第八十八話
「ちょっとチェルナ。月に行けるわけないじゃん。だって宇宙に浮かんでるんだぜ? 空気が無いんだよ?」
お腹の上のチェルナの意見に四朗は反論する。だがエイラはじめ三人はポカーンと四朗を見ているのだ。そんな様子に四朗は「あ」と声を上げた。
まさか宇宙そのものが存在無いとか、そんなオチ?
「シロ君、ウチュウって、何?」
四朗がそう考えた瞬間エイラから同じ答えが返ってきてガクリと項垂れる。そういえばアークは月から蹴落とされたのだ。当然月にいた訳だ。ここでも四朗の常識は敗北した。
四朗が生きていたころに読んだ小説には、今の様に死んで異世界に転生して知識で無双、なんて内容だったのだが今の四朗は異世界に翻弄されていて無双どころではない。
猫に生まれ変わり、チェルナにも会えて楽しいから良いのだが。
「い、いや、気にしないでくれ。聞かなかったことにしてくれ……」
項垂れた四朗はそう答えるのが精一杯だった。
「シロはたまーにおかしなことを言うのじゃ。よしよし、妾はそんなのは気にしないから大丈夫なのじゃ」
エイラとアークが不思議そうな顔で首を傾げている中、チェルナは項垂れた四朗の頭を抱え込み、慰めるように額の辺りをポムっと撫でるのだった。
「うーん、一回月に行くっていうのは良い案ではあるんですけど」
アークの表情がさえない。腕を組んで眉間に皺を作っている。可愛い顔が台無しだった。
「行き方が分かりません」
「やっぱりそうか」
「あはは」
苦笑いのアークに呆れ笑いのエイラがツッコミを入れた。四朗は二人の雰囲気が大分変ったと改めて感じた。なんというか姉弟にも見える。残念だが恋人には見えない。
「エイラがツッコミを入れたのじゃ」
チェルナが驚いている。チェルナも変わったと感じたようだ。
「まぁ、いい傾向だと思おうよ」
四朗はチェルナに耳打ちした。時間が無いわけではない。ゆっくりでいいのだ、と四朗は思った。
「うーん、ないですねー」
「まぁ、無いだろうね」
エイラとアークは塔の書庫にいた。どう考えても塔には収まりそうもない広大な空間を埋め尽くす本棚の群れの前に座り込み、二人でゴソゴソと本を漁り、月に行く方法を探しているのだ。
「私は庫書庫にある本の内容は全て知っているからね」
「……先に言ってくださいよ」
アークはかっくりと肩を落とした。
「まぁ、たまには書庫で探し物も楽しいかなって」
赤い髪を揺らしたエイラがケタケタと笑い、アークの肩をポンと叩いた。そんな二人を、ちょっと離れた本棚の陰から並んで覗く猫二匹。
「エイラ、楽しそうなのじゃ」
「だねぇ」
四朗とチェルナはわちゃわちゃとじゃれている二人を眺めている。そのエイラの顔には笑みがこぼれていた。
「このままでいれればいいのじゃが……」
髭に元気のないチェルナが呟く。そんなチェルナを横目に四朗はふと考える。
月にお願いしたらアークが蹴落とされてきた。願いは聞き入れて貰えた事になる。女神というとアークの母親になるのだが。せっかくエイラが仲良くなったのに、アークだけ戻すってのはしたくない。それに何のためにアークが蹴落とされたのか分らない。
四朗がそう考えても、エイラが視線を送ってくる事は無かった。じゃれているのが楽しいようだ。
「はぁ」と四朗がため息をついた時だ。四朗は後ろに気配を感じた。
「はぁ~ぃ」
振り向いた四朗とチェルナの前には、場違いなくらい幼い女の子がいた。赤い髪をお下げにして頬の横で人差し指を立て、何処の某プリチーなアニメから飛び出したんだ、という服を着ていた。
「そこの猫ちゃん達、ちょっといいかしら?」
その女の子がちょっと高い可愛い声を発すると同時に、四朗の視界が一瞬消えた。




