Amadeus code~二人の天才はゲームで人助けをするそうです~
フルダイブVRゲームが発展した現代。
世界大会十冠を成し遂げた天才高校生プロゲーマーの立華色は、とある少女にこう問いかけられた。
「私と一緒に、人助けをしないかい?」
その少女、鈴原天音が取り出したのは、『人の心をゲーム化する装置』――【Amadeus code】。
ゲーム化された人の心の中に入り込み、心の歪みを破壊し、心を正し、人を助ける。
人の心を変えるゲームを作り上げた鈴原は、立華にこう告げる。
「君の妹は病ではなく、このゲームによって廃人にされた」
立華の妹を助ける方法は、黒幕が持つ【Amadeus code】のログを辿り、数値化された妹の精神を掘り起こすことのみ。
「さあ、始めようか。最高に理不尽なゲーム(人助け)を!」
これは、たった一人の少女を救い出すために、ゲームによって巨悪に立ち向かう天才二人の物語。
大量の記者に囲まれ、立華は爽やかな笑顔を振りまいていた。
「僕が世界一位になれたのは、関わってくれた人の全員のおかげです」
視界が全て白で埋まるほどのフラッシュが焚かれる。
一人の記者が、身を乗り出して問いかけた。
「数多くの大会で優勝し、賞金の額も文字通り桁違いですが、使い道などは!」
「家族のために使いたいです」
端的に彼が答えると、他にも無造作に投げられる質問を遮って、司会が進行を始めた。
「それでは、質問はこれにて終了です! さあ、皆様! 十七歳でeスポーツ十冠を果たした天才プロゲーマー、立華色くんに大きな拍手を!」
豪雨のような拍手の中、立華は足早に裏へと消えていく。
立華が目的地へと向かう、その道中。
「やあやあ、世界大会十冠の天才くんは、人気者で大変だねぇ」
関係者以外立ち入り禁止の通路で、聞き覚えのない声が響く。
足を止めると、華奢な体に似合わぬ大きなリュックサックを背負った少女が壁にもたれかかって笑みを浮かべていた。
「ファンの出待ちにしては、声に緊張感も何もないように聞こえるけど」
「一応、君の実力に惹かれてここに来たから、ファンではあるんだけどね」
「俺を対等に見ている声だ。ファンならもっと別の色がする」
「そこまで分かってるなら、回りくどい話はやめようか。君も忙しそうだし」
オレンジの長髪をふわりと揺らして、少女は言う。
「私と一緒に、人助けをしよう」
「生憎、ボランティアはやらない人間なんだ」
一蹴し、立華は先へ進もうとするが、
「そうだよね。意識のない廃人同然の妹の医療費を稼ぐのに大変だもんね。お金にならないことをやってる時間なんてないよね」
「……なぜ知ってる」
「人の情報を抜き取ることを生業にしてまして」
少女はスマホを取り出して写真を見せる。
それは確かに、立華の妹が入院している場所だった。
「立華凛。VR技術発展の立役者、立華夫妻の娘にして、天才高校生プロゲーマー立華色の妹。二年前に原因不明の病を患い、未だ意識が戻らず入院中」
「……目的は」
「最初に言ったでしょ。人助け」
それだけ言って、少女は壁から体を話す。
「ここで話すのもなんだし、ちょっと座れる場所へ行こうか」
歩き始めた少女は、「ああ、そういえば」と振り返ってニカっと笑った。
「私の名前は鈴原天音。君と同じ天才だよ。よろしく」
「人助けってのは、どういうことだ」
鈴原に連れられて入った喫茶店の席に腰をかけたと同時に、立華は問いかけた。
「私と一緒に、巨悪を討ってくれってことさ」
不敵に笑う鈴原の言葉の全てに、嘘の気配が感じられない。
その感覚を振り払うように、立華は嘲笑する。
「ヒーローにでもなれってか。ゲームじゃあるまいし」
「その通り。ゲームで人を救うのさ」
不気味に口角を釣り上げて、鈴原はすぐ隣を指差した。
見れば、何やら深妙な面持ちで会話をしているカップルがいた。実は借金があるだの、君との未来を捨てたくないだの、典型的な詐欺の言葉たちが綺麗に並ぶ。
「裏では有名な結婚詐欺師さ。もう何人もの女性が被害に遭ってる」
そんな彼らを横目に、鈴原はこう切り出した。
「ねえ、天才くん。フルダイブVRが、なんでこうも発展したかわかるかい?」
「神経回路とか、そういう技術の開発か?」
「ノン。不正解」
鈴原はリュックサックから大型の銃の形をした紺色の何かを取り出した。
弾を入れる場所もなければ、銃口も浅い。
何かを発射するようには見えないそれを、鈴原は結婚詐欺師の男に向けた。
「根幹はもっと単純さ。それでいて、最も複雑だった」
鈴原は懐から鉄製の腕輪を立華の前に出し、つけろと顎で指示をした。
手首に通すと、それは自動でサイズを調節し、複雑な形になって絡みつく。
「この腕輪は、君の心を数字で表すことができる」
その瞳に、嘘はない。
「人の心を数字で定義できるから、君たちの意識は数字の世界に飛び込めるわけさ。それが派生して心があると錯覚するようなNPCも生まれた」
鈴原は、銃の引き金に指を掛けた。
「この銃は――【Amadeus code】は、人の心をゲーム化する装置」
