黒猫になった魔女と子どもになった元王子は不処カフェで宝石を待つ
どこにでもあって、どこにもない。そこへ行くには黒猫の案内が必要。裏路地を抜けた先にある、古い洋館を改装したカフェ。
ドアベルとともに出迎えるのは、ひと癖ある幼いマスター。
メニューはなく、幼いマスターが提供する一杯を飲んだら本題へ。
このカフェにやってくる人はみな共通点がある。
それは盗んでほしいモノがあること。
本日の客の依頼。それは、街に広がる死の噂を盗んでほしい。
「私はこの洋館の主、ヨミ。あなたの望むモノを盗んであげましょう。少しの対価と引き換えに、ね」
その依頼を受けるのは……黒猫?
黒猫になった甦りの魔女と、魔女と過ごした時間と記憶を失くし、子どもになった冷淡な元王子。すべては元に戻すため。過去を変えられるという宝石求め、今宵も盗んでみせましょう。
盗んで欲しいモノがあれば、そのカフェへ行ってごらん。どこにでもあって、どこにもない。古い洋館を改装したカフェ。
月のない夜。ふらりと現れた黒猫が案内してくれる。出迎えるのは、ひと癖ある幼いマスターと…………
さあ、どんなモノでも盗んでみせましょう――――――
波の音と潮の匂いが混じる、新月の夜。家々の灯りを避け、黒猫はとある裏路地を歩いていた。
漆黒の艷やかな毛並みに、丸い黄金の瞳。時々、振り返り何かを確認しながら足を進める。
裏路地を抜けた先。カフェの看板を下げた古い洋館。
黒猫は吸い込まれるように、カフェのドアの隣にある小さな出入り口を潜った。体に絡みついた海風が一瞬で消え、珈琲の香りに包まれる。
客がいない店内は、カウンター席と四人掛けの丸テーブルが二卓。白塗りの壁に、年代物の木枠で飾られた背の高い窓が並ぶ。
カウンターに立つ十歳ほどの少年が黒猫に声をかけた。
「おかえりなさい、ヨミ。今日は港街をお散歩ですか?」
年齢より大人びた笑顔とともに、濡羽色の黒髪が揺れる。マシュマロのように柔らかく甘そうな肌と小さな顔。端正な顔立ちで、可愛らしい印象。ただ、大きな青水晶の瞳は冷たく鋭い。
柔和な表情と声で誤魔化されそうだが、この少年の本質は目。腹黒な王家の中で強かに育った賜物だろう。
そう読み取った黒猫のヨミは無言で素通りし、カウンターの隅に寝転んだ。相手にされなかった少年が不満顔を作る。
「お土産話も無しですか?」
「白々しい」
ヨミは顔を背けた。
「ロイ。あなたは私の使い魔なんだから、私を通して外の様子は見えるでしょう?」
「おや、会話も大事だと思いませんか? 私は貴女のことを覚えていないのですよ?」
「私と出会ってからの時間と記憶、それに大量の魔力を対価にして、私を起こしたもの、ね。それで私の使い魔になってしまった上に、綺麗な銀髪が地味な黒髪になったし」
ヨミの嫌味に、ロイが苦笑する。
「そう言われても、私はその時の記憶はないので。今の自分に責任はありません」
「だから、開き直り過ぎ。それに、二十歳を超えた大人が十歳の子どもになったのよ。不便に決まっているわ」
ロイは自分の体に視線を落とした。足元には縮んだ背を補う踏み台。
「もう慣れました。それに、貴女との記憶以外はありますから、生活に問題はないです」
ハッキリと断言された言葉がヨミの胸に刺さる。まるで、自分との時間は必要ない、と言われているような……いや、それでいい。
ヨミは無言のまま目を閉じると、とどめの一撃が降ってきた。
「それに、猫になるよりマシです」
余計な一言にヨミが顔を上げて睨む。
「そもそも、誰のせいで猫に……んっ!?」
反論しようとしたヨミの前を白い羽根がかすめた。
(動いたらダメ!)
自制心よりも先に黒い手が動く。反射的に肉球が羽根を捕えた。
(あぁ!)
