第八十六話
どうにかこうにか塔に帰ってきたエイラとアークは疲れ果てていた。日も落ち、紫色の空になってからフラフラとよろめいた杖に乗ってきたのだ。
「やぁ、今帰ったよ……」
エイラは今にも閉じそうな目で、よろよろと歩いて行く。アークはエイラに手を引かれその後を無言で着いていくが、その瞼には黒い星が張り付けられていた。
「なんだ、ありゃ」
「二人とも、疲れていそうなのじゃ」
エイラの帰還を察知して出迎えた四朗とチェルナだが、二人の有様にちょっと引いていた。ペタンと座り込んで目の前を通り過ぎた二人の背中を見ていたのだ。
「アーク、寝ようか」
「はい……」
二人してよろよろ歩き、二人並んだままベッドに倒れ込んでしまった。四朗とチェルナに挨拶だけでそのまま寝てしまうなど、今までなかった。
「……なんかすっごい疲れてるみたいだけど」
「あんなにヘトヘトなエイラは初めてなのじゃ」
二人はしっかりと手を繋いだまま、うつ伏せで寝息をかいている。
「何があったか知らないけど、仲良くはなったみたいだ」
「なんだか状況がよく分からないのじゃ。明日エイラに聞いてみるのじゃ」
四朗とチェルナは夕食を食べずに待っていたが、二人はベッドにダイブしてしまったのでカリカリを食べに戻った。そして同じように二人して箱に収まって白と黒のクッションと化して寝たのだった。
翌朝、いつものように白いクッションから変身した四朗は隣の黒いクッションに倒れ込む。そしてチェルナを起こすのだ。今日はエイラもいるからか、寝坊はなしだ。
「ほら起きてチェルナ」
「眠いのじゃ」
四朗はチェルナを促し、朝食を取るために寝床である箱から出る。ヒタヒタと歩き、いつもの朝食をとる場に行くが、誰の姿もない。
「珍しいな、エイラが寝坊か?」
エイラは寝坊などしない。むしろ早起きだ。
「おは……いないのじゃ」
「ちょっと見てこようか」
四朗がヒタヒタと歩き出すとその後ろからチェルナがピコピコと尻尾を振ってついてくる。二人はそのままエイラの寝ているベッドまで歩いた。
「うーむ」
「のじゃーーー!」
ベッドの上にはエイラとアークが寝ている。エイラは背中からアークを抱えるように寝ているのだ。
「逆だろ、普通」
「なんか知らないけど、仲は良さそうなのじゃ」
二人は後ろ脚で立ち上がり、ベッドの端に前脚をのせて覗いているのだ。
「起こすのは忍びない」
「のじゃ」
二人はそっとベッドから離れた。肉球を使って抜き足差し足忍び足で戻っていった。
二人は厨房に行き、自分達の食事を用意し始める。尻尾を伸ばしカリカリを持ってきて皿に盛る。もう慣れたものだ。
「恋人っつーか、姉弟だな」
四朗はカリカリを噛み砕きながら言う。
「抱き合ってれば恋人なのじゃ」
超スピードで食べ終わったチェルナが口の周りを紙で拭いている。両前脚を使えば可能だった。
「抱き合うってのはお互いに向き合ってだな、ん?」
二人が話をしていると、欠伸をしながらエイラとアークがやってきた。エイラはともかくアークは未だに目には黒い星を貼り付け、手を引かれている。
「おはよう……」
エイラが伸びをしようとしてアークと手を繋いだままなことに気が付いた。
「あれ、朝なのに真っ暗ですよ」
「あー、取るの忘れていたね」
エイラはぺりっとアークに張り付けてある黒い星を剥がした。アークは眠そうに目をこすっている。
「朝食だけど……君たちはもう食べたのか」
「よく寝てたから起こさなかったよ」
四朗は眠そうに目をこすっているエイラに答える。エイラは
「そっか」と言い、朝食の支度を始めた。アークは眠そうにしながらもテーブルにつき、朝食の支度をしているエイラを眺めている。
「なんか、全然違和感ないな」
「何があったのじゃ?」
首を傾げる二人の前には、それが当たり前のように、エイラが朝食を作りアークが待っているという光景がある。
こんな呑気な空気が漂う中、世界では、大変な事態が起きていた。この事に気が付くのは、遅い朝食を取った後のことだった。