「正気、か?」
「そして【質量のない弾丸】が君の情報を対象の心象世界に撃ち込んでくれる」
狙いを定めた標準の先は、相手の頭。
「一つ、良いことを教えてやるよ、天才」
今までで一番の笑顔で、鈴原はこめかみをとんと叩いた。
「心ってのは脳にある」
その銃撃に、音はなかった。
鮮やかな青の模様で構築された半透明の弾丸が放たれる。
それが結婚詐欺師の頭に着弾した瞬間。
世界が、切り替わる。
「――マジか」
瞼を動かすことなく、わずかな暗転とともに景色が変わる。
広がる景色は喫茶店、ではない。
そこは街であることには間違いないのだが、
「現実じゃない、な」
周囲を歩く人々は、まるでマネキンのようにのっぺりとした外見で統一されていた。
目を凝らせば、その身体は札束で形作られていて。
『結婚詐欺師からは、女性はお金に見えてるみたいだね』
突然、脳内に言葉が響く。
鈴原の姿が見えない。どのように干渉しているのだろうか。
「お前もこの世界にいるのか?」
『私はこのゲームの解析係だよ。さすがにノーヒントで攻略は厳しいだろうからね』
「クリア条件もこっちで見つけるタイプか――」
言葉を遮るように真横から飛びかかってきた何かを、立華は紙一重で回避した。
襲いかかってきたのは、姿の歪んだ狼。
見渡せば、似たような無数の狼が、札束のマネキンを食い散らしながらこちらを睨みつけていた。
『無数の嘘と名前を使い分けて女を喰らう狼。心の中まで腐ってるね』
「……武器は」
『現状は短いナイフが二本なら』
「出せるか」
呟くと、掌にポリゴンが集まり、ナイフが造られていく。
『一つ、注意しておくよ』
鈴原の声が、一つ低くなった。
『【Amadeus code】は、心をゲーム化するだけの装置だから、勝てるように設計されていない』
根底としてゲームは娯楽だ。難易度が高いことはあれど、必ず勝てるように作られている。
しかし、これは人のために作られたものではなく、強制的に心をゲームとして形にしただけ。
『この理不尽をクリアできるだけの力を持つのは、君しかいない』
「なるほどな」
立花は周囲を見渡す。
大量の狼。札束のマネキン。停止した街。
そして、その全てが灰色。
「色がないのは」
『私がそうした。その方が戦いやすいだろ?』
「誰にも言ってないはずなんだがな」
『ふふん。天才なもので』
脳裏によぎった鈴原のドヤ顔を振り払うように、立華は地を蹴った。
周囲の状況と、観察して得れる情報を繋ぎ合わせながら、狼の攻撃を回避し、急所を貫く。
『むやみな殺生は――』
「問題ない」
立華はナイフで自分の指の表面を斬り、痛みがあることを確認する。
必要な情報は、ほぼ全て揃った。
(赤、赤、赤。紫や青もちらほらあるが……)
灰色の世界で、立華は色を聞き分けていた。
共感覚。立華は、音に色を感じる。
普段は発言や生体反応の色を聞いて、嘘を聞き分ける程度にしか使えないが、ここでは話が変わる。
ゲームの世界では、定められた音のみが存在する。
その色を正確に判別し処理をすれば、予備動作を黙視する必要もない。
立華は体を捻りながら背後からの攻撃も完璧に避け、カウンターを決めていく。
見ることなく、どんな攻撃が来るのかを予見する。
これが、彼を世界一たらしめる要素。
「この世界のダメージは現実の精神に影響する。そうだな?」
『そうだね』
「この無数の狼の中に隠れた本体を殺せば、現実の男も死ぬ」
『だから――』
「心が具現化された世界で、ねじ曲がった性格の象徴を壊せば真人間に戻るってか」
会話をしている間に、立華の右手には暴れまわる狼が捉えられていた。
「なるほど確かに。人助けだな」
その狼の尻尾に付いた素朴なリングを、ナイフで破壊する。
直後。再びの暗転とともに、現実の世界に意識が戻った。
「それで」
すぐ近くで結婚詐欺師の男が慟哭した。
心の歪みが消え、罪の重さに潰されたのだ。
誰とも知らぬ女性の名前とその思い出を呟きながら、男は崩れ落ちていく。
だが、立華はそんなことは気にも留めず、得意げに笑った。
「お前が言ってた理不尽なゲームってのは、このヌルゲーのことか? 天才ちゃん」
「安心しな。これはチュートリアルさ、天才くん」
攻略対象となった男を見て、鈴原は語る。
「【Amadeus code】は、危険なゲームだよ」
「ああ。おそらく、一歩間違えればあいつは壊れてた」
立華だからこそできる、心の歪みのみの破壊。
中途半端な実力では、精神そのものを破壊しかねない理不尽なゲーム。
「そう。廃人にすることもできるんだよ。――君の妹のようにね」
「……嘘、だろ」
妹は原因不明の病で意識を失った――のではないのなら。
このゲームで精神を破壊されたとすれば。
「犯人は、誰だ」
「私はこれを、とある人に依頼されて作った。VR技術の発展に貢献したいからってね」
「――まさか」
立華の脳裏によぎる、一つの可能性。
彼のよく知る人物にいる、 VR技術発展の立役者と言えば。
「ご明察。立華凛を実験台として廃人にしたのは、君の両親さ」





