな?

 なんでオレは座り込んでいるんだ?

 見上げると青い空がある。

 なんでだ?



 頭の中がハテナでうまっていく。


 自分の名前は?

 藤野太一郎。

 良し、名前は覚えている。

 年齢は31歳。

 良し、歳も覚えている。




 最後の記憶は?


 確か会社で仕事をしていた。

 ああここ数年仕事しかしていないからそれは間違いない。

 仕事が終わらなくて会社で寝ることも少なくなかった。

 家なんて寝るためにたまに戻る程度。

 良くて外食、だいたいはコンビニの弁当ぐらいしか食べてない毎日。


 あー、覚えている最後はコンビニおむすびを片手に画面を見続けていたな。どうにもこうにも、各部所から入るメールの予算購入金額があわなくて上半期の実績と照らし合わせていたところ。

 外部委託費が膨れ上がったんで原因とその理由の突き合わせで各所に問い合わせて……まあ、なかなか返事が返ってこないやら、誤魔化しが発覚やら休養者が出たりだとか。

 リモート業務が原因なのかもしれない、会社で業務にあたる人を増やして欲しいと本部に掛け合ったりして。

 だがそんな配置も急には無理で、仕方なく一人で事務所のパソコンと睨めっこ。

 そんな状態だったはず。




 なんで今こんなところにいるのだろう。




 周りをぐるりと見渡しても見えるものは土、草、木、空。

 座り込んでいる尻の下は草の生えている土の上。

 濡れていなくて重畳。違う。そうじゃない。

 辺り一面草が生えている野原?

 かなり離れたところから木があるようだ。あのあたりから林が始まるのかもしれない。

 高低差があるなら山だと思うところだ。

 見える限りは平地だけど。


 何度もなぜだと考えるが答えは出ない。


 見渡して、足元を見て、また周囲を見る。


 何度か繰り返して、ふと気づいた。

 食事はどうしたらいいんだろう。

 いやそれより飲み物は?

 水は?

 どうすれば。

 一度寝たら夢だったどいうオチはないだろうか。


 考えてたら喉が渇いた気がする。

 とりあえず動いてみるか。

 何か見つかるかもしれないし。

 焦ることのない自分に違和感は感じているが、たぶんそれどころではないと本能がいっているのだと思うことにする。




 本当にそれどころではなかったようだ。立ち上がってから気づいた。靴を履いていない。裸足だ。

 シャツは着ている。白い胸にポケットのついたTシャツ。ズボンはいつもはいていたスーツの片割れ……

 上着、いやワイシャツも靴下さえ履いていない?


 手を胸にあて尻にあて、ズボンのポケットを探るも何も持っていない。ボールペンやスマホどころか、ハンカチ一つない。


 はぁ?

 スマホがない?!

 常に持っているものだろう?

 傍から離したことはほぼない筈だ。

 

 あれ?

 どうすればいいんだ?

 何をすれば。

 ここにきて慌てている自分に笑う。

 慌てるのがスマホかよと。


 慌てても何も起きない深呼吸するんだ。

 吸ってー吐いてー吸ってー吐いてーふう。


 落ち着け。まず何からすればいいんだ?


 と、とりあえず水だ。

 そうだ水を探そう。



 足元は草原(くさはら)だ。そうそう怪我をすることもないだろう。

 そうしてオレは歩き始めた。

 でも二三歩で分かった。考えが甘かった。

 靴も靴下も履いていないこの素足じゃただ痛いだけだった。

 草と思って油断していたのだ。よく見れば今いる辺りは整備されていないと思われる土地。

 枯れた草は結構足裏に突き刺さる。小石も尖ったりしているのか踏むとチクリとした痛みがくる。

 痛いのは嫌だな。



 アイタっ! 額を何かにっぶつけたようだ。前屈みに歩いていたからか……

 不意に何らかの壁に突き当たったようだ。そこから先には進めない。

 まだ数メートルも動いてないぞ?

 手をその壁らしき物に這わせる。ペタペタと。

 他から見ればパントマイムをしているように見えるだろうか。


 なんだこれ?

 見渡せるのに先に進めないガラスのようでそうではない壁。

 温度も触感もない壁。

 だが下も手が届く限りの上も見えない壁が存在した。


 その壁に沿って歩く。足に起きる小さな痛みはこのさい無視だ。

 右手で壁に触れて歩く。まっすぐに歩いているつもりでいたが後ろを振り向いて気づく。

 足で踏んだ草がそれを示していた。


 元々いた所から真っすぐ二三メートル。そこから円形になるように歩いた後かある。円形が分かるのもそれが半円を描いていたからだ。

 不安になるがとりあえず歩く。

 そして予想通りに円を草の上の足跡が描いていた。直径五六メートルの円。

 ここから出られないのか!

