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猫の四朗  作者: 海水
魔女と星の王子様
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最終話

最終話です。

「なんか凄いことになってるのじゃ」


 呟くチェルナの目の前で、エイラはアークの首を抱きこみ唇を奪ったまま動かず、そのアークは苦しいのかもがいている。


「うわ……」


 豹変ともとれるエイラの変わりっぷりに四朗はドン引きである。


「未来は切り開くもんだとは言ったけどさ。ここまで一気に振り切れちゃうとは思わなかったよ」

「でもエイラっぽいのじゃ」


 呆気に取られている二人の目の前で、エイラがぷはっと顔を離した。


「はぁ、息が、続か、はぁ、ないな」


 エイラは苦しいのか肩で息をしている。顔も紅潮し、かなり興奮している様子だ。


「し、舌が……舌が中に……」


 エイラの腕の中にすっぽりと確保されているアークは、耳まで赤くなってしまってもじもじしている。


「うん、こんな感じなのか。深い口づけというものは、息さえできれば心地よいものだ」


 エイラは結果に満足といった満面の笑顔だ。何か目的が違っていると思われるが、当の本人はそうではないようだ。


「よし、次の段階に行ってみようじゃないか!」


 エイラはそう言うとアークの右手を掴み歩き出す。繋がった手に引きずられるようにアークが躓きながらも苦情を申し立てる。


「あ、あのエイラさん! ちょっと待ってください!」

「いや待たない! 何事も経験さ! いいじゃないか、私は君を伴侶にすると決めたんだ! なんならお姫様抱っこして運んでいこうか?」

「それはやめてください! 僕は男の子です!」

「じゃあ女の子である私が運ばれるべきだな」


 エイラはピタッと止まりアークに振り返りにやっと笑った。その年齢、女の子とかそんなレベルじゃない、などと四朗は一瞬考えたが直ぐに頭から消却した。チェルナを残したまま、死にたくはない。

 アークがどう反応してよいかわからない状況をエイラは楽しんでいるとしか思えない。隙を見せたアークの足をスパッと払うと素早く膝の裏に手を差し入れアークの体を持ち上げた。


「はは、アークは軽いなぁ」

「い、いやぁぁ!」

「心配いらない、優しくするから大丈夫だ」


 エイラは熱暴走でもしてしまっているのか、アークを抱きあげたまま四朗とチェルナの脇を通り、階段を下って行った。アークが助けを求める視線を送ってきていたが、四朗は黙殺した。この場を壊すとろくでもない結果が待っているに違いないのだ。


「凄いオットコ前なのじゃ」

「……エイラがな」

「妾も勉強不足であれから先は知らないのじゃ」

「後学の勉強に覗いてみる?」

「人間の作法は猫には不要なのじゃ」

「まーねー」


 魔女服をふりふりと楽しそうに歩くエイラを見送る猫二人は、そんな事を呟いた。心の中でアークの無事を祈りながら。









 それから百年余りたったとある日の事。塔の中ではチェルナが朝食の用意に忙しかった。


「焼き物おっけー、野菜おっけー、猫缶おっけーなのじゃ! 今日も妾はパーフェクトなのじゃ!」


 小さな猫用のエプロンを首にかけ、椅子の上に後ろ足で立ち、テーブルに並べられた料理を指差し確認する黒猫。調理したのはチェルナだ。いまやエイラよりも腕は上だ。猫の手でフライパンは持てないので、当然魔法だ。


「シロ、準備完了なのじゃ。あやつらを起こしてくるのじゃ」

「もう起こしてるよ」


 チェルナの声にシロが答えた。そのシロは前足で赤ん坊の入った籠の取手を持ち、尻尾を高速回転させ宙に浮いていた。四朗がシッポプターと名付けているこの技は、実は魔法だ。チェルナも出来たりする。

 使い魔になって百年も経てばいっぱしの魔法使いよりも邪悪なくらいは強い魔法を使えるようになっていた。あと百年もすれば、四朗に勝てるのはエイラなどの魔女だけとなろう。

 が、そんなことは四朗とチェルナにとってどうでもよいことだ。


「グライスはどうしたのじゃ?」

「背中に乗ってる」

「おなかすいたのだー」


 四朗の背中からひょこりと顔を出したのは、全身灰色の子猫だ。名はグライス(灰色)といって、四朗とチェルナの子供で雌だ。親が言葉をしゃべれば当然子も喋る。使い魔同士の子はやはり使い魔なのだ。難点は成長が遅いこと。生まれて既に三十年。未だ小猫の体だ。