心の中で嘆く。そろりと視線を上げれば、したり顔のロイ。
「ほら、猫」
「ちがぁう!」
カラン。
店のドアベルの軽快な音に二人の会話が止まる。
ドアが開き、十代半ばほどの少女が慎重に顔を出した。警戒しているのか、キョロキョロと店内を確認する。
「あ、さっきの黒猫ちゃん」
ヨミを見つけた少女は安堵したが、次の瞬間、固まった。カウンター内のロイに少女が釘付けになる。
ロイは人当たりが良い笑顔を作り、慣れた様子で声をかけた。
「お好きな席へどうぞ」
「あ、はい……」
意識を引き戻された少女がヨミの近くのカウンター席に座る。
「どうぞ」
ロイは少女が注文する前にカップを差し出した。中身はホットミルク。
「え、あの……注文していないのですが」
「このカフェにメニューはないんです。ボクの気まぐれで提供しています」
ロイのはにかんだような笑顔に、少女の頬が可愛らしく染まる。その光景がヨミはなんとなく面白くなかった。
「ボク…………ねぇ」
無意識に漏れた声。
「え?」
突如聞こえた女性の声に少女が驚いて見回す。
ヨミは慌てて背を向け、すまし顔をした。しかし、尻尾は不満げに揺れ、耳はピクピクと背後を気にする。
首を傾げる少女にロイは声をかけた。
「どうかしました?」
「あ、い、いえ。空耳かな? いただきます」
少女がカップに口をつける。
「……おいしい」
ホットミルクの優しい味に少女は表情を緩めた。そこでロイが本題に入る。
「ところで、なにを盗んでほしいのですか?」
「え?」
「ここは、盗んでほしいものがある人が惹かれ、訪れるカフェ。物、者、モノ、なんでも盗みますよ」
心当たりがある少女は慌てて店内を見回した。
「もしかして、ここがあのカフェですか? 黒猫が道案内した先にある古い洋館のカフェ。その洋館の主に盗めないモノはない……っていう。あなたが主ですか?」
「いいえ。ボクはただの雇われ店長。主は別の人です」
「そう、ですか……」
少女は心細そうにカップを握りしめた。チラチラとロイに視線を向けながら、試すように尋ねる。
「あの……噂は? 噂は盗めますか?」
「噂?」
少女は顔を真っ赤にして狼狽えた。
「いや、あの、その……や、やっぱり無理ですよね! 忘れてください!」
「そんなことありませんよ。詳しく教えてください」
「そ、それなら……あの、呪いの噂って聞いたことあります?」
「呪い?」
少女が青い顔で俯く。
「はい。その呪いの噂の内容を聞くと、三日以内に死ぬって言われているんです」
「貴女はその噂の内容をご存知なんですか?」
「いえ。私は知らないのですが……」
重い沈黙。少しの葛藤の後、少女は意を決したように顔を上げた。
「妹が……妹が、二日前に聞いてしまったらしく……ものすごくナニかに怯えて。部屋に閉じこもっているのですが、時々叫び声とかして、心配で……」
「その噂を聞いて亡くなっている人はいますか?」
「……はい。妹にその噂を聞かせた人が今朝、亡くなりました」
ロイが眉間にシワを寄せる。
「偶然にしては、出来すぎたタイミングですね。警備兵は動いていないのですか?」
「たかが噂だって、まともに取り合ってくれなくて……だから、その、お願いします! 噂を盗んでください! 噂さえなくなれば妹は!」
窓が開いていない室内に乾いた風が吹いた。焦げた臭いとともに声が響く。
「いいわ。その噂、盗んであげる」
ヨミは欠伸をしながら体を伸ばすと、カウンターを蹴った。くるんと宙に舞った体が輝き、カタチを変えていく。
豊満な胸と下半身を包んだタイトな黒いドレス。引き締まった腰にはさり気なく黒のレースの飾り。
まっすぐ揃った長い黒髪。切れ長の目に、筋が通った高すぎない鼻。薔薇の香りが漂いそうな唇と端麗な顔。
存在が奇跡のような美女が少女の前に立つ。
ヨミは呆然としている少女の顎に白い指を添えた。
「私はこの洋館の主、ヨミ。あなたの望むモノを盗んであげましょう。少しの対価と引き換えに、ね」
妖艶に微笑むヨミの姿に、少女が心酔したように魅入る。
見つめ合う二人にロイの片眉が跳ねた。
「ごほん」
ロイの咳払いで少女が我に返る。
「ハッ! た、対価って、私そんなにお金は持っていな……って、それより、猫が! 猫が人に!? ぇえ!?」
騒ぐ少女の唇にヨミは人差し指を軽く当てた。
「落ち着いて。そんなに驚くことじゃないわ。このカフェでは、ね」
「は、はい……」
心地よい声に導かれるように少女が静かになる。
「いい子、ね」
ヨミは呆然としている少女の頭を優しく撫でた。そこにロイの冷えた声が刺さる。
「なぜ、わざわざ人に戻るのですか?」
「あら、これも契約の一つ。真の姿で話さないと」
「だからって、頭を撫でる必要があります?」
「撫でたらいけないの?」
ヨミは軽く首を傾げた。艶麗なのに無垢な少女のような仕草。ロイの機嫌がますます悪くなり、ブリザードが吹き荒れる。
そんな二人の様子に少女が。
「……ヤキモチ?」
指摘された瞬間。ロイの顔から余裕が消え、表情が崩れると同時に真っ赤になった。





