第八十三話
唐突に猫に戻ります。
「いやだから、こうなんだって」
「なんか、恥ずかしいのじゃ。上に乗っかって、な、なんか、もぞもぞ動いているのじゃ!」
「でもこれをしないと、子供はできないぞ?」
「そ、それは教えて貰っていないのじゃ!」
四朗とチェルナは塔を抜け出して、全速力で駆けて一時間ほどの一番近い街にいた。エイラが帰ってくる気配もなく、塔のに閉じこもりはツマラナイとチェルナが文句を言ったからである。
そして二人のちょっと先には、絶賛交尾中の一組の虎猫と三毛猫がいるのだ。四朗による保健体育の勉強を実地で行っていた。
なにせチェルナは七歳で猫になってしまい、その辺の教育はまだされていなかった。子供はキャベツ畑で出来るのだと、未だに信じていたのだ。
「あのまま生きてれば、勉強するはずだった事さ。まぁ、勉強するのは人間のやり方だけどさ」
四朗はお尻を付けて座り、器用に肩を竦めた。隣に座るチェルナもお尻をぺたんと付けて四朗を見ている。
「むむむ。でもあれは恥ずかしいのじゃ」
「まぁ、あと何年か何十年かして、その気になったら、だな」
四朗は隣のチェルナの頭に手を乗せポムっと撫でた。四朗は、自らがチェルナを教育する義務があると思っている。チェルナが猫になったのは、自分といたいからだと。まぁ、そのままだったら死んでいたわけだが。
だからこそ、一人前の大人になるまでは教育するのだ、と。
四朗自体に性欲は無い。もはや使い魔であり、子孫の必要はないからだと思われる。
エイラは子をなすことは可能だといった。それもこれも四朗とチェルナの問題だ。
「わ、妾には、無理なのじゃ……」
チェルナはくにゃんと項垂れてしまった。
「今すぐってわけじゃないんだぞ? 百年後かもしれないし、もっと先かもしれないし。まったく未知なんだからさ」
四朗はうなだれたチェルナの頭にぐりぐりと頬摺りをした。
「ま、あんな感じって分ったろ? 折角街に来たんだし、散歩でもしよう。さっきから他の猫がこっちを気にしてるし」
四朗はちらっと周囲に目をむけると、いつの間にか色々な猫が木の枝にいたり塀の上にいたりと四朗たちを窺っているのが分かった。四朗が視線を向けるとぷいっと顔を逸らす猫達。四朗は面白がって顔をあちこちに向けた。
「ホントにいっぱいいるのじゃ」
チェルナもきょろきょろと周囲を見だした。パッと見で十匹はいるだろう猫がいっせいにチェルナを見た。どうやらお目当てはチェルナのようだ。
実はチェルナは美人だ、いや美猫だ。毛並みは艶やかでキューティクルもある黒猫だ。手足もすらりとして、尻尾も長くしなやか。顔も可愛らしく、モテ猫なのだ。
「チェルナ、モテモテだね」
四朗が横を見ると、チェルナはちょっと胸を張っているようにも見えた。猫だし、もふもふだしで良く分らないけど。
「どうじゃ、シロ! 皆は妾の魅力に気が付いておるのじゃ!」
自慢げなチェルナの周りでは猫が低い声で唸り始めた。その声にチェルナはビクっとし、四朗の首にしがみついた。
「な、なんなのじゃ?」
「あいつらはチェルナを狙ってるんでしょ?」
四朗は知っているから平然としているが、知らないチェルナは四朗の背中に回り込んで隠れようとした。
「あ、あれをやるのか……嫌なのじゃ! あんなのは、シロが相手じゃないと嫌なのじゃ! シロがいいのじゃーー!」
「……はいはい、分りました」
背中にチェルナを背負ったまま、四朗はぐっと立ち上がる。チェルナは「にゃにゃっ!」っといいながらひしっと掴まった。
「立ち上がるなら言うのじゃ! びっくりしたのじゃ」
「そろそろ散歩でもして帰ろうか」
周りの猫は四朗の行動に驚いて距離をおいた。四朗はその中をチェルナを背負い、尻尾を立て悠然と歩いていく。なんとなく四朗の顔は勝ち誇ったように見える。
「妾は怖い思いをしたのに、どうしてシロは嬉しそうなのじゃ?」
「ん~? そりゃチェルナを独り占めだしね~」
「む、妾に感謝するのじゃ! 感謝して、猫缶を買って帰るのじゃ」
四朗の背中でチェルナが騒ぎ出した。猫缶を連呼している。
「猫じゃ猫缶は買えないってば。大体お金を持ってないもの」
「かーうーのーじゃー」
「だーめー」
この街で黒猫を背負った白猫を見掛けたと話題になるのは数日後の事だった。