「むー、眠い」

「ぐー」

「遅くまで準備してたからなぁ。ほらアーク、目を開けないと躓くぞ。エイラ歩きながら寝るなって」


 四朗に先導されたのはガウンに身を包んだエイラとアークだった。アークの背は伸びてエイラを追い越した。今やエイラは見上げなくてはいけないのだ。


「ほら、さっさと席に着くのじゃ。温かいうちに食べないと、勿体ないお化けが出るのじゃ」


 すっかりお母さんが板についたチェルナが小さなエプロンを取りながら激をとばす。エイラとアークは夢遊病者の様にふらふらと歩き、ポスンと椅子にお尻をついた。


「先に食べてて。ミーシャのおむつを変えないと」


 四朗が籠を降ろし、尻尾の回転を弱め着地する。どこからかおむつを取り出し交換の準備をした。籠の中では赤毛の赤ちゃんがスースー寝息を立てて寝ている。

 ミーシャとはエイラとアークの娘で将来の魔女だ。産まれて漸く一年。グライス同様成長が遅く、未だハイハイしかできない。だがそんなことは時間があり余っている四人にとって、些細な問題でしかない。


「今日はステラおばあさまの所に行ってミーシャを見せてから月に行くのじゃ。はよう食べて支度をするのじゃ!」


 やっと目を開けたエイラとアークはぼそぼそと食べ始める。


「だって、夜中に何回も起きるんだもの。しかもその感覚が短くてさ」


 エイラは母乳で育てている。ミーシャはお腹が空けば容赦なく泣く。アークも一緒に起きて一緒に寝不足になる。グライスはそんな事は無く、逆に寝たら起きない。手のかからない子だった。

 

「分かるけど、俺がいなかったらミーシャのおむつをエイラが変えるんだぞ?」

「あ、その時は僕がやりますよ」


 アークは眠そうな顔だがにっこりと笑った。





「忘れ物は?」

「ないですね」


 塔の屋上で持ち物の最終確認だ。四朗の確認にアークが答える。エイラはというと、杖に腰かけミーシャを抱っこしている。にこにことミーシャと睨めっこをしている様だ。


「しっかりと抱いておくのじゃ。ミーシャを落としてはダメなのじゃ」


 グライスを頭にのせたチェルナがエイラに話しかける。


「大丈夫さ、チェルナみたいには落とさないから」

「落としたのは妾ではなくシロなのじゃ!」


 四朗は二人からの痛い視線を浴びつつもアークと最終のチェックをする。以前シッポプター中にグライスを落としたことがあるのだ。猫故に見事に着地したからよかったのだが、落とした高さが塔の上からだった。チェルナに大目玉を喰らった四朗は反論できない。アークも苦笑いだ。


「二人は留守番で良いのかい?」

「ステラおばあさまが怖いから行かないのじゃ」

「おばあちゃんの年齢なんか聞こうとするからさ」

「ちょっと聞いてみたかったのじゃ……」


 エイラの返答に耳をペタンと伏せたチェルナがぼやく。二千歳には届いていないらしい、という所まで突き止めたが、怪しげな笑みを浮かべたステラに氷の中に閉じ込められかけたのだ。

 それ以来ステラの空中の家に行くのは避けているチェルナだった。

 

「なぁアーク。何年くらい旅行するつもり?」

「そうですねぇ、五十年くらいですかねぇ。塔の御守は頼みましたね」

「……旅行中にもう一人とか、考えるなよ?」

「あはは、帰ってきたらお互いに増えてるかもしれませんね」

「……はは、有り得るから怖いな」


 男二人は生まれる喜びよりもお世話の辛さが身に染みているのか、これ以上はいいや、と考えていた。

 ミーシャの使い魔はグライスだ。魔女が増えれば使い魔も必要だ。その時は四朗も頑張らねばならないのだ。


「じゃ、行ってくるよ!」


 アークが杖の先頭に、エイラが後ろに腰かけミーシャを抱っこしている。昨晩選んだ持ち物はどこかにしまい込んである。アークも流石に高いところには慣れた。

 四朗、グライス、チェルナの白灰黒の順でお尻を付けてお座りでお見送りだ。


「ステラおばあさまによろしく」


 四朗は手を振った。三人を乗せた杖がふわりと動き出し、まっすぐに空へと向かって行った。その影は直ぐに豆粒になり、姿も見えなくなった。


「さーて、何しようかね」


 見送りも終わり、塔には猫三人だけになった。


「あそぶー。パパそらとぶー」


 グライスは四朗の背中にひしとしがみつく。グライスはまだシッポプターは使えないのだ。使うとどこへ行ってしまうかわからないから教えていないというのが正解だが。


「よーし、しっかりつかまっとけよー」

「へまして落ちないようにするのじゃ!」


 四朗はお尻を高く上げ、尻尾を高速回転し始めた。ふわっと浮き上がりホバリングを開始する。


「みずうみのうえにいくのー」

「よっしゃー!」

「気を付けていくのじゃぞー!」


 黒猫に見送られ、ふよふよと塔を離れ、湖の水面の上を飛んでいくおかしな白と灰色の猫。

 全うできなかった人間の生を、全く知らないこの世界で、のんびりとありえないことを経験しながらも、生を満喫している、奇妙な猫のお話は、これにておしまい。

四朗はのんびりと、あと千年以上をこの世界で生きていきます。

ちょいと最後が駆け足でしたが、これにてどっとはらいで御座います。

猫達に最後までお付き合い頂き、誠に有難う御座いました。


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