ボーイッシュなヅカさんは「可愛い俺」が好きだけど、俺は「カワイイ」を卒業したい。
青谷恵は、中性的な容姿のため、度重なる姉や妹による女装の押しつけにうんざりしていた。恵は逃げるように実家から遠方の私立高校に入学する。
しかし、恵は一人暮らしの条件として、ある条件を課される。
その条件とは、親戚が経営する女性向けファッションブランドのショップ店員のバイトを女装をして行うこと。
開放感に浸る恵にとって、ショップでの女装は苦ではない。
しかし、恵をカワイイと連呼し、外見しか気にしない客に次第にうんざりとしていく。
そんな時、ボーイッシュな女の子が客としてやって来て、恵を見て「可愛くなりたい」と訴えた。
彼女は高塚怜。恵が入学した高校では女生徒からも人気があり「ヅカ様」とか「ヅカさん」と呼ばれていた。
そんなヅカさんに、自分は男だとカミングアウトする恵だったが……。
とある街角のアパレルショップ。
高校生になったばかりの俺、青谷恵は——女装をして店員のバイトをしている。
このお店が扱っているブランドは十代後半からから二十代の女性がターゲットだ。
「ふぅ」
俺はスカートの裾をつまんで持ち上げた。
開放感があるのはいいけど、もし中を覗かれたら……ゾッとする。
——しかし……俺が女装すると売上が跳ねるなんて。
女装をした俺を、お客さんはカワイイと言う。
俺の顔立ちは中性的で、声も男にしては高く違和感がないらしい。
長い髪も、細い身体も、少し低めの身長も……全て女装に役に立っている。
俺が着ている服は特によく売れた。
みんなが口を揃えてカワイイのが良いという。
服で変わる程度の外見の変化で、自分をよく見せようという人を深く信用できない。
女性がいつもしている外見への多大な努力は、内面に向けたほうがよっぽどいいのに。
さっきのお客さんも俺をカワイイと言い、服を買っていった。
カワイイ? 俺が? 中身男だよ?
カランカラン。
店の入り口のドアが開き、ドアベルを揺らした。
お客さんだ。
スカートをたくしあげていた俺は、慌てて振り返り営業スマイルをつくる。
「いらっしゃいませ」
入店したのはショートカットで、一瞬男かな? と迷うような容姿。
でも、女性向けのショップでバイトをし、女装までしている俺に隙はない。
女の子だ。その差は腰回りに現れる。
顔立ちは凜々しく、切れ長の目が印象的。
服装は無地でやや大きめのパーカーとデニムパンツで至ってシンプル。ここのブランドとは対照的だ。
「あ。こ、こんばんは」
あまりこういうお店に慣れてないのだろう。キョロキョロしつつ、ぎこちなく挨拶をする女の子。
だけど、俺の姿を見ると急に前のめりになって駆け寄ってきた。
な、なんだ?
「わぁー。とても可愛いです!」
女の子は興奮したのか俺の両手をつかみ、ぶんぶんと上下に振る。
距離感おかしくない?
「お、お客様は、どういったご洋服を——」
「私ね、このお店の前を通るたびにずっと憧れていて……
店員さんみたいに可愛いくなりたくて、そういう服を着てみたいけど……その、私に似合うのかなって」
彼女はスレンダーでも決して貧相ではない。
身長は少し高めだけど服選びに影響しない程度。
平均より低い俺より、背は高い。
「お客様ならどんな洋服でもお似合いになると思います」
俺は、ここだ! と、とびきりの営業スマイルをつくってみた。
だいたい、これで購入確率が80%くらいになる。
「ああっ……か、可愛い……!」
勝った。チョロい。これで一着は買ってくれるだろう。
「カワイイですよね。このブランド、わたくしも大好きで——」
「可愛いのは店員さんです!」
「んっ?」
「あ、あの……初対面でこういうこと言うのはどうかと思うのですが、ぎゅっとしていいですか?」
ぎゅっ?
さっき手を握られたことだし、今さら構わないけど。
「ええ……まあ」
「やったぁ! いいんですね!? ……じゃあ、失礼して」
ぱあっと顔が明るくなったと思うと、その子は俺の背中に手を回し抱きよせて、「ぎゅっ」とした。
彼女の見た目以上に柔らかい身体の感触。
心地いい柑橘系の香りが俺を包む。
「……おっ、お客様っ?」
「ああ、こんなに可愛らしいのに、芯があって——」
……その芯とやらは、俺が男の骨格をしているからじゃないのか?
