バレンタインSS『魔女のクッキー』
バレンタインの時に割烹にあげたものです。
「シロ! クッキーをあげるのじゃ!」
チェルナが、リボンで可愛くラッピングされた小さな布の袋を首にぶら下げて、トテトテ歩いてきた。
「いきなりどうしたの?」
「今日は『ばれんたいん」という儀式があるらしいのじゃ! なんでもチョコを食べて夜通し踊り明かすとかする様なのじゃが、猫はチョコを食べちゃダメって言われて、その代りにクッキーを貰ったのじゃ!」
「……こっちの世界でもそんなのがあるんだな。でも夜通し踊り明かすって、サバトかよ」
「何を言ったのじゃ?」
「んにゃ、なんでもにゃーよ」
「まぁ、いいのじゃ。食べるのじゃ!」
チェルナは器用に前足で首から袋を外し、四朗の前にちょこんと置いた。袋の首が赤いリボンで閉じられていて、とても可愛く感じる。
だがそのリボンは蝶々結びになっていて、口では解けそうにない。一人で無理なら二人で、という事で、チェルナにも手伝って貰う事になった。
「チェルナはそっちのリボンの端に爪を立てて。俺は反対側に爪を立てるから」
「分ったのじゃ!」
「せーの!」
「のじゃ!」
二人がひっぱるとシュルッとリボンがほどけ、ふわっと良い匂いが広がる。その香りに、四朗はなんだかくらくらするのを感じた。
「なんか、凄い良い匂いだね」
「ふにゃーーー良い匂いなのじゃ~~」
四朗は頭がぼんやりとしかけているが、頭を振ってなんとか耐えた。横を見ればマシュマロの様にふやけてしまったチェルナが、ふにゃーと横たわって悶えている。
だが思考がぼやけてしまっている四朗は、本能に従って袋の中のクッキーを取り出した。薄い茶色で手作り感満載のクッキーだ。四朗の視線はそのクッキーに釘付けになってしまっていた。魔法でにもかかったように目が離せないのだ。
「なんか、頭が……でも逆らえない。このクッキー、やばいんじゃ……」
「美味しそうなのじゃ!」
四朗がその魅惑に抵抗している隙に、チェルナがクッキーに飛びついて一口で食べてしまった。
「うにゃにゃにゃにゃ!」
クッキーを口にしたチェルナが興奮してごろごろと床を転がっている。それを見た四朗はクッキーに何かあると断定した。
「何が入ってんだよ!」
「はは、木天蓼だよ。この前の街で買っておいたのさ」
いつの間にか、にんまりと笑うエイラが傍に立っていた。
「使い魔と言えど、猫ちゃんにチョコはあげられないんだ。だからせめて木天蓼でも、と思ったのさ」
エイラがにこやかな微笑みを浮かべているが、その笑顔はまさに魔女だ、と四朗は感じた。
「まぁ、お酒みたいなものだよ。ちょっと度がきついかもしれないけど」
悶えていたチェルナが、クッキーを咥えて四朗の隣に座っている。その目はとろーんとしており、あからさまに酔っぱらっているようにしか見えなかった。
「美味しいからシロも食べるのじゃ~~!」
咥えたクッキーをそのまま四朗の口に押し付けてくる。鼻の前にクッキーが来ればその匂いで四朗もふらふらになってしまう。
「うにゃぁぁ!」
本能に負けた四朗が勢いよくクッキーを齧ると、チェルナの鼻とぶつかる。二人はごろごろと転がるも「うにゃ~」と悶えていた。
「うーん、想定以上に効いちゃったかな?」
エイラはちょっと苦笑いだ。
四朗とチェルナは袋に残っているクッキーを取り出しては、一心不乱にぼりぼりと食べ始めていた。
「一匹二匹なら増えても良いけど、十匹とか増えちゃうと、困っちゃうな。ま、その時はその時さ」
袋のクッキーを食べつくした二人は、お互いのお腹に頭をこすりつけてじゃれあっている。もはや本当の猫だ。
エイラはそっと部屋の扉に向かって歩き始めた。
「では、仲良くね」
エイラは置き土産にそう呟くと、そっと扉を閉めた。扉の向こうでは、にゃごにゃごといつまでも騒がしかった。
翌朝、二日酔い状態の四朗とチェルナが姿を見せた。二人に記憶は無いようだ。
エイラが二人の体をなでなでしたが、期待した予兆は見られなかったようで、ちょっと残念な顔をしていた。
エイラのもくろみは外れ、セイコウしなかったようだ。




