第九十一話
「シロ。どうするのじゃ?」
「どうするって言っても……」
二人はステラと別れ、塔のそばにある湖の湖畔をテトテトと歩いている。白と黒の猫が並んで尻尾を立てていた。
ステラは自分に正直な、正しく魔女だった。なんでも空高くに家を浮かせていて、そこからエイラの様子を見ていたらしい。アークの服を買に行った時の楽しそうなエイラを見て、いたく感激したそうだ。そう考えればアークはエイラの相手として及第点なのだろう。エイラの母親は放浪中で行方不明だそうで、魔力は感じられて生きているのは間違いないから心配無用、とのことだ。四朗の常識など魔女の前では塵に等しい。
「あの人に逆らったら間違いなく存在すらも消されそうだし。でも何かしようと思っても猫二匹じゃなにもできないよ」
四朗は隣を歩いているチェルナに顔を向けた。
「あのおばあさまは恐ろしいのじゃ。逆らってはダメなのじゃ」
チェルナの毛は逆立ち、尻尾は階段の様にギザギザになってしまっている。チェルナはステラに何を見たのだろうか。
「エイラの背中を押してやる事くらいしか、出来ないかなぁ」
「無理にくっつけてはダメという事なのじゃ。自然が一番なのじゃ」
「チェルナにしては、まともだね」
「妾はいつもまともなのじゃ!」
何かいい案が浮かぶわけでもなく、二人は塔までたどり着いてしまった。
「二人はどうなってるかなぁ」
「なるようになってるのじゃ!」
チェルナは強気だった。四朗はその強気がどこから来るのか分からない。
「何か根拠でもあるの?」
「女の勘、なのじゃ」
チェルナはニコッと笑った。
「はぁ、そんな事だと思ったよ」
七歳でも女の勘は侮れない、ということを四朗は知らない。ため息をついた四郎は、塔の中へと入っていった。
書庫へと向かった二人は、いまだ本を漁るアークの姿を見つけた。調べ終わった本なのだろうか、アークの周囲に堆く積まれている。相当量調べたようだがまだ探している事を考えると、目的の物は見つかってはいないのだろう。
二人に気がついたアークが困り顔を向けてきた。
「なかなかないですねー」
「そっかぁ」
「むー、困ったのじゃー」
「だから無いと言ってるじゃないか」
いつの間にか四朗とチェルナの背後にまわったのかエイラの声が上から降って来た。四朗とチェルナはビクッと体を震わせ、ギギギと首を回しエイラを仰ぎ見た。
「お二人さんは仲良くどこへ行っていたのかな?」
ジト目で見つめてくるエイラに四朗は言葉が出なかった。だがステラ程の異様な威圧感は無い。魔女としてどちらの方が正しいのかは分からないが、四朗は今のエイラが良いと思った。
「ステラおばあちゃんの魔力を感じたから、おおかた攫われでもしたんだろうけど」
「なんだよ、知ってたのかよ」
「知ってたら助けてほしかったのじゃ。怖いおばあさまだったのじゃー」
「まぁ、害はないと思ったし、アークの事をとやかく言われると面倒だなと思ったんだ」
祖母が何を言うか分かっているのだろう、エイラが眉を下げている。値踏みでもされたと思っているのか、エイラは深いため息をついた。
「いや、特に何も言ってなかったぞ」
四朗はエイラよりも先んじた。だがそのエイラは口をへの字に曲げた。
「何も用もなくステラおばあちゃんが来るわけない」
「エイラ次第って言ってたのじゃ。どうしたいのかは自分で決めろ、と言ってたのじゃ!」
エイラの言葉にチェルナは畳みかけた。意外な言葉にエイラは目をパチクリさせる。
「魔女たるもの、未来は自分で切り開くんだ。エイラならできるって言ってた」
「そうなのじゃ!」
四朗とチェルナに押され、珍しくもエイラは黙ってしまった。そんな様子を、アークは首を傾げて見ていたのだった。




