第九十二話
その夜もアークとエイラは塔の上で星を監視していた。流石にアークがここにいるということは周知できたようだが、そのアークの姿が見えないと星は勝手気ままな行動をしてしまう状況は変わっていない。毎晩監視する必要があるのだ。
「うーん、星達も大分落ち着いてきたようですけど、その分悪戯成分が増えちゃたみたいですね」
アークは空を見上げ、苦笑いでそう呟く。横に立つエイラは星空ではなく、そのアークの顔をじっと見ている。考え事をしているような、表情に乏しいその顔で。
「悪戯、か」
「えぇ。なんか悪ふざけしている様にも見えるんですよね」
アークが視線をエイラに戻すと、そこでハタと止まった。エイラがアークを見ていたことに気が付いたのだ。
「えっと、どうしました?」
「いやちょっと考え事をね」
アークが不思議そうに首を捻るさまを、エイラはやはりじっと見ているのだ。
そんな二人を屋上への階段から覗き見する猫二人。四朗とチェルナは階段の最上段に前足と顎を乗せ、息を殺しひっそりとみているのだ。もっとも尻尾はピンと立っており、隠れきれていないのだが。
「エイラの様子がおかしいのじゃ」
顎を床に乗せたまま喋るチェルナの頭がカクカクと上下する。
「さっきの言葉が引っかかってるんじゃないのかな」
同じく頭をカクカクさせる四朗。二人は顔だけ覗かせた
自らの望みは自分で切り開く。ステラにいわれた言葉が引っかかっているのだろう。まずもってエイラにとっての望みとはなにか。そこからの疑問が頭に渦巻いているのかもしれない。
引きこもりだったエイラが活動し始めたのはつい最近だ。それまでは希望もなく自堕落に生きていただけだったエイラに、いきなり望みと問われても回答が出せないのだろう。
四朗の視線の先のエイラは、らしくなかった。そんなエイラにアークは問いかける。
「さっきシロ君が言っていた、魔女たるもの未来は自分で切り開くんだ、って言葉ですか?」
「いや、その前段階さ。私はどうしたいんだろう、ってね……」
エイラはなんとなく元気なさげな声でアークに返した。
「どうしたい、ですか? やりたい事とか、こうだったらいいな、とか。そんな感じですかね」
アークは人差し指を顎に当て考えた。アークの言葉にエイラは眉尻を下げた。
「はは、恥ずかしいことに、数百年そんな気持ちを持ったことが無くてね。望みというのがよく分からないんだよ。ずっと塔に引きこもっていたからね」
自嘲気味に呟くエイラを、アークはきょとんと見ていたが、不意ににこっと笑った。
「僕も月から出たことはありませんでした。出たいとは思ってましたが、実際には出る事無く、色のある世界を羨ましく思っていただけでした。実際にこっちに来てみると、見るものすべてが素晴らしく思えて、月に帰ろうとは思えないです」
エイラはアークをじっと見つめていたが、ポツリと呟く。
「アークはここにいたい?」
「いたいですね」
アークは笑顔で即答した。
「……そうか。では私も腹を決めねばならないな」
エイラはアークの顎を持ちクイッと上げるとそのままキスをした。
そろそろ終わりが近いです。




