第092話 エリー王女とジェルミア王子
レイの目に飛び込んで来たのはエリー王女だった。
輝くオーラを身に纏うエリー王女は、会場内すべての人達を釘付けにし、美しさと愛らしさで皆が息を飲んでいた。
かつてはあれほどに近くに感じていたエリー王女が、今は物凄く遠い。心臓は嫌な音をたて、レイは思わず目を背けてしまった。
あの場所にはもう行けない……。
その時、目の前に立つハーネイスの手が震えていることに気がついた。表情を確認しようとレイは少し横に移動する。すると直ぐにハーネイスの握り締めた手が解かれ、笑顔が作られた。
「サイラス、挨拶に行こう」
「はい……」
ハーネイスとサイラスはゆっくりとエリー王女に近づく。
「エリー様、お久しぶりですね。お誕生日以来ですから四ヶ月ぶりでしょうか」
「ハーネイス様。本日は足をお運びいただきましてありがとうございます」
エリー王女は花開くような笑顔で応えた。とても仲の良い叔母と姪のように会話が弾んでいく。
「サイラス様もありがとうございます」
「色々と噂は聞いているよ。悪意を持つものは見えにくいから気をつけて。では私はこれで……」
サイラスは直ぐにその場を離れた。
「気を悪くしないでくださいね。こういう場はあまり好きじゃないみたいで」
「いえ、お会い出来ただけでも大変嬉しいですので」
「そう。レナ様のようにお優しいですわね。その笑顔も何もかも似ています」
「母に……。あの、ありがとうございます」
エリー王女は嬉しそうに頬を染める。
「ふふふ、あまりエリー様を独占しては他の人に申し訳ないわね。それでは、私も失礼いたします」
「はい、後でまた私からご挨拶に伺います」
ハーネイスは固まった笑顔のまま人ごみの中に消えていった。
レイは直ぐ近くでアランが気を張っているため、気配を消して静かに後に続く。
前を歩くハーネイスからはピリピリとした空気が流れてきた。まるで怒りで空気が震えているようだ。
◇
ダンスの時間。
最初に踊るのはエリー王女とジェルミア王子であった。腕を組み中央まで歩みを進め向かい合う。ぐっと体を寄せ合うと音楽が奏でられた。優しい音楽の中、流れるように踊る二人。
絵になる二人の姿に一同が感嘆の声を漏らす。
「最近、あのお二人は毎日仲睦まじく一緒に過ごしているらしいですわ」
「もしかしたら、エリー王女はあの方に決められるかも知れませんね」
「噂では決められたとも聞きましたよ」
「ジェルミア様でしたら何も迷うことはないですものね。とてもお似合いだわ」
ひそひそと話し声がレイの耳に入ってくる。確かにお似合いだ。二人を見つめ、そう思うとレイの胸は切り裂かれたように痛んだ。
あれから今までに一体何があったのだろう。
見詰め合う二人の間には以前のような距離を感じなかった。
ドクドクと心臓が勝手に早足で駆ける。
「エリー様って思っていた以上に美しいね。……あれ、シリル。顔色が良くない。大丈夫?」
どんな表情でみていたのだろう。心配したギルが顔を覗き込んでくる。だけどそれに応える気にはなれず、ハーネイスへ視線を移した。表情には変化がないが、手が微かに震えている。
もしも、ハーネイス様がサイラス様を王としたいと考えているのなら、ジェルミア様との婚姻が進むのは快く思わないだろう。
「ジェルミア様と……」
二人が結婚することを想像してしまい、闇に放り投げられたような気持ちになってしまった。取り残されたような不安が襲ってくる。
今すぐ駆け出してエリー王女を奪い返したかった。
「シリル、本当に大丈夫?」
「いや……うん。大丈夫」
込み上げてくる涙を堪え笑顔を作ったが、ギルの表情は固かった。
「無理……しないで」
ギルがレイの肩を叩き、困ったように笑った。
その時、ハーネイスからお呼びが掛かる。
「帰る。馬車の用意を」
「はい、では私が」
ギルが素早く外に駆けて行った。
このような華やかな場所を好むハーネイスがもう帰るとは珍しい。よほどこの場所に居たくないということである。
レイもあまりここには長く居たくないと思っていたため、正直ほっとした。
振り返ると、エリー王女が楽しそうにダンスを踊っている姿が見える。
「これでいい……」
レイは自分に言い聞かせるように小さく呟いた。




