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猫の四朗  作者: 海水
魔女と星の王子様
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第七十九話

「バッタだー!」

「アーク! 急に走るな!」


 草原を歩いていた二人の前に飛び出したバッタを追いかけて、アークは走り出したのだ。エイラと手を繋いだまま。エイラはアークに引きずられるように、つんのめって走っている。ミニスカートのおかげで足の邪魔をする事はないが、帽子が飛びそうで必死に押さえている。


「だって、緑色のバッタですよ!」


 アークは顔の周りに星を煌めかせながら興奮して叫んでいた。


「大抵のバッタは緑色だ!」

「えー! 月では黄色いんですよー!」


 当たり前の事に驚くアークを見て、エイラは楽しそうに頬を緩ませる。見るものが色彩豊かに鮮明に見えるのが、アークにとっては、この上なく珍しく、嬉しいのだろう。そんなアークを見ているだけで、エイラは楽しかった。


「そうかもしれないがって、ちょっと!」

「うわわわわ!」


 草に足を取られたのか、アークが前のめりに倒れた。手を繋いだままのエイラも、巻き添えを食って頭から地面に倒れ込む。アークのエイラも勢いのまま、ごろごろと転がり、五回転ほどして尻餅をついた格好で二人は止まった。


「あいててて」


 アークは顔を押さえている。転んだ時に強かに打ったのだろう。体は草と土まみれだ。


「あはははっ!」


 ペタンと女の子座りになっていたエイラが笑い出した。バンバンとアークの背中を叩きながら、尚も笑った。笑うエイラのその顔は、土で汚れていた。


「あははは、土だらけだ!」


 エイラは自分の汚れ具合を見て笑っていた。自慢の魔女帽子も土と草まみれだ。


「もぅ、エイラさん、どうしたんですか?」


 鼻を押さえたアークが笑いっぱなしのエイラを見てくる。アークのその顔は、ぶつけたのか鼻が赤くなり、おでこと頬には土がついて、金色の髪には草が生えていた。酷い有り様だった。


「あー、笑った。久しぶりに、こんなに笑ったよ」


 エイラは赤くなっているアークの鼻に触れた。仄かな緑の光が灯り、アークの鼻を包んだ。


「あれ、痛くない」

「そりゃ、治したからね!」


 土まみれのエイラが、笑う。無邪気に笑うエイラを見ていたアークも笑い出した。


「エイラさんの顔、酷いですよ!」

「アークだって酷いぞ!」


 アークが自分の頬に手を当て、汚れ具合を確かめた。


「あ、ホントだ」


 エイラは目尻にたまった涙を指で掬った。


「面白いから今日は汚れたままでいよう!」


 エイラは立ち上がり、スカートに着いた草も取らずにアークに手を差し伸べた。アークは「えへへ」とはにかみながらエイラの手を取った。エイラがぐいっと力を込めればアークは引き上げられた。予想外に軽いアークに、エイラは軽く息を吐き、肩を竦めた。


「アークは軽いなぁ。もっと食べないと」

「月では食欲がわかなかったんですよ。でも地上では、みんな美味しそうです!」


 ニッと笑うアークの視線が脇にそれた。


「あ、でっかいバッタです!」


 アークが見つけたのは体長二メートルはあろうかという巨大なバッタだ。ばさささっと羽を広げて飛んでいた。そのバッタ目がけて走ろうとしたアークを、エイラは羽交い絞めにした。


「アーク、あれは大きすぎるよ」

「えー、乗れそうじゃないですか!」

「なに、乗りたいの?」

「月には、あんな巨大なバッタは、いませんでした!」


 顔に星を瞬かせ、嬉しそうに叫ぶアークに、エイラは苦笑いだ。アークといると楽しいとはいえ、先が思いやられるエイラだった。

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