第八十五話
「分からないって?」
「簡単に言うと、迷子、だね」
カマキリから逃げるのにでたらめに飛んでいたために、どの方角に向かって飛んでいたかもわかっていないのだ。しかもエイラ自体が出不精だったために、地形など覚えていない。街に行くには道を目印に飛んでいればよかったのだ。
「迷子、ですか」
「あぁ、迷子、だ」
アークはきょとんとしているだけで、驚いた様子もない。そんなアークの様子にエイラは「不安とか感じないのかい?」と聞く。旅をするにも道に迷うと待っているのは死なのだ。街は点在する程度しかなく、道はその街を結んでいる以外は無い。この世界の地図など尺までたらめで、なんとなくのあてにしかならない。基本は道だ。
「んー、エイラさんならなんとかしちゃうでしょうし。それはそれで面白いかも」
さらりと言うアークにエイラは苦笑いをした。
「まぁ、信頼してくれている事には、感謝しておこうかな」
実際には空高く上がって道を見つければよいのだがアークが怖がる。しかも結構な距離を逃げているのでかなりの高度に上がらないと道は見えないだろう。草原をくまなく探せば道に出くわすだろうが、出来れば効率的に探したいし、あのカマキリにまた会っても困る。
「まぁ、シロ君とチェルナのいるところは分かるから、そこに向かえばいいんだけど」
「やっぱり~」
エイラがそう言うと、アークは笑った。
「どれどれ、っと。あっちか」
エイラは額に手を翳し、ぐるりと一回りし、一点を見据えて目を細めた。
「へー、本当に分かるんですね」
「あの二人は、私の一部みたいなのもだからね。どこにいるかは分かるんだよ」
「面白いですね」
アークはニコッと笑った。相変わらず笑顔には星が瞬く。
「さぁて、早く帰らないと、二人が文句を言うな」
エイラが杖を動かすとアークはビクッとした。引きつった顔をして、両手で杖をしっかりと掴んでいる。よほど怖いのだろうか。
「あの、やっぱり杖に乗ってで帰るんですか?」
「そのつもりだけど? 怖い?」
「ちょ、ちょっと……」
「目隠しでもする? 見えなければどってことない。そうだ、それが良い!」
エイラがパチンと指を鳴らすと、アークの目のあたりに星形の黒い布が貼りついた。目玉が星に取って代わられている。
「夜になっちゃいましたけど」
「ちょっと目隠ししただけさ」
「凄いですね、なんにも見えない」
アークはヘンテコな顔で頭を回し辺りを窺っており、手が空中でニギニギしている。エイラはその狼狽えているようにもみえる手を掴んだ。そしてギュッと握る。
「これなら暗闇でも怖くはないだろう?」
「え、あ、はい。手が、暖かいです」
アークは命綱の様にその手をしっかりと握った。
「さて、帰ろうか」
二人を乗せた杖は、ゆっくりと空へと浮き上がっていった。




