第八十話
バッタを追いかけて疲れ果てた二人は、目標だった距離の半分の所で野宿になった。野宿と言ってもベッドはある、料理も出来る、おまけに天井には瞬く星達という、絶景だった。ゆったりとした風が吹き抜ける野原の真ん中で、エイラとアークはたき火を挟んで座っている。
「でっかいカマキリもいるんですね! 乗りたかったなぁ」
「……斬られたら胴体が二つに分かれちゃうところだぞ?」
「後ろからひそりと近づけば!」
「その前に察知されちゃうって」
食後の珈琲を飲みながら、そんな事を話している。アークはともかく虫の背中に乗りたい様で、エイラがいちいち突っ込んで否定していた。それを聞くアークはツマラナさそうで、ほっぺを膨らませている。そんなアークの様子がエイラを苦笑させていた。
「わかったよ、明日虫を捕まえて背中に乗れるようにしてあげるよ」
「ほ、ほんとですか!」
エイラが折れたことでアークの顔の周りには星が瞬き始めた。エイラは小さく息を吐いて「塔にいるシロ君とチェルナは、自分たちでも何とかできるか」と呟く。明日も寄り道が発生するだろうと、エイラは半ばあきらめた表情をしているが「それもまた楽し」とも呟いた。時間は際限なくあるのだ。急ぐ事は無い。
「さて、口をゆすいで寝るとするかな」
「あ、しまった! 星を見てなかった!」
アークは急いで空を見上げた。真っ黒な夜空には、二つの月に見はられる様に、数多の星達がきらめいている。今日は暴走するほうき星の姿はなかったが、星がやや震えているように見える。これもアークの姿が月にないからだろうか。エイラはそんな事を考えていた。
「うーん、ちょっと動揺してるかなぁ?」
アークは首を捻ねると金色の髪がさらりと揺れる。
「また空にいくかい?」
エイラはアークに声をかけた。
星が動揺している状態というのは良くないのだ。昔から占星術というものがある。また海では星を道しるべとすることもあり、星の位置で自分の位置を推し量ったりもするのだ。エイラも知識として、そのくらいは知っていた。星を組み合わせて星座を形どっており、それも崩れてしまうことになる。なんにせよ、浪漫がない。エイラはそう考えた。だからアークに対してそう言ったのだ。
「うーん、まだ安定してないのかなぁ」
「アーク、君が地上にいることは関係しているんじゃないのかい?」
エイラの問いにアークは腕を組んだ。珍しく眉間に皺をよせ、可愛らしい顔が台無しになっているほど考えている。
「地上に僕がいることは昨晩分かっているはずなんです。なので、もしかしたら僕をからかっているのかも……」
「だとしたら、どうする?」
「お説教です!」
「……説教なんだ」
エイラも流石に肩の力が抜けたようで、かくっと体を傾けた。もうちょっと凄い能力とかで星の運航を司っていると思っていたからだ。
「星達は、言えば分かってくれるんですよ」
「へぇ、賢いのかい?」
「う~ん、分からず屋もいますけど」
「なんか、人間みたいだね」
エイラの疑問に対して、アークは斜め上の回答を寄越してくる。エイラ的には、それは苦笑する場面だが、楽しくもあった。
エイラはベッドに飛び乗りごろんと仰向けになった。すでに寝巻用の黒い服に着替えており、いつでも練れれる様にはなっているが、頭の後ろで腕を組んで、夜空を見上げた。
「面白いもんだな」
エイラは星を見続けた。今まで眺めていた星に、そんな裏側があるなど知らなかった。月には黄色い物しかない、とか、星に説教するとか、なんだそれ、と言いたくなるようなこともあるが、知らなかったことを知るというのは、エイラにとっては、いたく新鮮だったのだ。
アークといると楽しいな。そんな事を思い始めていた。