「——可愛いい」
ぎゅっと、どんどん俺を抱く力が増していく。
彼女の体温と鼓動が伝わってくる。
その心音は、とくん、とくんと少しだけ高鳴っていて、俺の鼓動もつられて速くなっていく——。
「あ、あの、お客様ッ!」
家族ならともかく、初めて会う女の子から抱きしめられるという経験はない……心臓の高鳴りに耐えきれず、俺はつい叫んでしまった。
俺にやわらかいものを押し当てていた力が弱くなり、彼女の鼓動が遠ざかっていく。
「……って私……ごめんなさい! 無我夢中になってしまって——顔を赤くされて……大丈夫ですか?」
「い、いえ大丈夫です」
女の子の声が急に萎れるような声になっていく。
「あの、本当に……ごめんなさい……また来ますっ!」
彼女は深々と頭を下げたと思うと、脱兎のごとく駆け出し店を去って行った。
「お、お客様ぁーー!」
逃げられてしまった。
く、悔しい……。
☆☆☆☆☆
翌日。
俺は入学したばかりの高校に登校する。
先日入学式を終えており、今日から授業開始だ。
ここで、俺は彼女に再会することになる——。
中高一貫の私立高校。
男女別の制服ではあるけど、女子がスラックスを、男子がスカートを履いてもいい規則になっている。男子はネクタイをし、女子は胸元にリボン付けるのだけど、これも自由に選べる。
いわゆるジェンダーレスというやつ。
当然、俺は男子用の制服着て登校する。当たり前のことだけど、これは、やっと手に入れた自由なのだ。
——俺は過酷な過去を思い出す。
「あら、今日はブラウスを着て登校しないの?」
「このあたしの服、あんた着てみなさい。きっと似合うわ。え、いらない? 遠慮しなくても良いから! ほら、ほら!!」
毎朝女装しろと俺に言い寄る姉三人+妹一人。
そんな悪魔から離れたくて、俺は実家から離れたこの高校に入学し一人暮らしを始めた。
一人暮らしの条件として親戚が経営する洋服店のバイトをしなくてはならない。
その洋服店のオーナーが俺に「女装して店頭に立ってみて」とノリノリで言ってきたのには驚いた。
俺は別に女装が好きなわけじゃない。
でも、実家にいたときと違い姉妹のおもちゃではなく、自分の利益になるから苦痛はない。
もっとも、女装がバレないように、とオーナーからは念を押されてはいる。
☆☆☆☆☆
教室で初めて顔合わせするクラスメートたち。
「おはよ」
隣の男子生徒が話しかけてきてくれたので、いろいろと情報交換をする。
彼は内部進学組らしい。
「青谷君ってこんな噂知ってる?」
「噂?」
「うん。この街のどこかに、男が女装して店員をやってる洋服店があるらしくって」
「グハッ……ゲホゲホッ」
「どうした?」
「い、いや、なんでもない……続けて」
「本当だったら面白いよね。それで見てみたいって話になって、何人かで探しているから、何か情報があったら僕に教えて」
「わ、わかった——」
俺のこと?
まさかな……今までお客さんに疑われたことはない。
ざわっ。
クラス内が騒然となった。教室に入ってきた生徒にみんなの視線が集まる。
かなりのイケメンで、その生徒の周りを女生徒が取り囲んでいく。
「おはよう」
「おはようございます。ヅカ様。今日も素敵ですね」
「いや、そんなことはないさ」
ヅカ様と呼ばれた生徒はひときわ目立つ容姿をしていた。
……切れ長の瞳、ベリーショート、整った顔立ち。
キャー!
いちいちそのイケメンが繰り出す言動に、クラスの女子たちが黄色い歓声を上げている。
中には赤面している女生徒もいる。
「静かにしてくれると助かる」
このイケメンは男……ではない。
先日バイト先に来た、俺をカワイイと抱き締て逃げていった女の子。
スラックスとネクタイ、そして顔の整え方や口調。
店に来た時より強く男を装っているけど、あの女の子だ。間違いない。
「青谷君、あの人は内部進学組の高塚怜さんだよ。俺たちはヅカさんって呼んでる。ああ見えて女の子だ」
——知ってる。
ヅカさん、か。
視線を感じて顔を上げると、ヅカさんと目が合ってしまった。
その一瞬で、今までポーカーフェイスだった彼女の表情が一変する。
「あっ……あの洋風店にいた——」
ヅカさんの声がうわずる。
お店で聞いた、カワイイに憧れる女の子の声だ。
顔がみるみるうちに赤くなっていき、ヅカさんは隠すようにして顔を両手で覆う。
「あの、ヅカ様? どうされました?」
「い、いや……ちょっと用事があるので失礼する」
ヅカさんは取り巻きの女の子を置いたまま、俺のほうにやってくる。
一体何だ?
俺の手を取ると、ヅカさんは強引に引っ張り歩き始める。
「ちょっと来て……くれませんかっ」
最後の方は消え入りそうな声になっていた。
彼女の意外な行動に、クラス中がざわっとして俺たちに視線が集まる。
「ちょ、一体何ですか」
「……い、いいから!」
ヅカさんは俺を引きずるようにして……どんどん歩いて行く。
その行き先は、旧校舎だった。
部室として使われているらしい。
ひとけのない教室に着くとすぐにヅカさんは俺に言い寄る。
「あの……あなた……あの時の店員さんですよね」
「は、はあ」
「やっぱり!」
途端にぱあっと顔が明るくなるヅカさん。
今の男子向けの制服や、凜々しい姿から想像できない笑顔……女の子のそれだ。
「でも……あの時の私のこと、忘れてくださいっ」
「へ?」
「それと……どうやったら、あんなに可愛くなれるのですか? 今は男の子にも見えるのに、私と違って可愛くなれるのすごいです」
どうせバレるだろうしカミングアウトする。
「俺、男なんだけど」
「えっ……もしかしてと思ったけど……男の……娘?」
「まあ」
「…………好き!」
俺は猛烈に感激されてしまったのだった——。