 まさか!


 触れる壁を上も下もべたべたと探る。

 ぐるぐる何度もまわりながら上下に出られる隙間はないか探した。

 結果、わかったのは出られる場所はないということだけだった。


 動き回ったせいか喉が渇いた気がする。

 足跡で示される範囲には、草と土と小石しかない。

 昔読んだ本に小石を口に含んでいると喉の渇きが抑えられると書いてあった。

 だが足元に落ちている石を洗わずに口に含む勇気はない。

 この草には水が含まれているだろうか。

 いやこれに毒がないとは限らない。


 どうしよう。

 オレはこのまま、この半径五六メートルの草の上で飢えて渇いて死ぬのだろうか。



 不意に目の前が暗くなり意識が暗転していく。

 倒れたら痛いかもしれ……






 気づいたら真っ暗だった。

 多分上向きで寝転んでいるオレ。

 目を開けても何も見えない。漆黒の闇。

 いや、遠く空に光の瞬きが見える。あれは星の光だろうか。

 あれから何時間たったのだろうか。

 暗くて辺りは何も見えない。


 これは夢だろうか。そうに違いない。

 何も見えないから判断はできないが。

 きっと夢なんだ。


 そういえば喉の渇きは無くなっている。

 死んだのか?

 オレは死んだから何も感じないのか。

 ではなぜ考えていられるのだろうか。


 ふと手を伸ばしてみる。

 おかしい。倒れた時は壁のそばだったはず。それが何も触れない。ちゃんと前の事を覚えている。これは続きか?


 不意に風を感じた。

 音が聞こえる。

 これは風が鳴らす音か? ざわざわと草がこすれる音。ヒューと風が舞う音。


 身体を起こして座る。

 だが周りを見回しても闇の中で何も見えない。

 明かりがないから自分の手すら見えない。

 遠くで何かの鳴き声がする。わからない。何も出来ない。動くことすらこんな真っ暗では無理だ。

 手が座っているそばの草を掴む。引っ張るとちぎれた。

 草の青臭い匂いがした。


 臭いがした……

 音が聞こえた……


 さっきまで感じる事が出来なかったのに。


 何がどうなっているんだ?

 いったい何が起こっているんだ?


 オレはどうなるんだ?


 そのまま眠ることも出来ずに陽が上るのを見た気がした。

 だが光が見えると感じた時には目の前が暗転していた。





 喉が渇いた。目が覚めたとたんにそれを感じた。

 我慢ができないくらいカラカラだ。

 周りを見渡すとやはりの野原にいる。

 いったいどこなんだ。

 のどがかわいた。

 なんでこんなことに。

 フラフラで立ち上がるのもキツイが、少しでも遠くを見たくて立ち上がる。

 木が生え始めている辺りで何かが反射したのが見えた気がする。

 あそこまでどれ位距離があるのだろう。

 光を反射したのは水かもしれない。そう思うと足が進み始める。


 どれくらい歩いたのだろうか。フラフラになりながら光を目指して歩く。

 そして忘れていた壁の存在がオレを阻んだ。

 あと少し、あと少しで木のそばにたどり着く。あそこまで行けば水があるはずなんだ。

 なんで、なんでなんだぁ。

 そうして記憶はとざされた。




 何度も何度も乾きと飢えに苛まされながら、足掻いては気を失う。何日たったのか。既に分からない。

 おかしな事に足がもつれて転んで怪我をしたり生えている草を食んで苦しんだりしたが、目が覚めると怪我は治っているし腹を下すことも無い。


 少しずつ歩くことの出来る範囲は広がっていった。


 そうして目の前に川が見えた。


 水があるんだ、だけどいつもの壁に阻まれて手紙伸ばせない。

 そこに!!!


 壁を叩いてみたが無理だったし、爪で土を掘ろうとしたが突き刺さりもしない。その向こうに行きたい。行きたいんだーっと声をだしたつもりだった。

 声は出なかった。かわりに自分の声じゃない、知らない声が響いた。



 ────キミは生きていきたいのかい?────


 そりゃそうだよ!!


 ────食べることも眠ることも疎かにして────


 そんな事はない。ちゃんと食べてたよ!


 ────心配する声は無視していたのに?────


 ……無視していたわけじゃない。仕事が忙しかったんだ。


 ─────この声を聞いてもかい?─────


 こんなに痩せて。ご飯も休憩も取ってるって言ってたじゃない。どうしてこんな姿に。

 ああ、これは母の声だ。


 たまには飲もうぜって言ったじゃないか。

 親友の声……




 オレは死んでしまったのか。

 みんなごめん。


 本当にごめん。

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